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君に捧げる花の名は、  作者: ???
エリカ
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二十八輪

 ────ずっと昔、父が大切にしていた一本のビデオを借りて父と紫園と一緒に見たことがある。それは高校時代、近隣の男子校に通学していた父が所属していた映画制作部で、たった一本だけ作り上げた自主製作映画だった。素人目に見たっておよそ完成度が高いものとは言えなかったし、撮影機材も録音機器も安いものを使っていたからかノイズが多くて肝心の台詞が聞き取れない箇所なんかいくつもあった。

 それは一つの映画の中で、主役が異なるオムニバス形式の映画だった。合間に挟まれた手書きの名前は、学年とクラス、名前が書かれていて。それはやっぱり、ボクの知らない人たちだった。

 その中の作品で、最後に映し出された、たった一つの作品があった。三年間、高校で同じクラスの同級生に片思いをしたまま、何も告げずに卒業してしまう物語。平坦で、大きなヤマもオチも無くて────だけど、主人公が想い人に向ける目は、どこまでも真っ直ぐで、綺麗だった。

 紫園は、食い入るようにその物語を見つめていて。エンドロールが流れ終わると、父が立ち上がってビデオを取り出す。

 酷い出来だっただろ、と父は苦笑して。けれど言葉とは裏腹に、その長い指でやけに優しくビデオを撫でた。

 ボクは「そんなことないよ」と父に返して。同意を求めるように隣に座った紫園を見て、酷く驚いた。

 紫園は、その澄んだ瞳から、ぼろぼろと涙を流していた。それからやがて子供のようにしゃくりあげて、ボクの肩に顔を埋めるようにして泣いた。

 父もボクも、その様子に酷く驚いてしまって。父に至っては、慌ててティッシュを引き抜こうとして思い切りティッシュを引きちぎってしまっていた。

 紫園は泣き止んでから、「すみません」と父に謝って。父も何かを察したように優しく微笑んでから、「ありがとう」と紫園に言った。

 大人になってから兄に聞いた話では、あの最後の映画の主人公は学生時代の父だったそうだ。兄はそう言ってから、「俺はあの話が一番好きだよ」とやけに真剣な顔で言っていた。



「へぇ、三組はお茶会してるのか。紅茶部だけかと思ってた」「……ふふ、たまに、ですけど。美滝さんが中心になって、お仕事が忙しくないときとかに、放課後集まって」


 白石さんがよくお菓子を作ってきてくださるし、と、川蝉さんはほんの少しだけ目元を和ませて。それに「へぇ、良いな」と返せば、「塩瀬さんも、いらっしゃいますか」と微笑んだ。


「ボク?はは、嬉しいけど他クラスのボクがいても邪魔じゃない?」「そんなこと、は。白石さんも、よく気にかけていましたから」


 そう言って微かに微笑む川蝉さんに、「そっか」と返して。「じゃあ今度、お邪魔させて貰おうかな」と言えば、「…ぜひ」と川蝉さんも微笑んだ。


「塩瀬さんのクラスでは、普段どのようなことをするんですか?」「二組?特に何かすることもないかな、自由なクラスだから────ああでも、たまに御神本(みかもと)さんと紅茶の話をするよ。紅茶の当たり年の話とか、ハーブティーの話とか」


 世間話程度だけどねと続ければ、川蝉さんもひっそりと微笑んで。「……紅茶、好きなんですか」と続けられた言葉に、「うん」と返す。


「ボクも御神本さんと話すまで紅茶の当たり年とかは知らなかったんだけどね」


 世の中って意外と自分で調べただけでは解らないこともあるねと言えば、川蝉さんはくすくすと笑っていた。


「────いい、ですよね」「うん?」


 ぽつりと川蝉さんが呟いて。ボクはそれに聞き返せば、川蝉さんは少し視線を下げてから密やかに笑った。


「学校の勉強だけじゃなくて、誰かと話して、知識が広がる、の。本とか、図鑑を捲ってるだけでは解らないことも沢山ある、ので」


 最近、そう思いますと川蝉さんは微笑んで。ボクもそれに対して、「そっか」とだけ返した。


「……川蝉さんは、花が好きなんだよね」「……は、はい。あの、本当に趣味、ですけど」


 川蝉さんはそう言って微かに目を伏せて。「昔から花言葉とか調べるの、好きなので」と言って、密やかに笑った。

 そうなんだ、と返しながら、ふと『Fiaba』が言っていた言葉を思い出して。何となく、彼女に尋ねてみた。


「────あの、さ」「……は、はい」


 ほんの少し言いにくそうに言ったボクの言葉に驚いたのか、彼女は一瞬だけ身を固くして。そうしてから、「どうしましたか」と小首を傾げる。彼女のその動作に比例して、焦げ茶色の緩く編まれた三つ編みが揺れて。その様子を見ながら、そう言えば最近はあまり髪の長い人を怖いと感じなくなったななんて他人事のように考えた。

 髪の長かった人を怖いと感じなくなったという事は、紫園を無意識に思い出さなくなってきたことと同義で。けれど、彼女を忘れてしまうことは、彼女を傷つけたことを忘れることと同義なんじゃないかなんて考えてしまう。

 微かに怯えたような目をしながら、それでもこちらを真っ直ぐに見つめる川蝉さんから、無意識に目を逸らすように俯いて。乾いた口腔から、ゆっくりと吐き出すように言葉を押し出した。



