天を落とす者ノルド
咆哮を受けてなお一歩前に出てみせたノルドを見て、竜はまずは合格だといわんばかりに小さく鳴いた。そして褒美だと言わんばかりに大きく翼を羽ばたかせる。それだけでノルドの体は空を舞う。二転三転してノルドは立ち上がった。間をおかずに襲ったのは凍てつく息吹だ。大きく口を開けたその瞬間、真白の風が吹きあられ、空も大地も等しく凍らせた。
舐められている、というのは分かっていた。しかし想像以上の差にノルドは歯噛みする。翼のないノルドを殺すのなら空を飛び息吹を浴びせてやればそれで終わりだ。竜は合わせているのだ。飛ぶこともできぬお前にはこれで十分だと。そして正しくその通りなのだ。人が竜を倒せるはずがない。ゆえに戯れ程度に行われる竜の試練。生きるだけでも偉業といえる。
凍てついた手製の外套を脱ぎ捨てる。異種族たちの心遣いは幾度となくノルドを守ってみせた。今もまた一度ノルドを守った。ノルドは感謝する間なく、まっすぐ竜に切りかかる。竜が息吹で仕留めた筈の獲物を見定める間に近づき、大上段から竜を切り下げる。ぐわりと鋼の塊でも切ったように剣ははね返され、その隙を見た竜が体当たりを仕掛けてくる。それを剣がはね返される反動を活かして地を転がり竜の足元に避ける。ノルドもまたそうして生まれた隙を突いて仕掛けた。竜の喉元に潜り込み、剣の腹に手を添えて突き上げる。ぎゅる、とはじめて竜は苦し気な声をあげた。自然と頭が下がっていく。続け様にノルドは竜の鼻に踊り立ち、力の限りで深紅の眼に突きを放った。
がり、と嫌な音が響いた。ノルドの突きは確かに竜に傷を負わせることに成功した。しかし狙った左眼を貫くことは叶わなかった。竜は瞼をしっかりと閉じ、剣はつるりと表面を左に滑る。剥ぐようにして眼の横の鱗が飛んだ。その段に至って竜は全力を出す。叫び羽ばたき天を登った。
上へ下へ。右に左にと忙しなく飛び回る。ノルドはどちらが上かも分からぬほどに振り回されながらも、竜の体を這う様に伸びる角をしっかりと掴んで離さない。余裕があれば鱗を削ぎ落とす。鱗は確かに硬いが、魚の鱗のようにして剥がすことはできた。これには然しもの竜も堪らず速度をまた上げる。それでも手を離す様子がないので渾身の一撃を繰り出した。ぐん、と一際高く飛び上がると、頭からゆるりと落ちてゆく。落ちる速度はどんどん速くなり、このまま叩きつけられれば竜といえども無事で済みはしない。ノルドも十中八九死ぬだろう。天を反対に地に落ちて、重く砕ける音が響いた。
ノルドは抱えるように掴まった角と共に転がった。勢いは止まることを知らず、結局山頂の真中にある泉に飛び込むまで止まらなかった。もがき暴れて泉から這う這うの程で出ると竜もまた同じく満身創痍で寄ってくる。どちらもいつ死ぬとも分からぬ様相だったが、じっと互いを睨み合う。ノルドの剣は根本から砕け、すり傷にまみれ打ち身で全身が痛んでいる。竜もまた右の角が根本から無くなって、鱗が所々剥がれ落ちている。
どれだけ二人は睨み合っていただろうか。突然竜が一つ吠えた。はじめの咆哮とは対照的に低く重い咆哮を、山を下り大地の全てに響けとばかりに長く吠えた。いつからだったか、その長い咆哮がいつしか幾つもの音が混じっていることにノルドは気づく。泉の傍の木々の影からそれらは出てきた。竜、ソーディルよりも小さい竜が三人吠えている。天を地に、人が竜を追い詰めたその偉業を讃えるように。




