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リメイク 04 怪物の生まれた日

要求通り、先輩はジャイロストレートを低めに要求してくれた。

そして要求通りジャイロストレートを決め球として投げ四番を三振に斬り伏せた。

これでワンアウト。

このテストでは打席が実力を表している訳ではないがそれでも四番を三振させるのは嬉しい。

そして五番。

五番打者にも初球ジャイロストレート。

ボールはバットが振れる前にミットに届いた。

次はストレート。インハイにズドンと投げ込んだ。

それにバッターは対応出来ない。

このストレートとジャイロストレート。二つの球の投げ分けが桂馬の最初の指示だった。

可能な限り高く、そして同じリリースポイントで精密に。

三軍行きとなった一年の夏から一年以上、ただそれだけに没頭した。

その成果がここにある。

3球目のジャイロストレートは低めに外した。

それをバッターは引っかけた。

自分の守備範囲かと動き出したがサードの方が早かった。

サッと捕球してビシッと一塁に送球。二つ目のアウトをもぎ取った。

大吾は軽く会釈をしてマウンドに戻った。


(それにしても、凄い)


内心でそう賞賛した。

サードの今の動きだけじゃない。

内野の動きも外野の動きもレベルが高い。大吾と対峙した打者もスイングスピードが違う。

それこそ神原は別格として、今、甲子園で戦っている縦浜鱈の一軍よりもレベルが上に見える。


(考えてみれば当然か、みんなプロを目指してここにいるんだから)


大吾は納得した。

敵も味方も凄い奴らばかりだ。

それなのに打たれない。

凄いバッター達は大吾のピッチングに翻弄されている。


(負ける気がしない)


そんな自分に一番驚いている。


大吾は六番打者へ初球ジャイロストレートを投げた。

ブンッと鋭いスイング。

だが当たらない。大吾も打たれないと自信を持って投げた。

自信を持って投げられたのだ。このくせ球を。大吾の野球人生を悪い方に転がしたこの球を。

・・・。




大吾が野球を始めたのは小学5年生の時、テレビのヒーローインタビューがきっかけだった。

よくあるナイターの中継で、その日はピッチャーが頑張って相手を0点に抑えた。そして本日のMVPとしてお立ち台で得意そうに取材を受けていた。

子供だった大吾はその選手の名前を覚えていない。

だが、とてつもなくカッコ良く見えて自分もそうなりたいと思ったのは良く覚えている。

その日から大吾の将来なりたい職業はプロ野球選手だった。将来なりたい職業と聞かれて公務員と答える子供よりは夢あふれる子供だったのだ。まあ裏を返せば夢みがちな子供とも呼べるのたが・・・。

兎にも角にもプロ野球選手目指した大吾だった

そして、両親はほどほどに協力的だった。

唐突に野球選手になりたいと言い出した大吾をそんなの無理だと否定することはなかったし、逆にうちの子の将来はプロ野球選手よ。おほほほほほほ。と過剰に期待を寄せることもなかった。

ようするに道具は買ってくれたが、大吾をリトルチームなどに入れようとはしなかった。

二親とも野球に疎かったのでそんな発想がなかったのだ。もっと言えば大吾にだってその手の発想はなかった。漠然と今から特訓して中学の野球部では1年でエースだ。などと考えていた。

