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39 5月のネズミと象の戦い。

 八代のツーランホームランの後、エレファントのピッチャーは立ち直った。守備の助けもあり、4番、5番を討ち取った。

 一方で大吾も好投を続け、5回の表を6、7、8番の3人で終わらせた。

 そして、2対2のまま、5回の裏の埼玉マウスの攻撃、7番打者の鳥取が大きい当たりを打った。

 レフト線ギリギリを飛んだ打球は、惜しくもファールボールとして客席に飛び込んだ。


「あー、あと50センチ! 惜しー!」

「タイミング合ってる! もう一回、行こー!」


 ベンチのチームメイトから、鳥取へのエールが発せられる中、控えの山城だけは、鳥取が凡退してくれることを願っていた。

 表には出さないが、心底、願っていた。

 別に山城は鳥取の事を嫌っているわけではない。ないのだが、鳥取が出塁するか凡退するかで、山城の今日の出番があるかないかが決まると言っても過言ではないのだ。

 なら、


 ──頼む! 鳥取、死んでくれ! 恵まれない俺に出番をくれ!


 そう願うのも仕方ないではないか。

 試合の勝ち負けは大事だし、チームワークも大事だが、やはり試合に出てこそ野球選手なのだ。

 ましてや入団から早5年、昨年まで一度も1軍に上がれず万年2軍生活。

 去年の契約更新シーズンを、今日は大丈夫なのだろうか? 明日は肩を叩かれるんじゃないか? とビクビクと過ごした山城なのだ。

 はっきり言って、今、一軍にいるのが奇跡であり、今日を最後に2軍行きになり、そのまま今年の契約更新シーズンで首、ということになっても何らおかしくない。

 そんな山城に、自分の事よりチームの勝利を考えろなどと、一体、誰に言う資格があると言うのか?


「ストライク! バッター、アウト!」


 内に食い込むスライダーが鳥取を仕留めた。

 ということは、2アウトで8番、なおかつピッチャー藤のまま。

 いい。開幕からこれまで、山城の出番は5回あったが、全てがこのケース。


 ──来い! 出番よ、来てくれ!


 山城の願いが通じたのか監督が動いた。審判に告げる。


「代打、54番山城」


 ──来た!


 勢いよく、マイバットを掴んで、ベンチから飛び出した。

 そんな山城に監督が告げた。


「山城、わかってるな? 次のバッターは藤のままだ」

「はい」

「だからヒットは要らねえ、2塁打も要らねえ、3塁打も要らねえ……結果三振してもいいからスタンドに叩き込むことだけを狙えや」

「はい!」


 普通、プロ野球ではあり得ない、ホームランだけを狙えという豪快を通り越して頭が悪いとすら言える指示に、山城は勢いよく頷いた。

 喜び、勇んでバッターボックスに向かう。


 ──全く、藤様々だぜ! もう、あいつに足を向けて寝られねえよ!


 開幕直前に山城が一軍に上がったのは、誰よりも山城自身を驚かせた。

 どれくらい驚いたかといえば、一軍昇格を告げた2軍コーチに、


「エイプリルフールはまだ先ですよ?」


 と、真顔で聞いてしまうくらいで、


「俺も聞き間違いじゃないかと、三回くらい聞き直したんだけど、どうやらマジらしい」


 と、返された辺り、自他共に予想外のサプライズ人事だった。

 首を傾げながらも、憧れの1軍の一員となり、藤が先発を務めた試合の中盤戦に監督から呼ばれて、ホームランだけを狙えと言われた時に全ての謎が解けた。

 その頃には、藤のバッティングの駄目さ加減は、全国的に知れ渡っていた。

 山城も何度か見たが、ボールがミットに収まった後に、ゆっくりバットが出てくるのだ。話にならない。

 だから、仮に2アウトから8番バッターが出塁しても何ら試合には影響しない。藤が9番だとラッキーヒットすら期待出来ない。

 だからこそ山城なのだろう。山城の最大の強みは、189センチの体格とムキムキの筋肉から生み出される圧倒的なパワーだ。

 低めに投げられた150キロのストレートを軽々と観客席の最上段まで飛ばす山城は、パワーだけなら間違いなく埼玉マウスでナンバー1だ。

 言い換えるなら、パワーは合ってもミートがイマイチ。その他の要素でも抜きん出たものがないから万年2軍だった訳だが、繰り返すがパワーだけならナンバー1だ。

 ヒット打っても無意味だからホームランだけを狙え、という指示にはうってつけの人材だったのだろう。

 おそらく、監督にとっても万馬券を買っているような一か八かの采配であり、駄目だと見限れば即座に2軍落ちだっただろうが、意外なことに当たった。

 これまでの山城の戦績は、5打席で、2ホーマー、3三振。打席数は少ないが単純に考えてホームラン率4割、4割打者だ。

 なんというか、ホームランだけを狙うシンプルさが、山城の気性に合ったのだ。

 前々回の試合で、山城のソロホームランが決めてで勝負が決まり、MVPとしてお立ち台でインタビューを受けた時、壇上の上で山城は泣いた。今、死んでも構わない。そんな気持ちだった。

 とはいえ、時間が経てば、死にたくない、このまま一軍に居続けたい。そう思うのは人情だ。


 ──まだ、俺は一軍じゃない。


 山城はそう思っている。藤のおまけで滑り込んだだけだ。だが、紛れも無いチャンスでもある。活躍して、正式な一軍を掴みとって見せる。


 ──行くぞ! さあ! 唸れ、筋肉!


