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君に捧げる花の名は、  作者: ???
ポピー
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三十七輪

「晶ちゃーん」「ん?」

 莉菜ちゃんと話しながら暫く写真を撮影していると、不意に猫山さんの明るい声が聞こえて。写真を撮影する手を止めて声の方に目を向ければ、そこには猫山さんと白石さんと美滝さん、そして────川蝉さんが半歩離れたところに恥ずかしそうに立っていて。ボクは莉菜ちゃんに「ちょっとごめんね」と断ってから、席を立って「どうかした?」と三人の方へ小走りで駆け寄ってゆく。

「やー、晶ちゃん、今大丈夫?」「え? あぁ、うん。大丈夫だよ」

 撮影もずっとしているわけではないから────と言いながら、手持ち無沙汰に何となくカメラキャップを弄っていれば、美滝さんに手を引かれていた白石さんが「ごめんなさい」と言って、柔く微笑む。

「ごめんなさい、係の邪魔して。もし良ければ、撮って貰えないかって話していたの」「あ、もちろん」

 そう言ってカメラを彼女たちの方へ向ければ、彼女たちは少しだけ照れ臭そうな表情でカメラに写る。それを微笑ましく思いながらシャッターボタンを押せば、ピピッと言う電子音と共にシャッターが切れてその場を切り取ったように川蝉さんたちの姿が映し出される。

「どうかな」

 そう言ってカメラの画面を彼女たちの方へ向ければ、白石さんが「よく撮れてますね」とのんびりと呟いて、隣から画面を覗き込んでいた美滝さんも「本当だ!」と言って明るく笑う。何とも楽しげな彼女たちの様子にそっと微笑みながら、「よかった」と返す。

「必要だったら後でデータを送るよ。……白石さんのメッセージ宛に送れば良いかな?」

 画面を操作しながらそう尋ねれば、白石さんはのんびりとした表情で「そうですねぇ」と呟いてから、一瞬だけ酷く悪戯な表情になって川蝉さんを一瞥してから、こちらに視線を戻して。そのまま「私か、弥斗さんの方に送っていただけたら」なんて話していると、美滝さんがこちらが話し終わったタイミングを見計らって「ねぇねぇ!」と、その明るく澄んだ声で肩を叩きながら話しかける。

「え、ボ、ボク?」「うん! ね、アッキーの写真は撮らないの?」

 突然話しかけられたことと紫園にも呼ばれたことが無い突然名付けられたあだ名の両方に困惑しながら、恐らく『アッキー』と言うのはボクのことを指しているんだろうななんて考えて、「ボ、ボクはあまり写真って撮られなれてなくて……」と返せば、美滝さんは「そうなの?」と少しだけ残念そうに呟く。それに「ボクなんかよりも美滝さんの方がよっぽど絵になるよ」とだけ返せば、美滝さんは「あはは!」と一等星のように酷く眩しく笑った。

「でもアッキー、自分の写真撮らなくても良いの?」「あ、アッキー……? 撮られるよりは撮る方が好きなんだ」

 美滝さんも、誰か撮りたい人がいればボクで良ければ撮るよと言えば、美滝さんは普段通り屈託のない表情で「ありがと!」と笑って。それからきょろきょろと辺りを見渡すと、「あっ!」と声をあげる。

「ねぇねぇ、アッキー! 撮りたい相手って、誰でも良いの?」「えっ、あぁ、うん」

 この写真、星花の広報誌でも使うみたいと言えば、美滝さんは「そっかそっか!」と明るく頷いて。「それなら()()()()の人がいるよ!」と言うと、「ついて来て!」とボクの手をひく。

「えっ、ちょっ、あの、他の子たちは……」「大丈夫、大丈夫! あっ、いた! おーい! つーちゃん!」

 ボクの腕を引いたまま美滝さんは彼女特有の天まで届くような大声で目的の人物を呼べば、美滝さんのお目当てである『つーちゃん』と呼ばれたおかっぱの少女が、酷く鬱陶しそうな表情で「……また貴女ですか、美滝さん」と振り返る。

