リメイク 06 怪物の生まれた日
キャッチャーの八代先輩は気を荒ぶらせながらもリードはきっちりとこなしてくれた。有り難いことだ。
4回ワンアウト。打順は2番、でも打者は交代している。前の2番もスイングは鋭かったのにおそらくは見限られたのだろう。厳しい世界だ。
そして、交代で新たに2番に入った選手も凄いスイングしている。本当にみんなレベルが高い。
それでも負ける気がしない。
大吾はストライクゾーンギリギリのアウトローにストレートを投げた。
バッターは見逃し。表情が歪んだ。
2球目に同じコースにジャイロストレート。思わずバッターは手を出したが落ちるストレートはストライクからボールに逃げていった。
そして3球目はインローいっぱいのジャイロストレート。
打者はタイミングが合わず三振した。
(これで三振5個目か、うん通用している)
(先輩は怒ったけどこれでいい。こういう練習をずっとやってきたんだ)
高校2年の9月頃だろうか桂馬は大吾に言った。
「大吾! お前は頑張った! ストレートとジャイロストレートの投げ分けを完璧に出来るようになった!そして今のお前は次のステップに進むべきだ!」
「次のステップ?」
「ああ。そして俺はコーチとして二つの選択肢をお前に提示しよう。まず一つ目はスピードを上げることだ。今のコントロールと球のキレを維持しつつ球速をあげていく。以前お前に言ったが、早くてキレのいいストレートを精密に投げられるならそれはもうプロレベルだ。ならキレのある精密なストレートを習得したお前がスピードを追求するのは当たり前の話だ。まさに王道と呼ぶ道だ」
「うん。わかるよ」
「対してもう一つの選択肢は邪道だ。だが、あえて先に言っておくが俺がお前に勧めたいのは邪道の方だ」
「・・・・」
大吾は無言で先を促した。邪道と言われて身構えたのは確かだが、桂馬が何の理由もなく邪道を進めると思ってはいない。桂馬なりの理屈があるのだ。
「もう一つは二つのストレートを敢えて125キロ程度と全く同じスピードで合わせることだ」
確かにそれだけ聞くと頭に?マークがよぎる選択肢だった。
スピードは速い方がいいというのは当たり前の話だ。今までは正確なストレートを習得する為に120キロ台で投げているが、この一年で体格は大きくなったし、筋力も上がった。今の大吾はスピードを上げようと思えば上げられるのだ。定期的に全力投球を測っているのだがストレートで140、ジャイロストレートで135は出すことはできる。無論コントロールは出来てないが。
それを敢えて125に落とす利点が見えなかった。
「メリットはいくつかあるんだ。まず肩にしろ肘にしろ負担が少ない。大吾は勝って勝って勝ちまくりたいって言っていたな。つまり先発志望だろ? なら負担が少ないってのは無視できない要素だ。無論スピードの重要性は理解しているんだ。でもお前ならスピードの不足を補えるかとも思っている。お前はコントロールもスピンも一年前と比べられない程成長した。そして身長も2メートルを超えた。他の選手より遥かに高い所から投げられる球はそれだけて打ちづらい」
確かにある程度理解できる理屈だが、それてもスピードを捨てるには弱い理屈だと思った。
だが続きがあった。
「そして、最大のメリットはストレートとジャイロストレートの球速を合わせることで二つのストレートの見分けがつかなくなると思うんだ。俺の正直な感想を言わせてもらえば大吾のジャイロストレートは本当に厄介な代物に成長したと思うんだ。身長が伸びて更に角度がついたからスプリット並みに落ちる様になった。ライフル回転しているから減速しない。回転数も上がってストレートと見分けがつきづらい。そして、ストレートとほぼ変わらない投げ方は肘に負担がかかならい。俺はそれがジャイロストレートの最大の利点だと思う」
「ふんふん」
「普通の投手はフォークやスプリットを投げる割合は多くても2割なんだ。それ以上は肘を壊すからな。ぶっちゃけ2割でも多いくらいだ。でもお前のジャイロストレートはもっと投げても問題ない。だってストレートだからな。それこそ5割6割投げても何の問題もない。スピードを押さえれば尚更だ。そんなジャイロストレートを最大限生かす投球術だ」
「・・・・・・」
「あともう一つ理由があってだな・・・」
「いいよ。球速を合わせる方向でやってみよう」
桂馬の言葉を遮って大吾は答えた。
「・・・自分で勧めておいて何なんだが、いいのか大吾?」
「うん。試してみて駄目だったらスピードを上げればいい。あと誤解しないで欲しいんだけど、桂馬に勧められたからやるんじゃなくて、俺がやりたいからやるんだ」
それは本心だった。桂馬の話しを聞いて見分けのつかない二つのストレートを投げ分けてみたいと思った。そんなことが出来たら面白いと。そこら辺の考え方は本当に桂馬と馬が合うのだ。
「でも、それはそれとして、あともう一つの理由の事も聞いておきたいな」
「ああ、それはだな・・・」
そこから長い長い説明が始まった。
・・・。
・・・。
「という訳で完成すればインパクトピッチングとでも呼称すべき投球に進化する訳だ」
「・・・・・」
桂馬の長い長い説明を聞き終えて流石に絶句した。
「桂馬、流石にそれば無茶すぎ」
「うっ・・・」
「絶対に1年か2年そこらで物になんてならないよソレ」
「い、いやそうかもしれないが・・・」
「桂馬って頭はいいけど夢見がちなところあるよね?」
「くっ⁉︎ 否定できん!」
桂馬が大吾にいい返してこないのは、それだけ無茶を言っている自覚があるのだろう。
「でも夢見がちなのはお互いさまか、無茶かもしれないし、完成するのに何年かかるかわからないけど挑戦してみたいと俺は思う」
「大吾!」
互いの顔を見ればお互いに本気で言っているのだと理解できた。
そこら辺二人は馬が合うのだ。
とはいえ・・・、
「でも、それを目指すのはいいけどインパクトピッチングって名前はちょっとないかな」
何もかもが意気投合する訳でもない。
「なんでだ! かっこいいだろ⁉︎」
この後、名前の重要性について30分以上議論が続いた。
・・・。
・・・。
4回表の2アウト、3番打者にジャイロストレートから入った。
それをバッターは見逃した。
(多分だけど、ストレート狙いかな?)
そう考えたのは大吾だけでなく八代先輩も同様だった。
2球目もジャイロストレート。
今度は手を出してきたが振り遅れてファールになった。
そして、3球目もジャイロストレートのサインが出た。ただし、1、2球目がアウトローだったが今度はインロー狙いだ。
頷いて、要求通り投げる。
狙いを外す気がしない。
基本的に球速とコントロールは反比例する。
140キロを投げられる投手が120キロ台に抑えた球をコーナーに集めることはそんなに難しいことじゃない。
それに、セットポジション、テイクバック、足の運び、腕の振り、フォロースルー、投球フォームの全てをコントロール重視で作り上げたのだ。ボール一個分の出し入れを自在にできる自信がある。
絶対の自信を持って投げたジャイロストレートは要求通り内角ぎりぎりに行った。
対する3番バッターは鋭いスイングだったがタイミングが合わなかった。
芯で打ち損ねた打球はボテボテと内野を進みセカンドが処理をしてチェンジとなった。