穀潰し、改め地鳴らしスルヒ
今日もまた大男が地べたに座り込み、ただ何をするでもなく黄金の如くみのる小麦を見つめている。雨が穂を垂らせども、風が穂を大きく揺せども。男はただじっと小麦を見ている。
大男、スルヒは人間でありながら、巨人と間違えられるほどの巨漢だった。スルヒはいつだったか、ふらりと現れては見渡す限り畑しかないこの田舎村に居ついた。特に何をしろと言ったでもないのだが、その巨躯とそれに負けぬほど大きな棍棒を持つスルヒを前にただの農夫たちが恐れるのも無理はなかった。小麦を前に像のように動かないスルヒの前に幾人かがパンを置いていく。次の日になれば確かにパンはなくなるのだが、雨が振ろうとも風が吹こうとも微動だにしないその様と、スルヒが来て以来不作がないので、なんだかんだと人の良い農民たちは願掛けの意味も込めて欠かさずパンを置いていくようになった。
それは起こったのはスルヒが村に来て幾年かたった頃だった。よく晴れた昼の秋のことで、すっかり村に馴染んだスルヒは農夫の男にパンと挨拶を貰う。村の子供達は最近スルヒを木登りのように登るのが気に入りで、その日も変わらず座り込んで動かないスルヒを五人の子供が取り囲んでいた。
甲高い狼の声が響きわたる。それはヒィルスキャックという山の麓の民にとって絶望の代名詞だ。この山には住み着いた山賊がおり、そいつらは狼を手懐けている。昼に狼の声を聞いたら一目散に隠れろというのが村の常識だった。
子供たちと農民はただちに逃げ出した。この山賊の厄介なところは狼の鼻と耳が使えることで、皆それをわかっているから無駄に遠くには行かず、家に飛び込み賊が来ないことを強く祈った。しかし、いくら待てども悲鳴のひとつも聞こえない。あやしく思った農民たちが外を覗くと、そこにいたのは賊と狼。そして威風堂々立ち塞がるスルヒだった。
スルヒは立ち上がるとまず、大きく吠えて見せた。立ったスルヒは農民のぼろ小屋などよりもよほど高く、その巨躯から放たれる咆哮もまた凄まじい。小麦はざざあと吹きあられ、ぼろ小屋はぎぎいときしみをあげる。これにはたまらず狼も鳴くことも叶わず賊どもを置いて一目散に逃げていく。賊も多くは腰を抜かし、かろうじて立ってはいても震えは隠し様もない。
スルヒは次に、大棍棒でもって地を叩いてみせた。どう、と大きな音を立てる。すると起きたのは地が割れんばかりの大揺れだ。縦に横にと大きく揺れて、それは地を叩くごとに起こる。収まる頃には賊はすべて気を失っていた。そして不思議なことにそれだけの揺れが起きてなお、あたりの麦はもちろん建物も無事だった。
ある山近くのある村は、随分昔から良い小麦の名産地として知られている。小麦の不作のないその村には、なぜだか大きな大きな男の像が畑前に一つある。言い伝えによれば山が使わした守護者だの山の化身だのと色々ある。しかし確かなことがただ一つ。お供えのパンは次の日にはなぜだかなくなっている。