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君に捧げる花の名は、  作者: ???
黄色いチューリップ
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五輪

 ────アキはあたしのものでしょう、と、彼女はことあるごとにボクにそう言った。白く冷たい細い指がボクの首を優しく撫でて、時折思い出したようにぐっと力を入れてボクの首の中心を押し潰す。


 ────アキは誰にでも優しいから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 思わず咳き込んでしまったボクを見て満足げに彼女が微笑む。桜色の形の良い唇が、きゅっと三日月型を形作った。対して、ボクは情けなく咳き込みながら目尻に浮かんだ生理的な涙を擦って拭う。そんなボクを見て、彼女は「目を傷つけるじゃない」と言ってそっとボクの目尻をハンカチで拭った。


 ────大好きよ、とボクの耳に囁かれた彼女の声は、どこか泣いているみたいだった。


「私に何か御用ですか?」


 そう言ってゆるりと表情を緩める彼女に、上手く言葉が口を出ずに口ごもる。


「っと、その、用事は、」


 じっとこちらを見つめてくる視線に、思わず視線を左右にさ迷わせてしまった。


(……この人、真っ直ぐに人を見てくるな)


 何だか苦手だなんて、どこか居心地が悪くてつい目を伏せてしまう。彼女の方はと言えばなかなか話し出さないボクを訝しむように首を傾げて、その行動に比例するように後ろでまとめられた長い髪がさらりと揺れる。

 早く何か言わないといけないのに、気持ちばかりが焦りを生んで呼吸が詰まって苦しくなる。言葉は喉の奥でどろりとした塊となってゆっくりと気道を塞いでゆく。それから暫く時間が経っても、ボクはやっぱり伝えられずに「ごめんなさい」と頭を下げた。

 ボクの様子を見て、白石さんは「あらあら」と微笑んでから、そのすっとした鼻先にするりと触れる。思わずその鼻先を見つめると、ボクの視線に気付いたのか「あら~」とどこか照れ臭そうに微笑んだ。


「お恥ずかしい。考え事している時の癖なんです」


 そう言うと、どこか照れ臭そうに鼻先を軽く掻いてから「うーん」と微かな声をあげる。


「────あの、急にごめんなさいね」


 どこか真剣な目でそう声をかけるから。驚いて思わず狼狽えてしまう。

 はい、と言う何処か上擦った声で返事をすると彼女は真剣な表情でこちらを見つめていて、その声や表情に何処かただならぬ様子を感じて思わずこくりと息を呑み込めば、彼女はその薄桃色の唇を微かに開いて言葉を紡ぐ。


「あの、ところで貴女はどちら様ですか?」


 真剣な表情から紡がれたその言葉に、思わず拍子抜けしてしまって。嗚呼、そう言えば名前も名乗っていなかった、なんて思い返す。すると、拍子抜けしてしまった反動からかくつくつと笑いが込み上げてきて、その様子を見て彼女────白石さんは「まぁ」と声をあげる。


「ごめんなさい。ふふ、だって、気付くのがお互いにあまりにも、ふふ、遅くて」


 すると、白石さんは「あら~」と言って照れ臭そうに微笑む。


「何だか真剣な表情で話し掛けて下さったから、そこまで気が回らなかったんですよ~」


 ずっとどちら様かなって考えていて、とふわふわと微笑む彼女を見てほっと肩の力を抜いた。


「自己紹介もせずにすみません。ボクは、高等部一年二組の塩瀬(しおせ) (あきら)です」


 口内で言葉を咀嚼してから消化するように吐き出せば、彼女は「あら~」と言って、またふわりと微笑む。


「私は────と言っても、もうご存知みたいですけどね。私は、白石(しらいし) (ゆい)です。一年三組で、園芸部に入部しています。ええと、自己紹介ってあとは何を言えば良いのかしら」


 彼女は、「うーん」と小さく唸り声を上げると、何かを思い付いたのかぱっと顔をあげる。


「あ! 趣味はお菓子作りと園芸で、自宅では主にお野菜と花を育ててます。今育てているのはトマトで、三月中旬頃に種を蒔いたので、まだ五月中旬頃じゃないと植え付けは出来ないんですけどね~。あっでもトマトのお名前は────」「ちょっ、ちょっとすみません!」