「大きな声で呼ばなくても聞こえてますよ」

 泉見さんはそう言うと一瞬だけ物珍しそうな表情をしてボクを一瞥すると、にこりとその整った顔を笑顔に変えて「こんにちは」と挨拶をしてくれる。

「クラスが同じでも、関わる相手が違うとあまり話さないものですね」「え、あ、あぁ、うん」

 何処か自分自身を見透かされているような視線に戸惑って俯けば、泉見さんはそれを敏感に感じ取ったのか、「……それで、あなたは一体何の用ですか、美滝さん」と、何処かため息交じりにボクの前に立つ美滝さんに問い掛けると、美滝さんは待ってましたと言わんばかりの表情で「つーちゃん、写真撮ろう!」と言って、ボクのカメラを指さすと、泉見さんは「人のものを指さすものじゃありませんよ」と言って溜息を吐くと、「大体、貴女の所属する会社は撮影許可を出しているんですか?」と続けて。それに「もちろん!」と答えれば、泉見さんは明らかに『嫌だ』と書かれた表情で暫く考えた末にボクを一瞥すると、「……まぁ、ここまで連れてきてしまったようですし……一枚だけですよ。あと、あまりくっつかないでください」と諦めたように呟いて、美滝さんのほうに向かって歩くと、三歩程の距離を開けてから「どうぞ」とレンズ越しにボクに伝える。

「えっ、あ、良いの?」「……こういうタイプ、昔から弱いんですよ」

 苦々しそうな表情でそう呟く泉見さんに「昔からの友達だもんねー」と美滝さんは笑いかける。司さんは苦虫を噛みつぶしたような顔で「そうですね」と答えながら、こちらを射殺さんばかりの視線を向けて『は・や・く・し・ろ』と目線だけで伝えてくる。それに慌ててシャッターを切れば、泉見さんはもう用は済んだだろうとばかりに「では」と言ってさっさと戻っていって。「見せて見せて」と言ってこちらに戻ってきた美滝さんに画面を見せながら「良かったの?」と、暗にあのまま行かせてしまっても良かったのかと尋ねれば、美滝さんは「つーちゃんは照れ屋さんだからね!」と楽しげに言った。

「なっちゃんは……今の時間はいないのかな」「なっちゃ……?」

 きょろきょろと辺りを見回す美滝さんに尋ねれば、美滝さんは「あ、なっちゃんって言うのは、さっきのつーちゃんの双子のお姉ちゃん。昔芸能関係で知り合ってね」と言うと、「……でも、今はいないみたい。残念」と言うと「撮ってくれてありがとう」と言って、柔らかく微笑んだ。

「私、普段アイドルのお仕事とかで途中早退しちゃうことも多いから、こうやって皆と写真撮ったり出来るの、すごく嬉しくて。……えへへ、だから、ありがとう」

 美滝さんはそう言うと、「戻ろっか」とボクの腕をぐいと引いて、再び三組の方へ戻ってゆくと、その途中で不意に足を止めて、こちらの方を振り返る。

「ね、そのカメラって、少し触っても良い?」「え? あ、うん。どうぞ」

 そう言って美滝さんの方へストラップごとカメラを渡せば、美滝さんは「おぉ、結構重い……」と小さく呟いて、壊れ物に扱うように丁重にカメラに触れる。

「私、お仕事の関係で写真を撮られることには慣れてるんだけど、撮ることってあまりしたことが無いから気になってて」「あ、そうなんだ。確かにそうかもしれないね」

 美滝さんは物珍しそうにカメラを持って、細い指先で撫でるように触れる。どこか小さな子供のようにも見えるその様子についくすりと笑みを溢してしまうのは、それがどこか初めてカメラを触ったときの自分にも似ていた。

「撮ってみる?」

 そう尋ねれば、美滝さんは一瞬だけ驚いたようにこちらをみて。その様子に「……その、もし良ければだけど」と続ければ、彼女はその零れてしまいそうなほど大きな瞳を見開いて「良いの?」と尋ねる。子供のようなその声色に少しだけくすりと笑い返すと「良いよ」と答えて、彼女の背中越しに操作を説明する。

「……これがシャッターで、これが絞り。マニュアルの時はここで調節するんだけど、今回はオートフォーカスだから、構えてシャッターを切れば撮れると思う。動画が撮りたかったらここを一番上にあげて、このボタンを押せば撮れるよ」

 ピッピッと操作をしながら説明していけば、美滝さんは戸惑ったように何度か触ってから、空や遠くの生徒を撮影して、やがてやり方を覚えたのか「ね、行こ!」と言って、ボクの腕をぐいと引っ張って三組の応援席の方へと連れてゆく────連れてゆくと言うよりは、引っ張ってゆくと表現した方が正しいような気もするけれど。

