第5話 幼き竜は空を飛びたい
「では行こうか、新しい遺跡へと」
思わず溜息をつきたい程に訳が分からない。
最初は私の事を殺そうとする少年だったのに、気づけば変態が仲間になっていた。
「どうした従者。まさか僕の願いを断るなんて言わんよな。従者の願いは既に叶えた。命を奪わない事でな。であれば、僕の願いを聞き届けるのが当然」
「いやいや、何の説明も無しに、竜に乗せられて運ばれるっておかしいでしょ! 誘拐って言われてもおかしくないのよ、貴方が変態だから何とか事態が纏まってるだけで!」
『レイが変態なのは当然なの。だって変態は変態だから』
『ちょっと姉ちゃん! レイ様が変態なのは間違いないけど、ストレートに言ったら可哀想だよ!』
「……くくっ………じゃはああ」
私と純竜の口撃に思わず、上を見て口を開け小さく泣く変態。
だが、直ぐに立ち直ると。
「まあ、僕が変態だろうがいいや。どうせ、この世界には変態と変人と魔術師しかいないからね」
と、トンチンカンなことを呟き頭を振る。
それが事実だとしたらとっくにこの世界は滅びているだろう。
「……で、一体どこに連れて行こうとしているの?」
「うん? 言ってなかったか! これから行先は、第七遺跡さ」
真面目な表情で変態は言う。
この顔なら、誰もが親しみを持ってレイ君と呼びそうだ。
「れ、変態の目的は何?」
思わず名前で呼びそうになり慌てて言い換える。
この変態を名前で呼ぶのは、恐らく私が私じゃない存在に成り果てた時だろう。
「遺跡巡りと言ったろう? これから行くは世界に広がる遺跡の数々だ。従者と僕が出会った遺跡とは比べ物にならない程に、壮大で驚天動地であろうな」
まるで遺跡を知り尽くしたかのように言う。
なのに私なんかを仲間にした理由は未だに分からない。
「ちょうど良い、ルリ、ハリ! ここいらで休憩だ!」
変態の呼びかけに応じ、竜たちが地面へと滑空しながら降りていく。
それにしても、お姉ちゃんがルリ、弟はハリと言うらしい。
「ルリちゃん、ありがとうね」
ここまで運んでくれたお姉ちゃん竜にお礼を言うと、嬉しそうに尻尾を振る。
会って数時間だが、心が通いつつある。
「ふむ、従者は竜騎士の素質がありそうだ」
と、レイが私とルリを見ながら言う。
確かに、あんなに嫌っていた竜とここまで打ち解けられるとは思ってなかった。
昨日までの私に目の前の光景を伝えたらポカンと立ち尽くしていただろう。
「それにしても、ルリちゃんって、宝石みたいに青い鱗で綺麗ね」
そして、暗闇では気づかなかった事もある。
それがこの美しい姿だ。
五竜といえば、全身が焦げ茶色のため、ぱっと見デカイコウモリに見えてしまい嫌悪感が強い。
だが、ルリちゃんは宝石のような青い鱗、ハリ君はガラス細工のように反射する白い鱗に覆われている。
その姿はまるで、神話に出てきそうな程だ。
「それは同感だ。故に、僕はこの子らを水天と呼ぶのさ」
レイが共感したのか、二人の名を言う。
水天。
「水と天、いい響きね」
ルリが青空であれば、ハリは天空を漂う白き雲。
それに名前も瑠璃と玻璃であることで、余計に水天を統べる純竜に相応しく思えてしまう。
『姉ちゃんばかりずっるい! ハリも頑張ったよ』
先程まで変態の荷物を岩場へと下ろしていたハリ君が駆け寄る。
頬を膨らませ怒る姿は天使にしか見えない。
「ハリ君もありがとうね、あんなに重たい変態道具を持ってくれて」
遠くの岩場には、今までレイが研究してきた魔術に関する資料が大量に入った鞄が多く置かれている。
なんでも、収納魔術内はあやふやな構造のため、時空の狭間に紛れると数年消える事もあるみたいだ。そのため、重要な資料はこうしてハリ君が持ち運ぶらしい。
「従者が収納魔術を少しでも使えればハリも楽をできるんだが……」
「ぐうの音も出ないーー」
私が使える魔術は隠蔽術式のみだ。あんなに大量の本を持ち運ぶことなんてできるわけもない。
「収納ボックスを買えばいいじゃい、変態ってお金あるんでしょ?」
収納ボックスは小さい箱に広域空間を閉じ込めてしまう魔法道具だ。
その効果は金貨の枚数で変わるが、旅行商たちは竜すら入るほどにでかい収納ボックスを持ち運ぶらしい。
「収納ボックスに入れると、壊れた時に散乱しちゃうのがねえ。ほら、僕たちの移動は空だから。大惨事になってしまうよ」
「収納ボックスを重ね掛けすればいいんじゃないの?」
収納ボックスについて詳しくは知らない。
だが、中に何でも入るなら収納ボックスの中に収納ボックスを入れることだって出来そうだ。
そうすれば、外装が壊れても内部の書類が舞い散る事もない。
だが、レイは横に首を振り、「無理だった」と悔しげに言う。