 矢継ぎ早に告げられる情報に戸惑って、思わず彼女の口を右手で塞ぐ。自宅で育てているらしいトマトの名前は気になるけれど、今はそれどころでは無かった。


「あの、ボク、人を探してて……。その、部活動見学の時に写真部の場所を教えてくださった女の子なんですけど。あ、あの、すみません、ぶつかった分際で」


 白石さんが彼女のことを知っているかもしれないお聞きしてと言えば、白石さんは戸惑ったように首を傾げる。その時になってからやっと、自分がすらすらと話せていることに気がついて。何となく不思議な感覚で彼女を見つめれば、彼女は再び「うーん」と唸り声を上げて鼻先に触れる。

 静かな沈黙が耳の奥で反響する。春独特の暖かな風が、伸び始めた髪を揺らして消えてゆく。ボクは覚えている限り、出来るだけ詳細に名前も知らない「彼女」の印象を伝えてゆく。胸の上までで二つに分け、ゆるく結ばれた焦げ茶色の三つ編み。穏やかな話し方。それらを聞きながら、白石さんは何かを考えるように鼻先に触れていた。


「あの、もし無理なら」


 大丈夫です、と伝えようと口を開いたのと同じタイミングで、彼女が口を開く。何かに合点がいったように、けれど少しだけ戸惑ったように。


「同じ雰囲気の子は、確かにこちらの部活にいます。けど、あまりそのようなイメージが無かったものですから。とても優しくて素敵な女の子なんですけどとても繊細で、私もまだ敬語で話す程の仲なので」


 なるほどと彼女は納得したように呟くと、「わかりました」と言って微笑んだ。


「事情はとても良くわかりました。でも、出来ることならあまり怖がらせてしまったり、傷付けてしまったりしたくはありませんから。私の方から一度、彼女にお話ししてみますね」


 彼女はそう言うと、「それでも良いですか?」とこちらへ尋ねる。もちろんと返せば、彼女は柔らかく微笑んだ。


「携帯番号、教えてくださいます?」


 ふと、彼女が呟いた言葉に「え?」と聞き返す。彼女は何処か昔を懐かしむようで、それでいて何処か寂しそうな何とも言えない不思議な表情で、制服のポケットから携帯電話を取り出す。


「お互いの連絡先を知らないと不便でしょ?」


 ボクは「ああ」と呟いて、メッセージアプリを起動する。彼女がQRコードを読み取ると、ボクの携帯に彼女の名前が入ってくる。彼女に名前を確認して貰ってから、横に書かれたプラスのマークをタップした。

 何かあればこちらに連絡しますねと言って微笑む彼女に、「すみません」と返して携帯の電源ボタンを押すとスリープモードに入った携帯は黒い画面に切り替わる。音を立てないまま静かに切り替わった画面に、写り込んだ自分と目が合う。何処か浮かれているような表情をした自分の姿がどこか居心地が悪くて視線を逸らした。

 あの、と控えめに呼ぶ声にはっと意識を取り戻す。慌てて彼女────白石さんの方を見れば、彼女は相変わらずにこにこと微笑んだまま立っていた。


「あの、もし宜しければ私達、「お友達」になりませんか?」


 告げられた言葉に、思わずこくりと息を飲んで。彼女を見れば、ボクは戸惑った表情をしていたのか首を傾げる。その様子がおかしくて、思わずくつくつと笑ってしまった。


「ふふっ、白石さんって、ふふっ、面白いですね」「あらあら」


 再び笑い始めてしまったボクを見て、白石さんは不思議そうな表情をして。それでも、どこか楽しそうに彼女も微笑んだ。


「「面白い」なんて言われたの、初めてです」


 小さく呟いたその言葉は、まるで少しだけ泣いているみたいで。思わず笑いをとめて彼女の方を見ると、それでも彼女はふわりと微笑んだままだった。風にのって、花の香りが鼻孔をくすぐる。「もちろんです」と呟いたのは、ほとんど無意識だった。


「もちろんですよ。こちらこそ、ボクと友達になってくれませんか?」「……あらぁ」


 そう言って手を差し出すと、彼女は少しだけ戸惑ったように、けれどどこか嬉しそうに微笑んでボクの手を握る。


「私、こんなお友達のなり方、初めてです」「それは光栄ですね?」


 白く冷たい細い指が、首もとを微かに撫でるような感覚がして。考えすぎか、と無意識に首もとを撫でる。

 ────アキはあたしのものでしょう、なんて彼女が呟く声が耳元を掠めたような気がした。

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