リメイク 07 怪物の生まれた日
5回に入っても藤大吾は好投を続けていた。未だにノーヒットだ。
八代からすればストレートのスピードを抑える様な投球は好みではないし、馬鹿なんじゃないかと思う反面、こうして現実に抑えている以上認めざるを得ない。
(確かに、厄介な投球だよ。ここまでストレートとジャイロの見分けがつかないんだからな)
何十球と受けている八代ですらそう思うのだ。
打者達が翻弄されるのも無理はない。
とはいえ打者達も無策という訳じゃない。タイミングを計ったり、球種やコースを絞ったりと色々仕掛けてきている。
(というか、注目されて的になったな)
大吾は現時点で一番期待されている選手だ。それはテスト生にも一目瞭然だろう。
未だノーヒットだし、Bチームの投手はころころ変わっているのに大吾は始めからずっと投げ続けている。
そして打者連中にとって、そんな期待されている大吾を打ち崩すことがもっとも強烈なアピールになる。
それこそ目の色を変えて大吾のピッチングを研究している。
(遠からず撃たれるだろうな)
八代はそう判断したが、少なくともそれはこの回ではなかった。
6番打者への4球目のストレートはバットに当たり高く上がったが、それは高いセンターフライに終わった。チェンジだ。
(とりあえず、この回は凌いだか・・・ん?)
凡退に終わった6番打者が大吾に話しかけている。
あまり例のないことだ。
二人は二言、三言、言葉をかわすと別れた。
ベンチに戻ってきた大吾は不可思議な顔をしていた。
「どうした? 何かいちゃもんでもつけられたのか?」
「いえ、野球は俺に任せて自分はポテトチップの道を歩くとか言われました」
「ああ? ポテトチップ? なんだそりゃ?」
「さあ? ・・・お菓子屋さんに就職するって事でしょうか?」
「いや、俺に聞かれてもな」
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海尾渡は入団テストにBチームの6番打者として出場していた。
渡は現在22才、現在南アフリカのとある国に留学中なのだがこのプロテストの為に一時帰国で日本に帰ってきた。
実のところ渡にはどうしても野球選手になりたいという欲求はない。
というより高校の頃、スカウトの目に止まりプロ野球の世界に誘われたのだ。
だが野球で身をたてるつもりはなく、スカウトの話を断り南アフリカの大学に進学した。
海外で働くことに興味があったのだ。
そして大学で出会った仲間達と週末に遊ぶようになり、そこでホテトチッパというスポーツに渡は出会った。
ホテトチッパと言われてもピンとくる日本人は皆無だろう。
アフリカのごく一部で流行っているが、あくまでごく一部の話で歴史も浅い。いわゆるどマイナースポーツだ。
だが、渡はホテトチッパにハマった。めちゃくちゃハマった。そして、才能もあった。
身長191センチの恵まれた体格と野球で培われた繊細な技術が驚異のパフォーマンスを生み出した。
いくらもしない内に渡の存在は噂になり、そしてプロのホテトチッパクラブの監督が渡を見に来た。
彼は渡のプレーを見て泣きながら言った。
「ホテトチッパの歴史を変えられる男を今見つけた!」
それから渡は監督から熱烈な勧誘を受け続けている。
今の所、渡は進路を保留しているが来年の春には大学も卒業だ。いい加減進路を決めなくてはならない。
プロのホテトチッパの世界に興味がないわけではない。むしろ強く強く興味を持っている。
だが、南アフリカのマイナースポーツ。生臭い話しになるが待遇や報酬という点で日本の野球と比べると天と地ほどの差がある。どうせスポーツをするなら報酬の良い野球をやるべきなんじゃないかという打算もある。
報酬に目をつぶってホテトチッパをやるか、それとも自分の本音に目をつぶって野球をやるか、はたまた当初の予定通り外資に就職するか、真剣に考えているが答えは出ていなかった。
今日、埼玉マウスに入団テストを受けに来たのも内定キープといった意味合いが強い。埼玉マウスに入団するかしないかは受かってから決めればいいことだ。そんな風に考えていた。
渡は自信家であり、その自信に見合う身体能力と技術を保持していた。
そして、そんな考えを対戦チームのピッチャーが粉々に打ち砕いた。
その男は渡よりも大きな男だった。男の圧倒的な体格から生み出される落下するような球に渡は対応できず1打席目は凡退に終わった。
そして、2打席目も苦戦している。
スパンとインハイに来たストレートにバットを振ったがファールゾーンに転がった。
(くっ!)
厄介な投手だ。スピードこそないが、球に角度があり、制球力があり、キレがある。
恵まれた体格をしているし、繊細な技術も持ち合わせている。
次の球はヒュンとアウトローに落ちる球が決まった。
スプリットか縦スラかわからないがこれまた厄介だ。手も足も出なかった。
(くそ! トーサルなら、トーサルなら捉えられるのに!)
そう思ってハッとした。
トーサルとはホテトチッパで使う道具なのだが曲がりくねっていて、真っ直ぐな棒であるバットと比べればどちらが扱いやすいかなど比べるまでもない。
それでもバットで当たらない球をトーサルでなら当てられると確信しているなら、それはトーサルが身体の一部として馴染んでしまったということだ。
(そうか・・・俺はもう野球選手じゃなくホテトチッパ選手なんだな)
今、この時渡の進路が決まった。バットを握るのはこれが最後だ。
最後の球は低めのストレートだった。
その球を決別の意を込めてフルスイングした。
カッという音と共にボールは高く上がったが芯を捉えられなかった事はわかっていた。
危なげなくセンターがキャッチして渡の野球人生は終わった。
一抹の寂しさを抱えながらも、清々しい気分だった。
渡がアウトになった事でチェンジだった。
ベンチに帰ろうとしていたピッチャーに声をかけた。
「おい、お前、名前は?」
「? 藤大吾ですけど」
藤大吾。渡は胸の内でその名前を繰り返した。
きっと忘れることはないだろう。
渡も天才と呼ばれる人種だからわかる。この男は将来、大物になると。
「藤大吾、野球はお前に任せた。俺はホテトチッパの道を歩いていく」
そう告げると大吾はポカンとした顔をしたが、それには構わず自身のベンチに戻った。
きっと大吾は理解していないだろう。それでも構わない。あれは自分への宣誓だったのだから。
ベンチに戻った渡はコーチに交代を頼み、そのままグランドを後にした。
その後、海尾渡は南アフリカに渡りホテトチッパの選手として活動する。
彼の大胆かつ繊細なプレーは観客を魅了し、次々と記録を打ち立てていった。
そんな彼の活躍もありホテトチッパという競技は南アフリカの小国から周辺国へと広がり、更に南アフリカ全土、ヨーロッパやアメリカ大陸でも受け入れられた。もちろん日本でも。
そして海尾渡は何十年後にはオリンピック種目になるホテトチッパにおいて、野球のベーブルース、サッカーのマラドーナ、バスケのマイケル=ジョーダンのような存在として名を残すことになるのだが、それはまた別の話である。