天より道をいく
咆哮がおさまり、三人の竜のうちの一人がノルドの目前まで寄ってきた。口にはソーディルの角を加えている。ゆるりとノルドの前まで来ると角を地に落としてみせた。落ちた角にノルドが視線を向けると、それは起こった。角の内からまるで卵の殻を雛が割るように音が響く。一つ二つと殻が剥がれ落ち、やがて残ったのは真白の長槍だった。槍の長さのあまり短い穂は鮮血のように紅く輝いている。ノルドは手にとって二度三度と振るう。一通り武器の鍛錬を行ってきたとはいえ、ノルドの得意とするのは剣だった。あるいはそれは同じく剣を得意とする父の影響だったのかもしれない。そう思うほどに槍は手に馴染んだ。
ノルドは槍を手に竜たちに深々頭を下げた。これが試練の褒美だと考えたからだ。竜の槍で敵の軍勢をどうにか出来るかは分からない。しかしここまでこれたのもかの街の者の助力あってのものだ。行かねばなるまい、と決意を新たに頭を上げたノルドの目の前にはその大翼を広げ、頭を下げたちいさな竜の姿があった。二人を見つめるソーディルの、ただ大きな咆哮が山に響いた。
少年、アルフェウスは敵どもの早い動きに舌を巻いていた。戦好きの敵国は下手の横好きとはならず、驚くべき早さで進攻した。アルフェウスの想定する倍の数で攻め、倍の早さで攻め立てた。はじめは地の理こそあったが、敵は山を利用した堅牢な砦を築いてみせた。補給を断とうにもどこにどれだけ穴があるかもわからない。万事窮す。この一言に尽きた。臣下も民も、当然アルフェウス自身もだからとて逃げだす気質など持ち合わせていない。幾度もぶつかり、そして分かち合ったソーディルウルムの民の結束は固い。言われずとも若者は兵に志願し、女もそれらをよく支えた。しかし、いよいよもって終わりかと誰もが思うときがきた。敵がソーディルウルムに到着したのだ。守る兵は千余り。攻めるは三千の兵に未だ続く援軍ども。意気揚々と敵兵が鬨を挙げようとしたその時、それは起こった。
はじめは高く、天を貫かんとするような音だった。耳を刺すようなそれを聞いた敵と味方の老兵の幾人かが呟いた。ソーディルだ。ソーディルの試練が始まったのだと。それはソーディルウルムの異種族含む兵を大いに盛り立て、ソーディルを恐れて地の底を掘り進んできた敵兵の士気を大いに挫いてみせた。何故これから攻めようという時にソーディルが吠えたのか、このまま戦いをはじめても良いものか。そうして将が悩んでいるうちに、次なる音が来る。重く低いその音は、大地を揺らしやってきた。轟々と長く響くその音はいつしか幾重にも重なって、兵の身も心も揺らして消えた。残ったのは揺れが消えてなお震える兵と、高らかに叫びたてる兵だった。
ノルド。天に挑むものよ。己の騎士たるを竜に認められしものよ。ソーディルの祝福あれ。
それはすぐにやってきた。雲一つない天を遮る影となる。羽ばたき一つが人を吹き飛ばし、息吹を吹けば凍らぬものはなし。それでも寄るものあればたちまち紅く輝く刃を突き立てる。もはや兵の悉くは背を向けて逃げ出した。それを見た竜の背にのる騎士は、槍を掲げて高らか鬨をあげる。我、竜の秘宝と共にありと。
ある王国を西にゆくと、名高き竜騎士ノルドの第二の故郷ソーディルウルムがある。ソーディルの子と名付けられたその街では、ソーディルに挑むものが後を絶たない。しかし、竜よりいくらかの宝を貰ったものはあろうとも、竜の背に乗ったものは未だノルドをおいていない。




