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41 5月のネズミと象の戦い。

 埼玉マウスとの三連戦が終わり、静岡のホームグランドへと帰るバスの中、選手たちは思い思いに過ごしていた。

 スマホを開く人間、寝る人間、隣と話し込む人間、様々だが、2番打者、小倉義則は本を開いていた。

 長距離移動が多い野球選手にとって、移動時間をどう過ごすかというのは意外と大事だ。

 正確はないが、疲労とストレスを溜めずに、野球へのモチベーションを保てればいい。と生真面目な義則は考えている。

 因みに、健太郎なんかは、試合と練習時間以外はプライベートだ遊ぶぜ! という主義で、埼玉や東京での試合は自分のスポーツカーで来て、帰る時は神奈川あたりで遊んでから帰る。

 なかには、けしからん、もっと野球に集中しろ、と考えるコーチもいるが、義則は特になんとも思っていない。あれはあれでモチベーションを保つことに役立っているのかもしれない。

 正確はない。よそはよそ。俺は俺だ。

 そんな訳で、普段どおりに本を読もうとしているのだが、今日は、本の内容が頭に入ってこない。文字だけが上滑りしている。

 理由ははっきりしている。隣の席に座っている、本日の試合の戦犯大馬鹿やろうが、トゲ出しまくりのハリネズミのように、ささくれだった気配をばら撒いているからだ。


「ふう……」


 義則は本を閉じた。今日は本を読むことは諦めた。かといって、寝る気にもなれない。


「ずいぶんと馬鹿をやったが……自分ではどう思ってるんだ?」


 気がつけば声をかけていた。別に責める気はなかった。義則のフォア、ザ、チームという主義はあくまで義則自身の為の主義だ。

 なら何故、声をかけのかは自分でも、ちょっとわからなかった。たぶん只の好奇心だろう。

 義則の質問に、島田は端的に答えた。


「失敗しました」

「失敗か……」


 それはそうだろうな、と義則は思った。監督は大激怒だし、おそらく、いや間違いなく何らかの処罰はくらうだろう。今期はもう、1軍で試合することは出来なかったとしても不思議はない。


 ──せっかく1軍で活躍していたのにもったいない。


 そう義則は思ったのだが、島田の続けた言葉は義則の予想を超えていた。


「ええ。大失敗です。せっかく藤が勝負してくれたのに、スタンドまで届かせられないなんて! ふがいない自分の事が許せない! 2軍落ちも当然でしょう!」

「そこじゃないな……」


 監督が激怒したのは、予告ホームランをやった事でも、それが失敗した事でもなく、一塁に行かなかった事だ。

 試合後、意外と言ってはなんなんだが、体育会系高校出身だけあって、きっちりと頭を下げていたのだが、


「何で責められたのか、本当にわかってんのか?」


 そう疑った義則だが、島田は重々しく言った。


「わかってますよ。……今日負けたのは俺のせいです」


 島田の言葉は自らを責める言葉だったが、それで終わりはしなかった。


「でも、このままでは終わらせません。2軍で1から鍛え直して、10倍……いや、100倍の勝利で返します」


 それは、どこまでも自分本位の言葉だと思った。


「そして、次こそは予告ホームランだって成功させて見せます!」

「まだ、やる気か……」


 本当に、どこまでも自分勝手な男だ。義則はそう思って苦笑した。

 次いで、自分が苦笑した事に驚いた。

 自分は、途方も無い馬鹿をやった島田の事を、怒るのでもなければ、見下してもいない。それどころか、どこか好意的な目でこいつを見ている。


 ──なんでだ?


 そう思案して、しばらくしてから腑に落ちた。


 ──ああ、こいつ、俺の憧れの選手に少し似てるんだ。


 勝敗以上に自分のルールにこだわるワガママな選手。なんとなしに似通ったものを感じる。無論、こいつの馬鹿度は、あの人を遥かに上回っているが。


 ──こういうの、隣の芝生が青く見える……って奴かな?