「────シオンの花の花言葉って、知ってる?」



 単なる世間話のつもりで言ったのに、吐き出された声は酷く震えていて。それがどうしてなのか、自分でも解らない。

 例えば、あのアカウントが()()だったとして。ボクのしていることは、その責任の端を目の前の何も知らない彼女に押し付けているだけに過ぎないか、なんて。そんな今更の事実に気が付いて、急に怖くなってしまったんだろうか。

 川蝉さんは、一瞬だけ戸惑ったようにボクを見て。「シオン、ですか?」と呟いて。ほんの少し考えるように俯いた。


「あの、ごめん。やっぱり────」


 先程の言葉を訂正しようと口を開けば、川蝉さんはぱっと顔を上げて。それから、「多分、ですが」と前置きしてから言葉を続けた。


「────え」


 川蝉さんの澄んだ声が告げた言葉に思わずそう呟けば、川蝉さんは少し困ったように微笑んで「────シオンの、花言葉です」と続けた。


「花言葉にも諸説あるので、一概にこれとは言えないのですが────塩瀬さん?」


 彼女がためらいちにボクの名前を呼んで。それに「え?」と返せば、彼女は「大丈夫、ですか」と心配そうに尋ねて。それにきごちなく「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」と返せば、川蝉さんは少しだけ困ったような表情をして。そうしてから微かに頷いた。



「────じゃあ、また、明日」「ああ、またね。気を付けて。一緒に帰ってくれてありがと」


 微かに笑って川蝉さんに手を振れば、彼女も微笑んでこちらに手を振って。ボクは彼女の姿が見えなくなると、ほっと息を吐いてから駅に向かって歩く。

 何かに急き立てられるように、酷く帰宅を急いでいた。特に何か用事があった訳じゃ無いのに、「早く帰らないと」と言う気持ちが酷く強くて。得体の知れない何かから逃れるように改札をくぐって、タイミング良くホームに滑り込んできた電車に乗り込む。

 最寄りの駅までの到着時間を確認しようと乗り換えアプリを立ち上げて確認すれば、普段よりも少しは早い時間に帰宅できそうで。ほっと息を吐いてから、携帯の電源を落としてスリープモードに移行する。

 何故だか酷く落ち着かなかった。嫌な予感がして、急き立てられるような気持ちを圧し殺すように腕をぎゅっと握る。


 ────多分、ですが


 そう言って薄い唇から紡がれた言葉は、浮かれていたボクを引き戻すには十分すぎるほどで。「Fiaba」に報告しようかと再び電源をつけて少しだけ迷ってから、やっぱり報告する気にもなれなくて、家族に帰宅時間を告げてから、そっと電源を落としてスリープモードに移行した。

 電車が柔く確かな振動を車内に伝えている。各駅停車だからか、いつもよりも駅に着く時刻はほんの少し遅くて。無意味な時間があればあるほど人はどんどん良くないことを考えてしまうと言っていたのは誰だったかななんてぼんやりと考えていた。

 やがて電車が滑るように普段使っている駅のホームに停車する。落ちて上がって、落ちて下がる軽快な機械音がホームに鳴り響いていた。

 ボクは慌てて座席から腰を浮かすと、右手にICカードを持って電車から出る。プシュ、と微かに気の抜けるような音を立てて電車のドアが閉まって、やがてゆっくりと動き出してゆく。

 携帯電話が低く唸り声を上げた。メッセージを確認すると、それは兄からで。「わかった」と言う簡素な文面だけが書かれていた。

 ボクは改札にICカードで触れる。ピッと言う簡素な機械音がした。少しだけ突き放すようなその音に、ほっと息を吐いて肩に鞄を掛け直す。

 もうすぐ中間試験なのだからこんな風に不安定な気持ちを持ってはいけないのに。所詮は世間話の一端なのだから、そんなに気にすることもないはずなのに。それなのに、()()の姿が頭から離れなくなってしまうのは、一体どうしてなんだろう。


 ────アキ


 彼女の声が聞こえたような気がして、それでもすぐにそんなことはないかと考えなおす。緩く頭を振って、改札を抜けると、自動販売機の横を通って、いつも使う方面の出口から帰宅しようと思った────時だった。


「塩瀬じゃないか。よく会うね?」「────え」


 不意に後ろから、人を食ったような声が聞こえた。少し前から、やたらと聞くようになった声。お互いにそろそろ中間試験前だから、会わないかと思っていたのに。

 思わず振り返ると、その人物はやけに人好きのする笑顔を浮かべてボクの方へ近づいて来て。ボクとほとんど同じ背格好と兄に似た顔が、ボクと向かい合う。

 同年代の男子生徒にしては華奢な体躯が、彼がこちらに近づいてくる動作に比例して微かに揺れた。市内の進学校の、胸に金糸で縫われた校章が夕日を受けて微かに煌めいて。ボクは何故だか、その場に縫い留められたように動けないでいた。


「やぁ、塩瀬。こんばんは」「────え、あ、お、乙木、君」


 目の前の人物の名前を呼べば、目の前の少年────乙木 晶は、「そんなに怖がらないでよ」なんて苦笑して。「偶然だねぇ」と、やはり腹の中が見えない笑みを浮かべていた。

今回お名前だけ登場したゲストキャラ

御神本美香様/藤田大腸様考案

[ウソから始まる本当の恋物語]※星花女子プロジェクト第9期参加作品。2020年6月現在、連載中

https://ncode.syosetu.com/n9845gf/


美滝百合葉様/百合宮伯爵様考案

[∞ガールズ!!]※星花女子プロジェクト第7期参加作品。2019年12月22日完結

https://ncode.syosetu.com/n4195fs/

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