要塞元帥バルカン
あれからまた十日が経った。その十日の間ファルドは今までにないほど体が燻るのを感じていた。ファルドにとって生きることとは即ち戦うことだった。そこに特別な感情はなく、ただ生きるか死ぬかだけだった。しかし前の戦いでそれは明確に変わった。戦いとは、生きることとは。ファルドの心にその問いだけが巡る。
「熊亀、陸鮫、青巨人殺しの功をあげた者。バルカン」
わっと今までで一番の歓声を二人を包んだ。バルカンは静かに佇む。鈍色に輝く全身鎧に身を包み、ハルバードを構えている。重々しいその重装は顔も見えないが、油断ない心構えは見てとれた。
「屍鬼殺しの功をあげ、国王陛下よりその大任を授かった将を殺した罪を犯した者。ファルド」
また二人を歓声が包む。ファルドもまた油断なく構える。己の心の内から湧き出るものを悟られぬように。
銅鑼の音が鳴ると、バルカンは猛然とファルドに向かった。その動きは見た目に反して極めて機敏で、地を揺らしながらみるみるうちにファルドに迫る。転がるように避けたファルドの間近をハルバードが轟音鳴らして通って行った。立ち上がるとすぐさま突きが迫る。それは避けること叶わず脇腹を掠めた。間をおかず次々攻撃が迫る。突き、なぎ、切る。ファルドはそれをはじめは食らったが徐々に避けれるようになる。掠めていたものを間一髪に、間一髪だったものを余裕を持って避ける。やがて止む嵐を待つようにファルドはただ避けた。
やがてそれは止んだ。気付けばバルカンは肩で息をしている。しかしそれでなお武器を杖のようにして立ち、煩わしいとばかりに兜を脱ぎ捨てた。深い皺に白髪の目立つ老人の顔が現れる。ファルドはゆっくりと老人が息を整えるのを待った。何故そうしたのかは自分にもわからない。しかしそれでもファルドは待った。
「感謝する」
バルカンは再び武器を構えてそう言った。そうしてこれが最大の返礼だとばかりにファルドは大剣を振るう。右と左、上と下を同時に迫る大剣をバルカンは巧みに捌いていく。ただの一歩も動かずハルバードを回して二つ大剣を受ける。何度も、何度も受ける。その技の冴えにファルドの心はただ震えた。今まで巧妙に隠していたはずのものが溢れ出す。それは興奮だ。鬼さえも恐れたファルドに負けないものがいる。それだけでいつにも増して振るう大剣に力が込もった。
やがて、バルカンの勢いが衰えた。終わりを見せない嵐を前に老人は遂に耐えきれなかった。受けに冴えが消え、ハルバードの長さは既に半分にまでなっている。鎧も分厚く堅牢だったが既に無数の亀裂が走っている。しかし老人は顔中を汗で濡らしながらも穏やかな顔だった。
「見事」
不意をついた突きはバルカンの胸を貫いた。短く、讃えるようにそう言ってバルカンは事切れる。
ざあと湧くような歓声も耳に入らずファルドは浸った。まさしく戦い、これぞ生きるということ。ファルドははじめて生きた心地を味わった。