 義則は、島田の様な馬鹿はやらないしやれない。やりたくもない。それは自分の野球人生を否定するも同じだ。プライドにかけて、我を通す真似はしない。

 だが、だからこそ、義則とは対極の自由な選手に一種の憧れの様なものを感じているのだろう。


 ──色んな奴がいた方が野球は面白い。


 柄にもなく、そんな事を思った義則は、更に柄にもなく、もう一歩だけ踏み込むことにした。


「島田、戻ってこいよ」


 一軍へ、とは言わなかったが、島田には伝わった。


「はい。必ず戻って来ます」


 その短い返事の中に、断固たる決意を感じ取った。


 ──こいつは、いつかきっと戻ってくる。


 確信した。そして、義則の確信は正しかったが、それが証明されるまでに大分時間が必要だった。

 一方、二人がそんな会話を交わしていた同時刻、大吾はとある飯屋で夕食を食べていた。隣で、同じく食事中の八代に珍しくも愚痴を吐いていた。


「あれは、俺の勝ちじゃ無いです」


 そして、八代の方は、大吾の不満を察していて、愚痴の聞き役になるつもりで大吾を飯に誘った。そこら辺、八代は根っからの捕手だ。

 といっても無理に持ち上げたり、相手を(この場合は島田)貶めたりする気はない。言いたいことを言わせて、結論も大吾自身が出すだろう。あくまで、八代は聞き役だ。


「自分でも最高の1球だったのに完璧に捉えられました」

「そうだな、確かに凄え球だったよ」

「それなのに、俺の負けだとか、次は打つとか……それは俺の台詞じゃないですか? なのに横取りされた気分です」

「…………お前も、大概、負けず嫌いだよな」


 挑発に乗ってカーブ1本で勝負して、更には結果的には無得点で押さえて勝ち星がついたのというのに納得しない。……相手といい勝負だ。

 それから二人は、しばらく無言で飯を平らげていたが、やがて──、


「八代先輩」

「うん?」

「今日は俺の負けです。でも次は、俺が勝ちます」


 それが、大吾の結論なのだろう。言い終えた後、大分すっきりとした顔になっていた。


「そうか、なら俺も手伝ってやるよ」


 八代は、自分自身、まだまだリードに磨きをかけて行く事を胸の内で誓いつつ、大吾にそう返した。



 こうして、後に『怪物』と呼ばれる藤大吾と、後に数多の記録を作りながらも、同時に数々の問題行動を起こすが故に『大愚者』と呼ばれる事になる島田悟の始めての戦いは終わった。

 この後、藤大吾のカーブの無安打記録は次の次の試合で内野を抜かれて途切れることになる。しかし、記録こそ途切れるものの、高さを生かしたピッチングと決め球のカーブを武器に着実に勝ち星を積んでいき、この年のルーキーの中で唯一、10勝を超える勝ち星を挙げ、新人王に選ばれた。

 一方、島田悟は今回の件で処罰されることとなり、1軍から姿を消した。その期間およそ100日と、今シーズンの残りの大半を棒に振った。

 しかし、9月の初めに、再び1軍に戻ってくるやいなや、三試合連続でホームランを打つなど、それまで鬱憤を晴らすかの様に暴れた悟は、最後のリーグ戦が終わるまでの1月の間に打率.389をマークし、9月の月刊MVPに選ばれる事になる。



ここまで読んでくれた皆さん、三軍ピッチャーを読んで頂き、ありがとうございます。

大吾のプロ野球編、終わりました。この先は、まだ考えていないので、一度完結します。

そして、野球は一区切りついたので、次はサッカーの話を始めました。タイトルは『サッカーと恋愛』です。よかったら、見て下さい。

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― 新着の感想 ―
一気読みしました面白かった。 三軍の後輩君がどんな投手に仕上がっているのか、桂馬君が今後もアドバイスして大吾が進化するのか大吾の打撃力は向上出来ないままなのか? 他球団の選手との対戦も楽しみです♪ 時…
[良い点] 面白くって、一気読みさせていただきました。 [気になる点] 神原選手との対決、楽しみに待ってます。
[一言] とても面白かった。 いつか続きに期待。
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