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君に捧げる花の名は、  作者: ???
プリムラ
43/50

三十八輪

 

「────あ、来た! おーい、こっちこっち!」「ごめん、遅くなって」


 お昼ご飯を持って川蝉さんたちの方へと向かえば、彼女たちはグラウンドの昇降口付近で待っていてくれて。待たせてしまった旨を謝罪すれば、楽しそうな顔をした美滝さんが「いーよいーよ! 気にしないで」とひらひらと手を振る。


「あっ、そうだ! アッキー、美綺ぽんも一緒なんだけど、良いかな?」「……え、あ、あぁ、それはもちろん」


 美滝さんの言葉に戸惑いながら頷いたものの「美綺ぽん」と言う人物の心当たりも無くて首を捻っていれば、やがて「やぁ、百合葉。待たせてごめんね」と言う言葉とともに、長い髪を束ねた生徒が一人近付いて来て。その声の方に視線を向ければ、美綺ぽん────星花女子学園高等部一年一組所属の柳橋(やなぎはし)さんは、ボクの姿を見ると、ほんの少し驚いたように軽く目を見開いて。それからその薄く形の良い唇を開くと「おや」と言う言葉を続ける。


「おや、珍しい人がいるね。……あぁ、君、前に猫山さんと一緒にいた子か」「……え、あぁ、はい」


 何と返したら良いのか解らずに戸惑いながらそう返せば、柳橋さんはころころと鈴が鳴るような声で笑って。やがて「おや」と小さく声をあげる。


「挨拶もしなくてごめんね────改めまして、僕は柳橋(やなぎはし)美綺(みき)。一組だよ」「……あ、こ、これはご丁寧に。ボクは塩瀬(しおせ)(あきら)、二組です」


 そう言って頭を下げれば、柳橋さんは「いやいや、これはご丁寧にありがとう」と言って同じように頭を下げてくれて。それを見た白石さんの「あらあら」と言う声とともに互いに顔をあげれば、ボクよりもかなり低い位置にある柳橋さんと目が合って。どこかこちらを観察するような視線に戸惑いながら「あ、あの、何か……?」と声を掛ければ、柳橋さんはボクを見た後に何かを思案するように目を伏せると「ふむ……」と小さく声をあげて。やがて視線を戻すと、「時に塩瀬さん」と声を掛ける。


「え、は、はい」「時に塩瀬さん────君はドッペルゲンガーと宇宙との関係性について、どう思う?」


 突然投げかけられた質問に戸惑いながら「へ?」と返せば、目の前の柳橋さんは何かスイッチが入ってしまったかのようにぶつぶつと何かを呟いていて。「何もない空間に過ぎなかった宇宙から惑星が生まれることと、本来はいないはずの第二の自分が発見されること────この二つを紐づけて考えれば、あるいは……」なんて途切れ途切れに聞こえる言葉に戸惑って美滝さんの方に視線を向ければ、美滝さんはとても楽しそうな表情で亜麻色の髪を耳にかけると、「あ、始まってる! 美綺ぽん、こうなると暫く戻って来なくって」なんて言って楽しそうに笑って。それに小さく苦笑すれば、柳橋さんは暫く考えた末に「ふむ」と呟いて顔をあげる。酷く整った顔が真っ直ぐにこちらを見てそれに戸惑っていれば、柳橋さんは何かを納得したように二回ほど頷くと「百合葉」と美滝さんに声をかけて。美滝さんはその亜麻色の髪を指先でいじりながら「終わった?」と返せば、柳橋さんは「うん。お昼を食べよう」と言って、自分が持ったままのお弁当袋を顔の横に掲げるようにして少し笑った。



「あらあら、塩瀬さん、お昼それだけなの?」「え、あ、あぁ、うん」


 三組の他の生徒の机を借りて皆で円を描くように座って昼食を摂っていると、白石さんがボクの食事を見て驚いたように声をあげて。それに対して「へ、変かな。あまり食事するの好きじゃなくて」と返せば、美滝さんはボクのサラダだけのお昼を見て「お腹、空かないの? ダイエット中とかじゃないんだよね?」と真剣な表情で尋ねてくるものだから、「うん、もともとご飯をあまり食べられなくて」と返せば、美滝さんはほっとしたように笑うと、「そっかぁ」と言った。


「そっかぁ、よかった」


 ほっとしたように笑う美滝さんを不思議に思って見れば、美滝さんは少し苦笑して「アイドル活動してると、たまに収録とかで無茶なダイエットが原因で倒れちゃった子の話とか聞くから、少し心配で。でも食べられる範囲のものを食べてるだけならいいんだ!」と言うと、えへへと照れ臭そうに笑う。無理に何かを食べろと言う訳でもないその距離感が少し心地良くてほっと息を吐いてから「……心配してくれてありがとう」と言えば、美滝さんは「いえいえ!」と手を振った。