そして、時に友達と、時に父親と、時に一人でキャッチボールの延長のような感じでストレートを磨いた。

そうやって、見よう見まねの独学で覚えたストレートが実はストレートではなかったのだとわかったのは中学の野球部に入ってからだった。

野球部の顧問である先生は大吾の投球をみて、そのことを指摘した。

その時初めて知った。テレビで当たり前に投げられているストレートが、誰でも投げられるのだと思っていたそれが実は訓練して投げ方を教わるものなのだと。

そして、改めて顧問の先生にストレートの投げ方を教わったのだが、どうもしっくりこなかった。

三つ子の魂百までというが独学で覚えてしまったくせ球の感覚が、ストレートの習得を邪魔したのだ。

力一杯投げようとするとバックスピンを上手くかけられずくせ球になる。

バックスピンを意識するとスピードもコントロールも駄目になる。

結局中途半端なストレートにしかならなかった。

それならそれで開き直ってくせ球を全力で投げる。

どちらも通用しなかった。

結局中学の3年間は控えで過ごした。

そして野球で進学ということもなかった。

それでも甲子園に行きたいと思っていた大吾は、公立高校で出来るだけ野球が強い高校を選んだ。それが縦浜鱈高校だった。

桂木桂馬ともそこで出会い、仲良くなった。

だが、強い野球部に入ったからといって自分も強くなるという訳でもなかった。

そして、夏の大会が終わり三年生が引退した時に一軍、二軍、三軍とチーム分けされた。

大吾と桂馬と他数名は三軍行きだった。

そして、三軍とはコーチもおらず、部室は使われなくなった部屋で、練習スペースは辛うじてキャッチボールが出来る程度の広さだった。

それは、お前達は野球部には必要ないという無言のアピールで遠回しな退部勧告だった。

そして三軍に隔離された皆は野球部を止め、大吾と桂馬だけが三軍に残った。

大吾が三軍に残ったのは未練がましさからだが桂馬はまた違う理由だった。

桂馬は典型的な野球はやるより観る派だった。実際に体を動かすより、データを集めたり、戦略や理論を練る方が好きな奴だったのだ。そして、将来は高校野球の監督になるという目標があり、その為に野球部についていけず退部したという結果よりも三軍でも三年間野球部に在籍したという肩書きを欲したのだ。

そんな桂馬に大吾はコーチをお願いした。

同級生の桂馬にそんな事をお願いしたのには幾つか理由がある。

桂馬が野球について博学だったこと、将来指導者を目指していたこと、三軍には指導者がいなかったということ、でも最大の理由は桂馬が言った素朴な一言だ。


「大吾のくせ球、結構いいよな。ストレートと投げ分ける事ができたらいいピッチャーになれるよ」


まだ三軍に行く前の話だ。桂馬は何気なく言ったが大吾には衝撃だった。この球がどれだけ使えない球なのかは中学時代が証明している。

そんな大吾にとって劣等感でしかない球を桂馬は結構いいと評価したのだ。

訳がわからなかった。

だから桂馬にどういう意味なのか問いただした。


「いや、そのままの意味だけど? お前のくせ球、結構落差あるし、スピンしているからフォークと違って縫い目が見えないし打ちづらいと思うぞ?」

「でも、中学ではめっちゃ打たれたけど・・・?」

「それは、多分身長のせいだろ? 大吾、お前今身長いくつだ?」

「190」

「でか!・・・それだな、中学より身長が伸びた分同じ所になげても角度がついてボールが落ちるようになったんだろう」

「そんな、身長が伸びたくらいで?」

「大吾、今のセリフ、大勢の野球マンを敵に回したからな? どれだけの実力もあってセンスもある小柄な男がプロ野球選手を諦めたと思っているんだ?」


そんなこと言われても納得できないものは納得できなかった。


「納得していないみたいだな。ならそうだな・・・昔はカーブが変化球の王様だったんだ」

「いきなり何の話?」

「いいから黙って聞け。とにかく昔はカーブが主流だった。でも今は違う。スライダーやフォークが変化球の主流でカーブは隅っこに追いやられている。その理由はいろいろ言われているんだが、その理由の一つにマウンドが低くなったからという説がある」

「はい?」

「だから規定が変わってマウンドが低くなったのさ、およそ10センチ。そのたった10センチでかつての王様が隅っこに追いやられたのさ。そして逆に言えばだ、お前の身長が10センチ伸びたことでかつて役立たずだった球が使える球に生まれ変わることもありえるのさ」


正直なところ言葉遊びに聞こえた。でも大吾のくせ球を使えると評価された事を忘れることはできなかった。

だから三軍落ちになったとき、一か八かで桂馬にコーチを頼んだ。

いきなりコーチを頼まれた桂馬は最初は渋ったが結局引き受けてくれた。

なんだかんだで面倒見がいいし、将来監督をする為のいい訓練になるとも考えたのだろう。

そして、桂馬の指導はまず話し合いからだった。


「大吾、まずお前はどんな投手になりたい?」

「えーと・・・」


若干悩んだ末に正直な気持ちを話した。


「勝って、勝って、勝ちまくる投手になりたい」

「非常に抽象的な目標だな、もうちょっと考えろ馬鹿野郎」

「・・・ごめん、俺にはどうすれば自分がいいピッチャーになれるかわからない。わからないから桂馬の言葉にすがっているんだ」

「責任重大だな俺。正直背負いきれんぞ。おい大吾、俺も真面目に指導するが駄目でも文句言うなよ」

「それは、わかっている」

「じゃあ、まずお前の問題は自分でもわかっているだろうがストレートが駄目な事だ。スピードも速くない。コントロールもない。バックスピンが最悪でおまけにくせ球が混じって球筋が安定しない」


確かにわかっているが、面と向かって言われるとヘコんだ。まあ、桂馬はそんなことを斟酌しないが、


「ストレートはピッチングの基本だ。その基本がしっかりしていないから何をやっても駄目なんだな。だからまず改善するのはストレートなんだか・・・大吾、前にも言ったが俺はお前のくせ球は悪くないと思っている」

