第2話 少女と竜の邂逅
世界を救う勇者になりたかった。
だけど、魔術の素質は皆無で。
唯一使える隠蔽魔術で16階層までは来れた。
だけど、それはどうやら間違いだったようだ。
目の前には、人類の天敵であり恐怖の象徴とも言える竜が2体も居る。
天井に生える苔の光で辛うじて見えるのは、黒く染まる牙を持つ竜だ。
そして、赤い何かを食べているように見える。
これは最悪の展開だ。
隠蔽魔術は姿を消せても、足音や存在を消せる訳では無い。
もしも、ここで転ければ直ぐに気付かれるだろう。
ここから階段を登ればいいとは分かっているが。
恐怖で足は震え続け、喉も唾を飲み込むだけで全身が凍ったかのように動けない。
何もしなければ殺されると分かっているのに、何も動けない私自身に腹が立つ。
何がゴブリンキングに勝てない少年たちだ。
私は何一つ理解できてなかったのだ。
煌びやかな英雄譚を読み、憧れを抱き魔法師に成りたいと願った。
だけど、蓋を開ければ、臆病で逃げ出すことさえできないのが己だ。
後ろには階段がある。
そこを抜ければいいだけだ。
「っ……」
小さく息を吐き、ジリジリと足を後ろへと運ぶ。
視線は五竜を捉えたまま、何とか逃げ出そうと試みる。
階段に足を乗せ、更にもう一歩。
後は逃げるだけ……
「えっ」
「うわっ…!」
突如後ろから来た誰かとぶつかり広間へと落ちてしまう。
身体を地面に叩きつけたことで、身体に掛けていた隠蔽魔術が消えてしまう。
「な、何をするの!」
思わず後ろからどついた人に文句を言ってしまう。
そこに居たのは、全身を銀の甲冑で覆い、青く輝く剣を持つ少年だ。
「ああ、ビックリした。まさか、こんな場所に来る人間が居るなんて思いもしないや」
なんて事のないように、少年は言う。
そして、私を見ると。
「何一つ武具を持たないでここまで来れるなんてね。ああ、隠蔽魔術か。失敗したなあ。コウモリでも配置しとけば良かった」
「な、何を……言っているの?」
訳もわからず、困惑する。
少年の呟きを聞くとまるでここの遺跡は彼が作ったように思えてしまう。
「ああ、初めまして。小さなお嬢さん。僕はこの遺跡の王であり、竜族の協力者であるレイだ。まあ、名乗った所で君が忘れる事に変わりはないけどね」
「なっ……」
人の姿をしているが、よく見ると確かに眼の色は赤眼だ。
人間でこんな色の眼を持つのは聞いた事もない。
「はは、ビックリしたな。隠蔽魔術って使い道の無いゴミ魔術だと聞いてたからね。次からは気をつけるとしようかな」
少年は濁った眼で私を見て笑う。
階段を通さないと言わんばかりに、正面を陣取って。
「隠蔽魔術の有効性を知れた事と引き換えに、見逃してはくれない、よね」
お願いしようとするも、余りにも高圧的な眼に言い淀む。
こんな奴にお願いなんてしても無駄だと私の第六感が告げている。
「無理さ。君みたいにここまで来れる存在をおいそれと返す訳にはいかないからね。それに、君みたいな少女は僕のコレクションに加えて置きたいしね」
ああ、どうやらこいつは変人のようだ。
巷でよく聞く、ロシュツキョウやチカンに並ぶ存在なのだろう。
ようは、変態レイだと言う事だ。
「うん、何んだか君が僕を見る目が恐怖ではなく、生理的に無理って表情になったね。じゃははあ、これだから少女は面白い」
変態は大きくゲラゲラと笑い、迫って来る。
青い剣からは冷気が流れ込み、吸い込む空気で喉が痛む。
「どうせなら、僕を楽しませて欲しかったが、隠蔽魔術しか使えない君と勝負した所で目に見えているかね」
「勝負よ、勝負! 私が勝ったら言う事を一つ聞いて!」
どうやら相手は遊びを求めているそうだ。
それも、魔術として。
「勝負か。僕が勝つのにやる意味はないだろ?」
「わ、わからないじゃない。私だってそこそこやるのよ」
遠からず近い事を言い、罠を仕掛ける。
これに乗ってくれば勝機はある。
「へえ、それは楽しみだ。この王たる僕を楽しませるなんて大きくでたね」
「勝負に負ければ、貴方のコレクションでも何でもなる。私の全てをあげる」
どうせこのままじゃあ死んでしまう。
ならば、1%の奇跡でも縋るしかない。
「うん。いいだろう。王たる僕は君の挑戦を受けてたとう。それで勝負は何かな? 攻撃魔術も防衛魔術も召喚魔術も僕は何だって使えるからね。君が望む勝負をしてあげよう」
うん、言質は取った。
これならーー
「料理で勝負よ!」
そう言うと、変態はぽかんと間抜けな表情を一瞬浮かべた。
余りにも予想していない答えに戸惑っているようだ。
「料理で勝負? この王たる僕に? この僕が料理で勝負……」
自分に言い聞かせるように唱える変態。
流石に、この偉そうな素振りから察する。
「(料理したことなさそう。うん勝ったね)」
だが、勝負を受けた手前断る訳にもいかないみたいで、
左手を宙へと伸ばし。
「召喚」
目の前には、厨房らし空間と見たこともない大量の食材が出現する。
「いいだろう。勝負だ」
その声は冷徹で殺気に満ち溢れている。
遠くにいるはずの竜ですら、思わず首を垂れる程に凄まじい威圧だ。
だが、何でか私は怖く感じない。
「本当にいいの? 私、料理上手だよ。勝っちゃうよ?」
命を賭けた勝負にも関わらず思わず訪ねてしまう。
だが、変態は縦に首を振る。
「ああ、勝負は勝負だ、僕に美味い料理を食わせて見せよ」
そうして、料理対決は始まりを告げた。