「でも、アッキーが弥斗ちーの手を引いて走ってたのはびっくりしたなぁ!」「ぐっ、ゴホッゴホッ!」


 なごやかに昼食を摂っている最中に美滝さんが言った言葉に驚いてついレタスを喉に詰まらせてしまって咳をすれば、隣に座っていた川蝉さんは驚いたように「だ、大丈夫、ですか?」と言ってぎこちなく背中をさすってくれて。触れている手のひらの熱に比例するように頬に熱が集まっているのを感じて、「だ、大丈夫。ありがとう」とだけ返して。「からかわないでよ」と美滝さんに言えば、美滝さんは「えへへ」と照れ臭そうに笑った。


「んでも、びっくりしたのはほんとだよ。弥斗ちー、三組の人とは少し話すことはあっても、他のクラスの人と話してるのって見たことなかったし。ん!」


 そう言うと、突然美滝さんが大きな声を出して。それにびくりと肩を跳ねさせれば「そう言えば、アッキーと写真部であった時以外であんまり話したことってなかったね! これを機会に話そうよ!」なんて楽し気に笑う。それにぎこちなく笑い返しながら「もちろん、ボクでよければ」と言えば、美滝さんは嬉しそうに「やった!」と言って。「ねぇねぇ、アッキーって誰か好きな芸能人っている?」なんて無邪気に笑う美滝さんに、テレビはあまりみないなぁなんて思って。少し考えた末に「……美滝(みたき)百合葉(ゆりは)さん?」と言えば、美滝さんは一瞬だけきょとんとした顔をしてから「あはは、ありがとう!」と言って、楽し気に笑った。


「そう言えば、アッキーは午後も写真撮影するの?」


 サラダを食べていると、美滝さんに声を掛けられて。口の中のレタスを咀嚼し終えてから「ん。午後はもう、ボクの出場する競技がないから」と言えば、美滝さんは「そっかぁ!」と言って優しく笑う。


「一組は何人か競技を掛け持ちしてる人が居るんだっけ、美綺ぽん?」「あぁ、ヒーローさんに岸野さん、武村さん……他にも、比較的運動が得意な子が何人か掛け持ちで出場しているよ。僕たちの担任の愛瀬(まなせ)先生も、赤いTシャツを着て気合十分だそうだ」


 はははと言う柳橋さんの笑い声に、つい釣られるように苦笑してしまう。愛瀬先生と言うのはいとこの日色が所属する高等部一年一組の学級担任の先生で、ボクたちの歴史の授業も受け持っている先生だった。色素の薄い長い髪と明るい雰囲気、そして何よりも熱意のこもった質の高い歴史の授業は生徒からの評判も高く、かく言うボクも中学生時代と比較して歴史のテストの点数が上がったのは、愛瀬先生の授業のお陰であると言っても差支えがないほどには、愛瀬先生の授業はわかり易いものであると言えた────とは言えその歴史好きがゆえに、爆発的な愛瀬先生の熱量で話が脱線してしまう事も一度や二度では無いのだけれど。

 和やかに進んでゆく昼食の時間に、どこか嬉しいようなそれでいて照れ臭いような気持ちが入り混じって。何の気なしに視線を逸らせば、逸らした先で川蝉さんとばちりと目が合って。どうするべきかと考えていれば、川蝉さんは困ったような表情をしてからぎこちなく微笑む。彼女の焦げ茶色の三つ編みが、彼女が笑った表情に比例するように微かに揺れて。そんな些細なことに、酷く騒がしくなる心臓が心底恨めしかった。

 だって、川蝉さんはただボクに対して友好的な気持ちで接してくれるだけなのに。それなのに、こんな風に思ってしまうこと自体が、彼女にとって酷く迷惑なことなのではないかなんて思ってしまう。ボクは内心、自分の気持ちが悟られていないようにと思いながら、彼女と同様にぎこちなく微笑み返すことしか出来なかった。


 ────……いえ、やっぱり、大丈夫です。ごめんなさい


 あの時、川蝉さんが本当は何を言いたかったのか、正直に言えばとても気になってはいるのだけれど。かといって無理矢理彼女に尋ねるような真似をするのも嫌で、結局あの言葉の真意は解らないままだった。これから先に川蝉さんと過ごす時間が増えて、今よりももう少しだけ仲良くなることが出来れば、きっと尋ねられる日が来るのだろうけど────それでも心のどこかで、知らなくても良いような気もする。

 川蝉さんやみんなとこうして一緒に過ごして、一緒に笑って、同じものを共有して────それで十分なはずだ。無理にこのままの関係を変えようとしなくたって、いつも通り無難で平等な対応を心がけていれば、少なくとも他の人を傷つけるようなこともない。それなのに、こうして川蝉さんと一緒にいる時の自分がまるで紫園といる時の自分のようで、つい頭のどこかでまた同じことの繰り返しになってしまうのではと考えてしまう。そんなことを考えてしまう自分も、酷く嫌だった。