 バッターボックスに入った山城は、万力のような力でバットを握りしめた。

 狙うはホームラン一択だ。すでに観客も、山城=藤の前のホームラン係ということを理解していて、


「行け行け、ホームラン! 超えろ超えろ、ホームラン!」


 と、ホームランコールが聞こえてくる。

 そして、第1球目、カーブが低めに投げられた。


「ふっ!」


 山城は力一杯フルスイングしたが、タイミングが早過ぎて空振った。


 ──うげ!


 思わず顔をしかめた。こういう多球種を操る変化球投手は、山城の一番苦手なタイプだ。

 2球めはスライダーだった。ストライクからボールに逃げる球に見事に釣られた。


 ──カーブにスライダーか……ホームラン狙いはバレてて、かわしてきてんだろうな。


 観客がホームランコールを送るぐらいだ。試合相手のエレファントは、スコアラーを使って、山城のことを丸裸にしていると思ってみて間違いない。


 ──それでも、後ろが藤なんだから、ホームラン打つしか選択肢が無えんだよ!


 実はこの選択肢の無さが、山城の躍進に一役買っていた。

 スイング。その4文字の中には、数多の真理と、数多の葛藤が潜んでいる。特に、ボールの飛距離とアベレージ、どちらにどれだけの比重を置くかは、バッターにとって、終わりのない悩みだろう。

 そして、山城は典型的なパワーヒッターでありながら、ちょっと揺さぶられたり、打てない時が続くと、アベレージを狙ったスイングに浮気してしまう。そのくせ、飛ばすことへの渇望を捨てることも出来ない。結果、中途半端な万年2軍の扇風機として、暑苦しい風を生み出すだけの存在に成り果てていたが、今は違う。

 どれだけ揺さぶられようと、ホームランを狙うしかないのだ。ブレようがない。


 ──低めを狙う! すくい上げてバックスクリーンの上まで飛ばしてやらあな!


 そう意気込む山城に投げられた3球めは、アウトローのストレート……の様に見えたのでフルスイングしたが、実はそこから内に食い込むツーシームだった


「ぬお!」


 ボールはバットの根元に当たった。

 しくじったという思いと、こっからスタンドまで飛ばしてやるという思いが交錯した。

 バットの芯は外したが、それでもなお振り切った。

 結果、ライナー性の物凄い勢いのボールが、一塁線ギリギリを駆け抜けていった。一塁手はもちろん、ライトも追い付けずに、ボールはフェンスにぶつかった。

 シンプルに考えれば、三塁打コースのいいバッティングなのだが、沸き上がる観客席からは、


「あー、駄目だった……」

「この回、無得点かよ」


 という失望の声も確かにあった。

 山城自身、やっちまったと思いはしたが、兎にも角にも、一つでも先の塁に進む為に全力で走った。

 2塁を回ってから、少しして、あっ! と、球場がどよめいた。


 ──なんだ? 何が起こった?


 背後で何か起こった。

 おそらくは中継が乱れたんではなかろうか? そう予想して、しかし、背後は振り向かずに、ひたすら三塁に目がけて走った。今、山城がやるべきことは0.01秒でも早く三塁にたどり着くことだ。振り返って、走るスピードを弱めたりはしない。

 それに、こんな時の為に三塁コーチがいる。

 山城が三塁コーチをみると、腕をグルグルと回してホームベース進塁を示していた。


 ──マジで⁉︎ 貴重な勝ち越しランナーだぞ⁉︎


 山城は決して足が速いとは言えない。エレファントがどれだけミスしたのかは分からないがホームベース突入は流石に厳しいんじゃないかと思ったけど、激走の内に忘れていた次打者のことを思い出した。


 ──そうだった、次は藤だった。


 納得した。連続0安打は伊達じゃない。藤がヒット打つより、山城がランニングホームランやる方がまだ成功確率が高い。


「うおお!」


 勢い良く回って、ホームベースを目指した。


「行け! 行け!」


 という三塁コーチの声援を受けて突っ走った。

 ちらりと左手側に視線をやると、確かに遅れているが、これは厳しい──そう思った。だが、セカンドのホームへの送球がずれた。


 ──うわ! 行けるかも⁉︎


 山城としては、絶対に成功してやる! ではなく、え? マジでランニングホームラン? というものだった。

 ただ、内心はどうであれ、ひたすらに駆けたのが功を奏し、タッチの差でキャッチーより先にホームベースを触った。


「セーフ!」


 審判のコールに球場が湧いた。


「うおおおお!」


 山城も吠えた。自分の人生でランニングホームランが飛び出すとは夢にも思わなかった。


「いょっしゃあ! 良くやった山城」

「俺、やりましたー!」


 監督からの賞賛にもテンション高めで答えた。

 そして、


 ──ありがとう。ありがとう、藤! お前のおかげで俺は、俺はぁああああっ!


 と、胸の内で藤への感謝の言葉を繰り返した。

 ……。

 ……。

 因みに、その当の藤はといえば、山城の次にバッターボックスに入って三球三振、ごく当たり前の様に無安打記録を更新した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結していて、滅茶滅茶すごい球で無双するのではなく時には負けたりしてプロの厳しさを味わっている感じがよかったですわ。 [気になる点] 「エイプリルフールはまだ先ですよ?」 小説内では5月の…
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