鉄割ガラフ
ガラフは両陣並び立つ平原に来た。徴兵された者共を率いる上官から鉄の剣のみ渡される。ガラフは念のためにと持ってきた金を使って鎧と盾をくれと願い出た。すると金を奪い取られることもなくあっさりと上官は取引に応じた。分厚い革の鎧と鉄の剣に丸盾。加えてとびきり危険な最前線のおまけもついた。
襲い来る歩兵を盾で弾き、剣で突き殺す。攻め寄せる馬の足を屈みざまに切り落とし、落馬した虫の息の騎士を突き殺す。ガラフは戦場の真中の最前線、どう考えても新兵の出る幕ではない場所で戦っていた。
武具を売った上官はそんなに武功をあげたいのならと勘違いをしてこの戦場に送り出した。ガラフは安全を買うはずが危険を買ってしまったのだ。自棄になったガラフは思うままに戦った。敵を倒し前に、敵を殺しまた前に。所詮は農民の悪足掻きだと思いながらも、しかしガラフはどこまでも前に進んだ。
貰った盾も武器もとうに壊れて、何度も落ちている物を拾った。どの武器もガラフは使ったことなどない。当然技の一つも知らないので、自然行うのはいつもと同じことだった。穂を鎌で刈るように横なぎに振る。畑を耕すように縦一文字に振る。それだけで切れないものはなかった。剣に、槍に、斧に持ち替えて殺す。敵は横か縦に割れて死んでいった。
それは遂に敵陣深くまで切り込んだときのことだった。すでに前を塞ぐ敵の悉くを殺し、泥と血にまみれたガラフは指揮官がなんと言おうとも恐怖から距離をおかれるようになった。後ろに続く味方の精鋭どもも畏怖からか横につくことはなく、間合いの三倍程には誰もいない。ガラフは息を整え新たに斧を拾ってなおも前に進んだ。既に自棄になどなっていなかった。あるのは懐かしき感覚。ただ耕すことが楽しかった、あの頃の感覚だった。
ガラフがこちらから殺しに行こうかと考えていると、遂に前を塞ぐ者どもが現れた。一歩進むごとに、地が揺れる。鉄の全身鎧を着込んだ歩兵の群れ。重装歩兵だった。しかしそれを前にしてなおガラフは進んだ。進み、敵が槍を突くよりも早く潜り込んで頭目掛けて斧を振り下ろす。ぐわりと聞き慣れた武器の壊れる音がする。敵は衝撃からか倒れたが、斧は壊れても兜は無事だった。痺れる手を抑え、槍の包囲網から一足に逃げる。幸い敵は足が遅く、じりじりと槍を構えて攻め寄っていた。ガラフは再び剣を拾って潜り込んだ。盾のない右の腹目掛けて横なぎにする。しかしやはり剣は壊れた。敵は腹を抱えてのたうちまわっているが死んではいない。
成る程難敵だ、とガラフは思う。それと同時に畑と同じだなとわずかに笑った。畑を耕す時も硬いやつがいた。しかしその悉くを割ってきたのだ。やれないはずがないと己を奮い立て、再び剣を広って潜り込んだ。
今度は切る前に盾を置いてきた。ガラフはいつも両手で振りかぶって畑を耕していた。それと同じようにするためだ。振り上げた剣を力いっぱい振り下ろす。兜目掛けるのではなく、その下の大地を耕すように。かん、と高い音が響く。剣は遂に兜を、鎧を切り裂いた。
そうして次々切り殺し、最後に輿に乗って逃げる男を殺した。ガラフはまだ殺す気だったが、後ろにいた味方が吠えるのを聞いて戦争が終わったのだと気づいた。そう、終わったのだ。あの時と同じように。