「ちょ、美滝さん?」「撮りたいものがあるの!」

 美滝さんはそう言うと、亜麻色の長い髪を靡かせてボクの手を引いたまま三組へ向かってゆく。「おーい!」と言う彼女の声に、三組のクラスメイト達が顔を向けて「あっ、ゆりりん! どこ行ってたの?」と手を振って。その中に川蝉さんの姿を見つけた瞬間、そこだけ焦点があったようにくっきりと見えて頬に熱が集まってゆく。途端に騒がしくなりだした心臓に動揺していれば、美滝さんは「弥斗ちー!」と、恐らく川蝉さんの名前を呼ぶと、ぶんぶんと手を振る。

「……え、わ、わたし……ですか……?」「うん! ね、今大丈夫?」

 美滝さんはカメラのストラップを首から下げると、右手でボクの手首を、左手で川蝉さんに向かってぶんぶんと手を振って。川蝉さんはと言うと、それに戸惑ったような表情をしてから、小走りでこちらへと近づいてくる。

「……ど、どうしました?」「えへへ、弥斗ちー、写真撮ってくれる? 私とアッキーの!」

 突然の申し出に思わず目をむいて彼女の方を見れば、彼女はにこにこと微笑んで川蝉さんの方を見ていて。川蝉さんはと言えば、「わ、わたしで良いなら……」と言って、「だ、大丈夫ですか?」とボクの方を見て。それに「ボクは大丈夫だけど……」と返せば、美滝さんは「はい!」と言って川蝉さんにカメラを渡すとポーズを撮る。その姿は流石アイドルと呼ぶべきものであったのにも関わらず、結局ボクは少し考えた末に当たり障りのない平凡なピースサインしか出来なかったのだけれど。

 川蝉さんは戸惑ったようにシャッターを切ると、「こ、これで大丈夫……ですか?」と言ってこちらに画面を見せてくれて。画面を見ようと、顔を近づけた時だった。

「わっ、あ、あの! ごっ、ごめん。……その、わざとではなかったんだけど」「い、いえ、そんな……」

 画面を見ようと少し屈んで近付いた瞬間、肩と肩がぶつかってしまって。それに驚いて身体を離せば、川蝉さんの方も戸惑ったような表情をして「……だ、大丈夫、です」と続ける。

「あ、あのっ! ピントも合ってるし、ボクは良い写真だと思うよ。……えっと、美滝さんは、どう?」

 驚いた拍子に声が裏返ってしまった自分を情けなく感じながら場所を空けて美滝さんの方を振り向けば、美滝さんはひょいと画面を見ると「あっ、すごくいい写真だね!」と言って、にこやかに笑って。川蝉さんはそれを見ると、ほっとしたように息を吐いて「よ、よかった……です……」と続ける。

「うんうん、弥斗ちーも写真撮るの上手なんだねぇ!」「み、みとちー……? カ、カメラの性能が良かったんだと、思います」

 川蝉さんはそう言うと、少しだけ照れたように微笑んで。それに「そんなことないよ」と柔く笑い返してから、「じゃ、じゃあ、ボクはこれで」と背を向けようとした時だった。

「あれ、アッキーと弥斗ちー、写真撮ってないよね?」「ぶ────っ!」

 突然の言葉に驚いて吹き出してしまえば、川蝉さんは戸惑ったように「だ、大丈夫……ですか……?」と心配そうに聞き返す。噎せながら美滝さんの方を振り返れば、美滝さんは混ざり気のないいつも通りの明るい笑顔でこちらを見ていた。

「アッキーと弥斗ちーは一緒に撮らないの?」「いっ……と、撮らないって言うか……」

 もちろん写真が撮れることは嬉しいけれど、そればかりは流石に自分で決めてしまう訳にもいかないと思い。川蝉さんの方を見れば、川蝉さんは思った通り戸惑ったような表情をしている。それを見て一緒には撮らないと口を開けば、ボクよりも先に川蝉さんが「わ、わたしは……」と口を開く。

「わ、わたしは撮れるなら一緒に撮りたいです……。でも、塩瀬さんも写真部のお仕事でお忙しいですし……」

 川蝉さんはそう言うと、少しだけ困ったように俯いて。それを見て急速に頬が熱を帯びてゆくのを感じながら「いっ、いや、今は仕事は……なくて……」と返して。自分の声が情けなく震えているのを感じながら、ぎゅっとカメラを強く握る。

