表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に捧げる花の名は、  作者: ???
黄色いチューリップ
4/50

四輪

 

「あっ、晶ちゃん! おかえり~!」


 教室の戸を引くと、既に席に着いていた「彼女」がこちらを見つけて微かに手を振る。その表情に、ふっと肩の力を抜いて小さく手を振り返した。


「ただいま。あの、一緒に行けなくてごめん」「ううん、お疲れ様」


 先生まだ来てないからセーフだよ、なんてほんの少し悪戯っぽく微笑む「彼女」に小さく微笑み返せば、ほんの少しだけ肩の力が抜けたような気がした。

 どこに見学いった? と言う話題から各部の印象をぽつぽつとお互いに話し出す。とは言えボクは情けないことに迷ってしまったから写真部以外の部活動はほとんど見ていないけど。


「私はチアリーティング部に行ったよ。あと、ダンス部と陸上部と────」「運動得意なんだ、いいな」


 ボクは昔からあまり得意じゃないから羨ましいと言うと、彼女は「んん」と小さく唸り首を左右に振る。


「得意って言うか……昔から体を動かす方が好きなんだ。中学校の時は陸上部で────」


 そう言ってきらきらとした瞳で過去を語る彼女に、ふっと肩の力が抜けていくのを感じる。小さく息を吐いて彼女の方を見れば、「晶ちゃんは?」と聞き返される。


「え?」「晶ちゃんは、どんな中学校時代だった?」


 にっこりと微笑まれて紡がれた言葉に、一瞬ひゅっと呼吸がとまる。アキはあたしのことが大好きでしょうなんて、聞こえないその声がじわりと心を侵食する。

 黙り込んでしまったボクの様子を見てか、彼女が慌てたように「あ、いいのいいの。ごめんね、ちょっと気になっただけだから」と訂正する。


「……ごめんね」「う、ううん。こちらこそ」


 お互いの間に流れた気まずい空気を変えたくて「あの」と口を開くと同時に、カラカラと教室の扉が開く。彼女は慌てたように前を向くと「また後でね」と悪戯っぽく微笑んで前を向いた。


「席に着いてください。もう高校生なんだから」


 担任の教師の声に、ざわめく教室が少しずつ静かになる。前からまわされてきた紙を後ろに送りながら視線を落とせば、担任教諭はプリントに視線を落としながら面倒くさそうに説明を始めた。


「今まわした紙は入部届けです。提出期限は────」


 点線で区切られたプリントの上半分に書かれた提出期限をラインマーカーで引く。ふと教室の時計を見れば、時刻はもうお昼近くになっていた。

 食事自体をあまり摂らなかった時は、この昼食時間が酷く苦手だった。食事を一緒に摂るのに相手があまり食べてなかったら確かに気まずいだろうななんて思ってしまう。説明終了後、クリアファイルにプリントを入れて机の中へしまうと周囲は自然とお昼の時間へと移る。小さく溜め息を吐いてから、コンビニエンスストアのカップサラダを取り出した。とは言え、どうしてもカップサラダの付属のドレッシングが苦手なため必然的にそのまま食べることになるのだけれど。


「晶ちゃん、お昼サラダだけ?ドレッシングとか何もかけないの?」


 目の前の彼女が「一緒に食べよう」とお昼に誘ってくれた為、机をつけて向かい合わせになる形で食事を摂る。


「あ、えーと……そう、ダイエット中で」


 当たり障りのない、ありがちな理由を述べれば「そうなの? そんなに気にしなくても良いのに」と返す。嘘を吐いた罪悪感でちくりと痛む心臓を誤魔化すように「はは」と笑った。

 昔から食べることが嫌いだった。いつからだったのか、理由はもう覚えていない。口に入れると吐き気がしてしまったし、食事自体があまり得意ではなかった。中学生の頃に一時期改善されたものの、高校入学と同時にまた戻ってしまっていた。