「あれだけの魔術領域を重ねると、時空が歪んで中の物はぼろぼろになるんだ。それも、二度と読めない程にね」
「試したって事は収納ボックスを持っているってこと?」
「うん? ああ、君だって持ってるよ」
持っていると言われても思いたる節がない。
収納ボックスがあれば、家の荷物をたくさん持ってきてる。
「本当に分かってないって顔だね。あれだけ遺跡内で拾った癖に」
「遺跡で拾った? それもたくさん?」
遺跡で手に入れたといえば……
「変態自身が収納ボックス?」
「じゃはは、それは驚天動地だ。犬がバク転するくらいに笑い転げるよ」
犬はバク転しないけどね、と付け加え。
私のポケットへと手を滑り込ませる。
「な、何をすーー」
『うらああ「ぐぉっ!」ーー
余りに速すぎて理解し辛いが、気づくとレイが遠くの岩に背中をぶつけ倒れこむ。
そして、ルリちゃんとハリ君の両手がクロスするようにレイに向けられている。
「何をしたの?」
『変態を転ばしただけよ?』
『姉ちゃんを止めようとしました!』
ルリもハリも誇らしげに答える。
「ダメじゃない。いくら変態でも、暴力はダメ。変態だって痛みを感じるのよね? それに小さなことでも積み重ねればダメージが残っちゃう」
「………じゃははは、これはこれはひどい言い草だ。まるで、変態だって公言された気分だよ」
「『『………
頑なに自分を認めようとしないレイにドン引きする私たち。
自分があるのは良いことだが、でも物には限度があると思うのだ。
周りに迷惑を掛けることにもなり得るのがレイだと私たちの認識が一致する。
「もう少し真面目にならないの? いくら欲望に忠実だからって女の子のポケットに手を突っ込むのはどうかと思うけど」
「何を言ってるんだ従者たち? 僕はただコインを返して貰おうとしただけだ」
急いでポケットを確認する。
そして14枚のコインの中で一際分厚い銀コインがない事に気づく。
「クリエイト、ダミーコイン。空間術式解放」
聞いた事もない術式を唱えながら、コインを丸めていく。
そして、銀コインが球体へと姿を変える。
まさか錬金術までも使えるとは改めてレイが天才だと実感する。
「はい、これが収納ボックスだよ」
銀でできた球体を受け取る。
すると、銀が液体状となり、指の周囲に広がっていく。
そしてリングとなって固まる。
「これって、指輪?」
「ああ、どうせ僕には収納ボックスは必要ないからね。君にあげるよ」
キーホルダーや腕輪ではなく、指輪を渡されて少しばかり動揺してしまう。
これでは、まるで私がレイとそう言う関係だとアピールしているようじゅないか。
「ありがとう。大切にする」
「ああ、そうしてくれ」
『お姉ちゃんだけ良いなあ、私もオシャレしたい!』
『ハリもカッコいいのが欲しい!』
「では、考えておくとしよう。我が財をかき集め、とんでもない物をあげるさ」
異性からプレゼントを貰い浮かれるも、ルリとハリも貰うと聞き安心する。
「では、収納ボックスに本を全てしまってくれ」
「え、いいの? 収納ボックスが壊れたら散乱するんでしょ?」
「それなら既に解決した。従者のアドバイスを元に、収納魔術をちょいと改造した」
私のアドバイスと言われても何も思い出せない。
そんな、凄いアドバイスなんて出来たのだろうか?
「収納ボックスを積み重ねるとダメージが残るって言ったろ? だから、術式をずらして積み重ねた、ただそれだけだ」
レイが誇らしく言う。
その意味を理解するのに、しばしかかる。
術式をずらして積み重ねた?
「ええと、ごめんなさい。何言っているのか分からない」
魔術を行使するには、長ったらしい詠唱が必要となる。
それを速く発動出来るよう造られたのが術式である。
術式を一度造れば、後は呼び出すだけで簡単に起動する。
レイの話では術式をずらして重ねるらしい。
「いまいち分かってないみたいだね。要は、別々の魔術を横に並べて、更に外側から包むように魔術を重ねている。中の収納魔術には、拡張と圧縮を施し、外側がいくら変形しようが耐久出来るようになっているのさ」
つまりは、風船の中に大きさが自在に変わる風線を二種類入れたことで、どちらにも対応でき、結果として壊れないと?
「理論からして意味不明ね。やっぱり、変態にしか使えないのね」
理論を説明されても、私には分からない。
唯一分かったのは、目の前にいるレイは天才だという事実だけだ。
「貴方って、天才ね」
これほどの術者は会ったことがない。
学園の講師ですら到達していないだろう。
そして、そんな彼とこれから行動する事になると思い、
気分が落ち込んでしまう。
これじゃあ、学園の方がよっぽどマシじゃないか!