「あら、そろそろお昼休み終わるわね。戻りましょうか」


 お昼を食べ終えてから皆で雑談をしていると、教室の時計を見た白石さんがそんなことを言って。その声にボクも教室の時計に視線を向ければ、確かに思った通り昼休みがもうすぐ終わってしまう時間だった。


「そうだね、そろそろ戻ろうか。誘ってくれてありがとう」「ううん、すごく楽しかった! また皆でお昼食べようよ」


 美滝さんは自分のお弁当箱と机を直し終えると、そんなことを言ってにっこりと笑う。それに皆とともに口々に賛同の意を示すと、お弁当箱を持って教室を出て。先を歩く美滝さんと柳橋さんと白石さんの後ろを追いかけるように、ボクと川蝉さんが歩きながらひそりと川蝉さんに聞こえるように「……借り物競争、来てくれてありがとう」と伝えれば、川蝉さんはぎこちなく微笑んで「……い、いえ」と囁くように返してくれる。


「……塩瀬さんこそ、わ、わたしなんかで良かったんでしょうか? 白石さんとか、美滝さんみたいな人の方が、もっと盛り上がったような気もしますけど……」


 そう呟く川蝉さんの言葉に、「ううん」と返して。川蝉さんと目を合わせられるように少し屈むと、意識的に微笑む。


「ううん。……あのお題で一緒に走るなら君が良いって、そう思ったんだ」


 でも、皆の前に出すようなことをしてごめんねと言えば、川蝉さんは戸惑ったような表情をして。それから優しく表情を緩めると、「……いえ」と続ける。


「────友だち、ですから」


 そう言った川蝉さんの言葉に、強く心臓が握られたような感覚がして。彼女が言っていることは酷く嬉しい言葉のはずなのに、どうしてかその言葉に強烈な違和感さえ感じてしまって。それでも、ボクはそれを彼女に伝えてしまえるほど強くはなくて。


「……塩瀬さん?」


 固まってしまったボクを見て訝し気な表情をする川蝉さんの声に、はっと意識を引き戻して。それからきゅっと意識をして唇の端を引き上げると、「あぁ」と答える。



「────そう()()()ね。……ありがとう、川蝉さん」



 そう言うと、川蝉さんは少しだけ照れたように微笑んで。そんな表情を見せてくれるのだって、ボクが『友達』だからなんだろうななんて、頭の片隅で考えてしまう。

 上履きがリノリウムの床に擦れて、キュッという音をたてる。いつもなら気にしないはずのその音が、やけに耳についた。

 川蝉さんがこんな風にボクに対して優しく接してくれるのは、ボクが彼女にとって友人で、適切な距離を保っているからだ。ボクだって、友達だと思っていた人に好きだと言われれば戸惑ってしまうし、人によっては裏切られたようにでさえ感じてしまう人もいるだろう。……自分と友達になったのは、()()()()目的のためだったのかと、そんな風に考えてしまう人だっている。川蝉さんがどう思うのかは解らないけれど、少なくともボクが感情のままに突っ走ってしまえば、怖がらせてしまったり不愉快な思いをさせてしまう場合だってある。そうしたらきっと、ボクは今以上にボクのことを許せなくなる。

 ボクは「ご、午後も頑張りましょうね」と言って柔く微笑む川蝉さんに、「そうだね、頑張ろう」なんて返しながら、頭の片隅で「隠し通さなきゃ」なんて考える。


(────隠し通さなきゃ。……もう二度と誰かを傷つけたり、不快な思いをさせてしまいたくはないから)


 ボクはそんなことを考えながら、無意識に自分の首にそろそろと手を伸ばして。万が一にも余計なことを言わないようにその皮膚を小さく抓れば、ちりりとした微かな痛みが走って、それなのにどうしてか、そんなことに少しだけ安心した。

 その時のボクは、間抜けなことにずっと自分の感情が隠し通せると思っていて。このままの関係を失わないためなら、別に自分がどうなったって構わないとさえ感じていた。



 ────だからこうなってしまったことも、今ではただの自業自得に過ぎないだなんて思ってしまうのだ。



今回登場のゲストキャラクター

美滝百合葉様(考案:百合宮伯爵様)

登場作品

∞ガールズ!/百合宮 伯爵様

https://ncode.syosetu.com/n4195fs/


柳橋美綺様(考案:カフェインザムライ様)

登場作品


同上


お名前だけ登場したゲストキャラクター

愛瀬めぐみ様(考案:百合宮伯爵様)

登場作品

先生、恋のquizが解けません!/百合宮 伯爵様

https://ncode.syosetu.com/n6718gq/

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