「ごちそうさまでした!」「ごちそうさまでした」


 食事を終えてから手を合わせると、机を定位置に戻す。その途中、ふと気になって彼女に声をかける。


「あの、斎藤さん」


 彼女は口元をウェットティッシュで拭くと、「なぁに?」と笑う。その表情に、声に、言葉が口をつく。


「────あの、園芸部の三つ編みの女の子って」


 そこまで言い掛けてから口をつぐむ。興味なんて持たない方が良いなんて思うのに、どうしてか「彼女」が、あの花の香りが頭から離れない。すると、彼女はその様子を訝しげに見つめながらこてりと首を傾げる。


「園芸部? んー……部活動見学の時に三組の白石さんって子に園芸部の方向を聞かれたけど……」


 あとは解らないかもと言って目を伏せる彼女に慌てて「ううん、ごめんね」と返す。


「ごめんね、ちょっと助けて貰った人が気になっただけなんだ」


 そう言うと、彼女は「そうなの」と返して微笑む。顔を見合わせてから、なぜか互いに「へへ」とゆるりと表情を緩めると、彼女が「あ、そうだ」と声をあげる。


「園芸部だったら、放課後にお花植えたりするんじゃない? もし気になるなら、放課後に探した方が早いかもしれないよ? 園芸部の白石さん、のんびりしてて話しやすかったし」


そう笑う彼女に「ありがと。探してみるね」と返せば、彼女が「ううん」と言って笑ったのと同時に午後の授業開始のチャイムが鳴る。


「あっ、始まる! またね、晶ちゃん」


 ゆるりと手を振る彼女に手を振り返して席に着くと、教科書と筆記具、大学ノートを開いた。


(園芸部の「白石さん」か。園芸部だったら「彼女」と関わる機会も多いのかもしれないな)


 ぼんやりとそんなことを考えた瞬間、ちくりと微かに心臓が痛んだような気がして、左胸に走った痛みに微かに眉間に皺を寄せてから溜め息を吐く。


(……しかし、自分がここまで方向音痴だとは思わなかったな。放課後、写真部に行った後に校内探検でもしようかな)


 慣れない場所は歩くだけで体力を使うし、偶然とはいえ一度園芸部の方向に向かうことが出来たのだから「白石さん」には、もしかしたらその時に会えるかもしれない。


(……でもきっと、「これ」は恋愛感情でも何でもないよな)


 溺れて息も出来なくなるような、憎みつつも愛さなければ生きていられないほどの熱を「恋」と呼ぶのなら、こんなふわふわとした甘い感情なんてきっとおままごとのようなものなのだろう。

 内心小さくため息を吐きながら、学級委員の号令に合わせて礼をすると、胸の中の奥深くで微かに生まれた感情に蓋をして筆記具をもって黒板に向かう。誤解しないように、間違っても恋なんかにならないように、生まれ始めた感情を無意識にぐしゃぐしゃに踏み潰した。



「えーと……園芸部は────」


 放課後。写真部に入部を希望する旨を伝え説明会の日程を聞き終えると、貰ったばかりの地図を広げながら、教室の名前と場所を一致させながらふらふらと歩いてゆく。


「えーと……トイレ、写真部……写真部!?」


 また再び戻ってきてしまった自分に呆れながら、とにかく元の場所へ戻ろうとくるりと踵を返すと


「ぐふっ!」「あらあら!」


 後ろにきちんと注意をしなかったせいか、後ろからやって来る女の子の存在に気がつかず、彼女の肩掛け鞄にお腹をぶつけてしまう。そこまで痛みは無かったが、慌てたように鞄を置いてボクのお腹をさする彼女を見て気恥ずかしさが起こった。


