弱毒フルティカ
十日ほど経ち、また戦いははじまった。逃げ場のない戦いの場で二人は相対する。相手は女だった。長身で褐色の肌をした女だ。美しい長弓を携えている。
「怪鳥殺しの功をあげ、人を騙った罪を犯した者。フルティカ」
戦いの場を強い罵倒罵声が包む。ファルドは女をよく見ると片耳がなかった。残った片耳も鋭く尖っている。これは異種族の一種だ。ファルドはこの国が強い異種族排斥を行っていると聞いたことがあった。女はただ強く長弓を握り締めている。
「屍鬼殺しの功をあげ、国王陛下よりその大任を授かった将を殺した罪を犯した者。ファルド」
場を一層大きな声が包んだ。まるで悪を討つ英雄を迎えんばかりだ。ただファルドを讃える声と、女を殺せという声がする。前回とは真逆だ。誰もが女の死を望み、疑わなかった。
銅鑼が鳴る音に紛れるように空を切る音がした。ファルドは間一髪半身になって避けたが、僅かに矢が胸を掠める。間をおかずニの矢、三の矢が飛来した。時に早く、時に緩く。真っ直ぐに、あるいは曲げてファルドに迫る。その悉くを躱してみせたが僅かに傷を負わせた。死に至るほどではない。しかし時が経つほどに傷は増えた。脇を、腹を、顔を。全ての矢が僅かな傷を作った。その長弓から放たれる矢の威力はすさまじく、避けた矢は地を抉る。安易に大剣で受けることもままならない。
やがて矢は止んだ。あるいは矢が尽きたかとファルドは一気果敢に攻め寄った。女は既に長弓を捨てて素手で構えをとっている。すぐに剣の間合いに到達し、二つ剣が舞う。観衆どもは堪らず声をあげた。
どう、と倒れ伏したのはファルドだった。女を前にして上手く動かない体を冷静に分析した。毒だ。殺すほどではないが徐々に体の動きを奪う毒。考えれば不意を打った最初の一撃を食らった後も全て避けきれないのは常のファルドではあり得ないことだ。ファルドは今ここに至ってはじめて戦う相手に尊敬の念を抱いた。恐らく相手は毒に気付かせないようわざと体を掠めるよう射続けたのだ。あるいは動きの鈍ったファルドの腹を貫いていれば毒に気付かれ弱る前に距離を詰められただろう。ファルドはただその技量を尊敬した。
フルティカは微笑みを浮かべてファルドの前まで来た。手にはどこから出したのか短弓を持っている。座り込むファルドの手から大剣を奪って言った。こうして敵の武器で殺すのが最高に好きなの、と。
ファルドは大剣を振り上げる女に足払いを掛けた。女には知りようもないことだが、ファルドは少しだけ毒を知っていた。育ての親どもを殺す時に使ったからだ。毒は食べ物に混ぜるのでファルドも食べる可能性があった。それで鈍らないよう訓練をしたのだ。その関係である程度耐性があり、また動きが鈍るなら鈍るなりの動きも知っていた。ファルドは転んだ女の膝を踏み抜き砕く。
フルティカは大剣を振り上げたファルドを見て殊更に怯えた。そして潤んだ目で只管に媚びた。あなた強いのね、わたしあなたの力になる、異種族は嫌いなの。その一切を無視して首を切る。観衆どもから声があがる。ファルドははじめて落胆した。