「うん」

「だがそれを生かすにはちゃんとしたストレートが必要だ。だからまずストレートとくせ球を分離させることだ。その為にはまずくせ球の正体を把握することから始めよう」


それから、桂馬の指導が始まった。

まずストレートとくせ球をビデオでとり、違いを徹底的に調べた。

そして、ボールがライフル回転している事がわかり、くせ球の正体はジャイロボールではないかという結論がでた。

次にストレートのジャイロの投げ方の違いを理屈で説明された。感覚が混じって当てにならないからまず頭に理論を入れろというのが桂馬の指示だった。

理論を頭に入れたら次はストレートの構築だった。

ここでも桂馬は独創的でまず投球フォームから変えられた。大吾の身長を生かす為にスリークォーター気味の投げ方をオーバースローに。またコントロール重視でワインドアップを止め、ランナーの有無に関わらずセットポジションで投げるよう指示された。また最初はスピードを求めないよう厳命された。

ずいぶんと大胆にいじくられたが反発は少なかった。変化の理由には全て桂馬なりの理屈があり、どういう理由でどういう風に変化させるのか事前に説明されたからだ。何より桂馬とは馬が合った。


「スピードがあってキレのいいストレートを精密に投げられたら最高だ・・・というかそれができたらプロだ。でも3つとも駄目なお前がいきなりどれも出来るようになる訳がないな。だったらどうするかなんだが、俺の好きな漫画にこんなセリフがある。常に勝ち続けるには安定した力が必要だと」

「え⁉︎ その漫画、野球関係なくない⁉︎」

「黙れ。いい言葉は分野を越えて通用するんだよ。それでだな、ピッチングで安定した力ってのはコントロールの事だと思う。だから最優先するのはコントロールだ。だからフォームを変えて、下半身と体幹を鍛える。定期的にビデオでとって理想のフォームを作り上げる。そして肝心のストレートとジャイロボールの投げ分けなんだが、投げ込みの他にも指先の訓練を集中してやらないか?」

「指先の訓練?」

「ああ、あるだろより良いストレートを投げる為の指の練習。そういう練習を広く集めて器用に指を動かせるようになればストレートとジャイロの投げ分けもスムーズにいく・・・かもしれん」

「確証はないんだ?」

「あるわけないだろ・・で? やるか、やらないか、どうする?」

「・・・可能性があるならやってみるよ」

「おう・・・ん? 浮かない顔だな、不満があるなら正直にいっとけ」

「いや、不満があるわけじゃないんだ。だけど今のプロ野球を見てもジャイロボールを投げている人なんていない。 みんなフォークやスプリットを投げているよね? 仮に上手く投げ分ける事が出来てもジャイロボールなんて通用しないんじゃないかって思って・・・」

「ああ、なるほど、まあ気持ちはわかる。だけど何度でも言うけどお前のジャイロボールはいい球だと思うぞ。それに今の野球界にジャイロボールの使い手がいない? そんなの当たり前だろ?」

「なんで?」

「これまでの野球界に藤大吾は居なかったからだよ」

「・・・・」


大仰なセリフだ。少なくとも無名の三軍には分不相応だと思う。

だが大吾はその言葉に震えた。武者震いというやつだ。

時々、こういう事を言うのが桂馬で、それにひょいっと乗っかってしまうのが大吾なのだ。

そこら辺、本当に馬が合う。


「ツーシームもカットボールもナックルカーブも最初の一人がいたんだ。お前がジャイロボールの最初の一人だ。それだけのことだろ?」

「うん。そうだね・・・頑張るよ」


それから、大吾は一年以上ストレートとジャイロボールの投げ分けに時間を費やした。

そして・・・。


「ストライク! バッターアウト!」


外の高めに投げられたストレートが三振を奪った。

これで2回終わって未だパーフェクトである。

指の訓練はストレートとジャイロボールの投げ分けに効果があるだけではなくストレートのスピンを劇的に成長させた。

たとえ中学以来のマウンドだろうと、相手がプロ志望の強者だろうと負けない。

そんな確信が大吾に生まれつつあった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜甲子園の解説〜


「さあ、3回の表、以前0対0です。実は深海鮫高校が2回を終えて無得点なのは今大会、初めてのことなのです。神原選手、最強のクリンナップと呼ばれる四番、五番を見事に抑えました」

「素晴らしいですね。そして、7番の佐藤選手4球目・・・ストレートです! 見逃し三振!」

「佐藤選手、伸びのあるストレートに手が出ませんでした」

「神原選手といえばスプリットが代名詞ですが、そのスプリットもこのストレートがあればこそです。深海鮫高校、どうやってこの難攻不落のピッチャーを攻略するのでしょうか?」





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