「い、良いです。大丈夫ですから」「でも……ごめんなさいね、私がちゃんと見ていれば」


 赤くなる頬を誤魔化すように白い手を取れば、彼女は申し訳無さそうに目を伏せた。


「痛かったわよね?」「いえ、ちゃんと見ていなかったこちらが悪いので……すみませんでした」


そう言いながら頭を下げれば、慌てたように彼女も「いいえ、こちらこそ」と頭を下げる。ふと目をあげると、さらりとした長い髪の毛が目に入って思わずびくりと肩を震わせる。そんなことは失礼だって、ボクが一番よくわかっているのに。

 思わず目を逸らしてしまったボクに気がついたのか、目の前の彼女が一瞬不思議そうな表情をする。そうしてから、ボクの視線の先を辿ったのか「あらあら」と自分の長い髪に触れると、気に障ったらごめんなさいねと前置きをしてから、こちらを真っ直ぐに見つめた。


「髪の毛が長い人、苦手?」「……え! いや、そんな……」


 初対面の人に失礼なことを言う訳にもいかずに口ごもれば、彼女は鞄の小さいポケットから髪ゴムを取り出して耳の少し上の位置で結ぶ。その様子に、呆気にとられてしまって彼女を見つめると少しだけ照れ臭そうに微笑む。


「急に聞かれても答えられる訳ないわよね。ふふ」


 私も大きな声とか苦手なのよとふわりと微笑む顔にふっと肩の力を抜きながら、「すみません」と言えば、彼女は「いえいえ~」とのんびりと笑った。


「気を遣わせてしまってごめんなさい。その、園芸部の白石さんって人を探してて」


その話しやすそうな雰囲気に思わず「以前園芸部のある人に助けて頂いたことがあったんですが、どうしても名前が解らなくて」なんて話してしまえば、「あらあら~」と柔らかく微笑む。


「園芸部の白石さんって、下の名前はゆいって名前じゃない?」「すみません、名前までは解らなくて……。ただ、同じクラスの友人が「白石さん」がとても話し易かったって言っていたので……」


 ────園芸部の子を探しててと言えば、「なるほど」とほんわかと返される。


「え、っと、すみません。その、個人情報なので教え辛いかもしれないんですけど……」


 そうですねぇ、と彼女は微笑んだまま頬に手をあてて言葉を紡ぐ。


「そうですねぇ、確かに貴女は学園の生徒だけど、勝手にお名前やクラスを教えるのは気が引けてしまいます。こちらの学校はとても広いですから、お名前だけお聞きしても誰だか解らないし」


 ────()()()()()()()()()()、私も勝手に教えるのは気が引けてしまいますものねぇ、と微笑んで言われる言葉に、はっと我に返り「すみません」と頭を下げる。


「すみません、そうですよね。急に聞かれても困りますよね」


 そうか、いくら同じ学校の生徒とは言え、クラスメイトでもない人間に自分のことを探し回られていると知れば、不快に感じる人もいるかもしれないのに。その可能性を完全に失念してしまっていた。それでなくても、この学園は広いのだ。手当たり次第に自分のことを尋ねられた末に噂になってしまったりしたら、それこそ申し訳無いし恥ずかしく感じる人もいるだろう。


「そうね、()()()()()()()()()()()()()困ってしまいますね」「……へ?」


 学園中を走り回る事になってしまいますし、とどこか的外れな回答に思わず顔を上げれば、彼女はいつの間にか小さな植物図鑑を取り出して目を落としていた。


「あの、」「はい、どうしました?」


 彼女は植物図鑑から目を離すと、小さく微笑んで首を傾げる。こくりと小さく喉を鳴らしてから、恐る恐る問い掛ける。


「あの、しらいし ゆいさんですか?」「あら~、ごめんなさいね。そう言えば自己紹介もまだでした」


 恐る恐る尋ねれば、彼女は「そうですよ、初めまして」と柔らかく笑った。


「────私に何か御用ですか?」


 彼女が手に持っていた植物図鑑をぱたりと閉じた瞬間。開けられた廊下の窓から噎せ返る様な花の匂いが、ふわりと鼻腔に入り込んだような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