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君に捧げる花の名は、  作者: ???
ワスレナグサ
10/50

十輪

 ────ずっと昔、「彼女」の家の二階のベランダで夜に天体観測をしていたことがある。当時は真冬で、ボクはあまり着るものに頓着しない性格だったから、薄い冬のパジャマ一枚で彼女の家に行って。同じくパジャマでボクを出迎えた「彼女」が、冷えたボクの身体に触れてからひどく怒って。彼女の年の離れた、当時大学生で一人暮らしをしていた彼女の姉が置いて行ったダウンジャケットを二人で被って、同じく彼女が引きずってきた厚手の毛布を膝に掛けてから、冷たい床に座り込んで飽きるまで星空を眺めていた。

 ────嗚呼、あれはまだボクが「彼女」を好きだと自覚する前で。それでも、ボク達は互いに互いがいなければ上手く呼吸も出来ないような状態だったから、常に寄り添って生活していくのは、自然なことだった。


 ────ね、アキ。


 震える身体を温めるようにして互いに寄り添いながら、苦しくても辛くても生きていかなければいけないのはどうしてなんて「彼女」が言ったから。それに対して、「どうしてだろう」なんて言って考え込んでしまって。小さく唸るボクを横目でちらりと見てから、「彼女」は悪戯っぽく笑って甘い光をその瞳に煌めかせた。



 ────ね、晶はあたしと晶自身の未来と、もしもどちらかを天秤にかけなければいけなくなったらどっちを取る?



 唐突に紡がれたその言葉に、うまく反応が出来ずにこくりと息を呑み込むと、「それは、」と絡んでゆく言葉を一つ一つ紡いでゆく。


 ────それは、君はいつかボクの傍から居なくなってしまうってこと?


 動揺する心を何とか宥めるようと、震える声で「彼女」に問い掛ける。すると、「彼女」は即座に「違うよ」と言って笑って。そうしてから、ボクの首筋に顔をうずめるようにして、くぐもった声で言葉を紡いだ。


 ────違う。違うよ、アキ。あたしがアキを捨てるなんてあり得ない。あたしがアキの傍から居なくなるんじゃなくて────



 ────あたしは、いつかアキがあたしの傍から居なくなるんじゃないかって、それが不安で仕方がないの



 思わず、そんなことは絶対にあり得ないなんて勢いよく返して。それでも「彼女」は、今一つ信じられないような表情で頷いた。その表情に、どうしたら信じてくれるのかと幼いなりに頭をぐるぐると悩ませて。それでも解らなかったから、「どうしたら信じてくれる?」なんて尋ねれば彼女は少しだけ悪戯っぽく微笑んでから、「じゃあ、」と呟く。



 ────じゃあ────…………キス、して?



 思わず面食らって、「ぶっ」と噴き出したボクを見て「うわ、もうきったないなぁ」なんて彼女は顔を顰めて。「馬鹿じゃないの」と言えば、「馬鹿じゃないよ」と返される。


 ────馬鹿じゃないよ、アキ。好きだから触れたいって思うのは、別に普通のことでしょ?好きだから傍にいて欲しいとか、好きだからキスして欲しいとか────そこに、性別は関係ないでしょ?


「ねぇ、アキ」と珍しく食い下がる「彼女」の様子を不思議に思って「何かあったの」と尋ねれば、彼女は一瞬面食らったような顔をしてから、「何も?」とだけ返して。そうしてから、再びぼんやりと星を見つめる姿を見て、小さく溜め息を吐いてからカラカラと窓を開ける。

 その様子を見て、「帰っちゃうの?」と言う声に「この時間に帰ってたらボクが補導される」と返して。最早自分の部屋と同じくらいに入り浸っていたせいか、すっかり配置を覚えてしまった彼女のベットの壁際の方にごろりと寝転んで。「七時には起きて帰るから」と彼女のほうを見ずに言えば、彼女は「うん」とどこか泣き出しそうな声で頷いてから、反対向きの方からごそごそとベットに入る気配がした。「蹴らないでね」と言えば「善処はするわ」と彼女が答えて。習慣のように手を繋いでから、互いにゆっくりと眠りに落ちてゆく。



 ────居なくなんて、なれるわけがないだろ



 心の中でそう呟いてから、背中に温かな体温を感じて。少ししてから規則正しい寝息が聞こえてきたことに安心して、ほっと息を吐いた。

 互いが互いに寄り添い、傍に居なければ息も出来ない関係は、誰にだってあるのだろう。けれど、行き過ぎたこの関係の名前は友愛でも親愛でもなくて────



 ────ただの()()に、過ぎなかった。



 授業終了の合図がクラスの中に流れる。星花は基本的に授業を真面目に聴く勉強熱心な生徒が多いけれど、それでもその合図を聞くと、緊張していた教室がふっと弛緩してゆく様子を感じていた。

