貧乏揺すりのジャスル
小汚いなりの男、ジャスルは森の川に飛び込んだ。服も体も悉くの汚れを洗い流す。ジャスルは森近くの街で悪さをする悪党だったが、今日遂にあわや捕まる寸前までいったのだ。金を持ち出す暇もなく、ジャスルは何とか森まで逃げ出した。
服を脱ぎ、火を起こす。ジャスルは燃え盛る火を見るごとに沸々と感情が湧き上がるのを感じる。ジャスルのこれまでやってきた悪事も隠れ家もばれた心当たりは一つしかない。大物相手に悪さはしないし子分もいない。となると金を積んで買収した役人だ。この恨みを忘れるものかと、ジャスルは火にまた枝をくべた。
ジャスルはあの役人をどうしてやろうか、と考えていると異変を感じる。誰もいないはずの川に一人老人がいたのだ。その老人は川近くの倒木に腰掛け釣りのようなことをしていた。ジャスルが釣りだと確信出来なかったのは釣竿に糸も何も付いていなかったからだ。老人はただ木に腰掛け、立派な白髭を少しも揺らすことなくじっと糸のない釣竿を垂らしている。ジャスルは着ぐるみでも剥いでやろうかと思い、やめた。糸のない竿を使うようなやつが金など持っているようには思えなかったからだ。ただ少し興味を持ったので近寄り声をかけることにした。
ジャスルはまずおい、と声をかけた。すると老人は変わらず身動き一つせずどうも、とだけ答えた。そんな態度がどうしようもなくジャスルを苛立たせ、老人を馬鹿にするように言った。
「何故お前は糸もない竿を使うのか。立派な糸がお前の顔にあるだろうに」
やはり老人は動きもせず答えた。
「糸がなくとも釣れるものはある。いや、糸がないからこそ釣れるものがあるのだ」
老人はそう言い終わるとやっと動き出した。竿を脇に置くと、ジャスルの顔をじっと見る。そしてジャスルが我慢ならず声をかけるよりも早く言った。
「悪は罪に非ず。罪は罪なり。汝の才未だ開花に至らず。精進すべし」
老人がそう言い終わると途端眩い光がジャスルを包んだ。光はジャスルの目をくらませて、目が見えるようになった頃にはもう老人はいなかった。残っていたのは糸のない竿と不思議な紋様の刻まれた青く輝くレリーフだった。