「ボ、ボクも撮れるなら撮りたいけど……め、迷惑でなければ……」

 そう言ってしまってから、そんなことを聞けば断わり辛いだろうと思い、「いや、やっぱり」と口を開けば、ボクの言葉にかぶせるように川蝉さんの声が聞こえた。

「……め、迷惑では、ないです」「え」

 不意に聞こえてきた言葉に、思わず驚いて彼女の方を見れば、彼女は酷く恥ずかしげに俯く。その言葉と表情に、思わず自分の顔に熱が集まってくるのを感じながら、突然の出来事に頭が追い付かずに「へ、あ、え?」なんて、情けない言葉が口をついてしまう。

「……え、あ、……え?」

 思わず聞き返してしまえば、川蝉さんは俯いたまま何も答えなくて。微かに朱に染まった顔を見て、自分の顔に熱が集まってくるのを感じながら「……いいの?」と尋ねれば、川蝉さんは暫く俯いてからこくりと頷いて。それを見て思わずパニックを起こしてしまえば、一部始終を見ていた美滝さんが穏やか……いや、どちらかと言えば少しだけ楽しそうに笑いながら「撮ろうか?」と言って、その華奢な手を差し出す。

「さっきも私とアッキーの写真、撮って貰ったし!」

 そう言って屈託なく笑う美滝さんに、少しだけ緊張がほどけたような気持ちになって。「……じゃ、じゃあその、お願い……します」と言ってカメラを渡せば、「良いよ! じゃあ二人ともくっついてー」と言ってカメラを構える。

「え……っと、こう?」「んん、それだとアッキーが見切れちゃうから、もう少し寄って」

 美滝さんの指示通りに先程よりも少し中心に寄れば自分の肩くらいにある彼女の視線に気が付いて、自分と彼女の身長が違うことに、今更ながら驚いてしまう。無意識に少し離れようと身体を動かせば、彼女の肩にちょうど同じ位置にある自分の二の腕がぶつかってしまって。「ご、ごめん」と言えば、彼女は一瞬だけ驚いたような表情をしてから「……い、いえ」と言って、少しだけ怯えたように目を伏せる。

 触れたのは一瞬だけなのに、やけにその部分が発熱しているかのように熱く感じた。自分の体なのに、まるで自分の体じゃなくなってしまったみたいだ。ボクはじわじわと頬に集まる熱をごまかすように「撮るよー」と言う美滝さんの声に顔をあげる。心臓はやけに騒がしくて、頬を撫でる風が少しだけ心地良い。

「はい、3、2、1……」

 パシャリと言う、聞き慣れたはずのシャッター音がやけに耳に付いた。「撮れたよー」と言う美滝さんの言葉に反応して離れてゆく熱の存在を、少しだけ残念に思ってしまう自分がいて。そんなことに、どうしようもなく戸惑ってしまう。

「どう?」「えっ……わ、すごく素敵ですね。塩瀬さん、」

 そう言って酷く嬉しそうな表情の川蝉さんが振り返った瞬間、ボクは自分の心臓が酷く騒がしくなったような感覚がした。それは酷く懐かしくて、そして同時に何処か寂しさと鈍い痛みを伴うような感覚だった。

 体育祭の歓声が、酷く遠くから聞こえているような気がした。グラウンドの砂と、五月の終わりの風の香りが鼻腔を擽る。全身の血液が沸騰してしまったような熱が次第に頬を染めていって、それが酷く苦しかった。

 思えば、ずっと不思議だった。どうしてあんなに彼女のことが知りたかったのか、どうしてこんなに彼女といると嬉しいのか、その感情に付く名前はとうに知っていたはずなのに、自分が傷つくことが怖くていつだって見て見ぬふりをしていた。

「……塩瀬さん?」

 名前を呼ばれれば嬉しくて、もっと話していたくて、それでも傍にいれば苦しくて、心臓が痛くて、そんな自分の身勝手な気持ちのせいで嫌と言うほど誰かを傷つけてきたのに、結局性懲りもなくそんな気持ちを抱いてしまう自分に、ほとほと呆れてしまう。

(……これは、この気持ちは、)

 ボクは「ごっ、ごめん」と言うと、川蝉さんたちの方へ向かって写真を覗き込む。「本当だ、よく撮れてるね」と言いながら、自分の抱いた感情についた名前を心の中で呟いた。

(……()()()()()()

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