 気づけば、四月はもう残すところあと一週間程だった。適度に慣れてきたのか、少しだけ探り合いのように築いてきた友人関係はいつしかただそこに居ることが当たり前の友人関係へと変わっていった。


 ────あと一時間か


 五十分の授業時間は、中学生の頃と比べると五分程度しか違わないものの、最初のうちは慣れるまでは一苦労で。けれど、慣れ始めてきた今となっては全て当たり前の日常になりつつあった。

 五分の休み時間の間にくるりと首を回すと、首はぽきりと微かな音を立てて、じわりと首もとが熱を持った。来週までの宿題として出題された発展問題をラインマーカーできゅっと囲んでから、規則正しく丸がついたノートを眺めて息を吐いた。



「────わ、晶ちゃん全問正解?」



 突然聴こえてきた声にびくりと肩を跳ね上げると、目の前の彼女────莉菜ちゃんは驚いたように手元のノートを見つめていた。「すごいなぁ」と呟く言葉に、「そんなことないよ」と返して。少しだけ気まずい思いを食んだまま、手元のノートをそっと閉じた。


「ううん。私、数学とか苦手だから、晶ちゃんすごいよ」「────…………はは、ありがとう」


「彼女」以外の人に褒められることには慣れていないから。褒められれば、どうしたら良いのか解らなくなってしまってその場にそぐう内容を何とはなしに探し当てて返した。



「────ボク、もともと数学が好きなんだ。……その、だから身が入るって言うこともあるのかもしれないな」



 少しだけ気まずい思いを食んだまま手元のノートをそっと閉じてそう言えば、彼女は「そうなの?」と言って少しだけくすりと微笑んだ。


「────でも、晶ちゃん頭良いよね?授業の時の受け答えとか質問をちゃんと理解してるし、説明も解りやすいし」


 すごいよ、と言う声に再び「そんなことないよ」と返して。「本当に、そんなことない」なんて無意識に呟いてしまった言葉に、はっと意識を戻した。


「────っと、ごめん。あまり気分の良い言い方じゃなかったね」「ううん、そんなことないよ?」


 そんなに気にしないでと返された言葉に、ありがとうと返して。互いに見つめあったまま、妙な間が空いて。



「あの、もし良ければ────」



 きゅっと掌を強く握ってから、小さく深呼吸をする。そうしてから、少しずつ言葉を吐き出してゆく。



「あの、もし良ければ、試験前に────」



 言いかけた言葉を遮るようにして、授業時間五分前を告げる。自分自身のタイミングの悪さに内心うんざりした気持ちで溜め息を吐いて、「ごめん、時間をとらせてしまって」と言えば、「ううん」と言って再び彼女は前を向いた。顎のラインで切り揃えられた髪が微かに揺れる。

 嗚呼、やっぱり「彼女」とは違うだなんて。無意識的にその面影を他人のなかに感じ取る自分自身に嫌気が差した。


 ────本当に、そんなことない


 嗚呼、どうして()()()()()を言ってしまったんだろうなんて心の中で小さく呟いて。失敗したなぁと、もう一人の自分が嘲笑しているような気がした。


 ────晶ちゃんの()()()()()()って言うのは友人として?それとも恋人として?それとも────



 ────それとも────()()()()()()()なの?



 あの言葉に対して、その時は「解らない」なんて返したけれど。あの時に、心の何処かで小さく言葉が生まれていたのも事実で。だけど、確証のない言葉を伝えることに躊躇って、結局のところ「解らない」と言う言葉を選択するほか無かったのだ。

 授業開始の挨拶を済ませてから、カリカリと言うシャープペンシルの音に意識をずらす。これが終われば、今日は写真部へ行って、顔合わせをして、そして、そして、そして────



 ────そして?そしてまた、「彼女」の時みたいに他人のことを傷つけるのか?



 ぼきりとシャープペンシルの芯が折れて。やけに耳につくその大きな音に、はっと意識を戻した。


 ────違う


 心の中でそう返して、カチカチとシャープペンシルのノック部分を二回ほど押してから、再び設問へと意識を戻して問題を解いてゆく。



 ────問五、この主人公が他者を遠ざけた理由を十五文字で抜き出して答えよ



 追い詰められるようなその問いに小さく息を吐いて、教科書の中から適当な言葉を探し当てて埋めてゆく。


 ────でもきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、彼女が呟いたような気がした。

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