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35 5月のネズミと象の戦い。

 2回の裏、埼玉マウスの攻撃で5番バッターの打球が1、2塁間を抜けそうになったが、エレファントのセカンドの好守に阻まれた。


「ありゃ、惜しい……」


 八代は思わず呟いた。

 自分の時もそうだった、センターの横っ飛びに阻まれた。

 いい守備してるし、それ以上に、いいピッチングしている。

 今日のエレファントの投手は、球種の多い技巧派で、コースと球種を散らすことで、的を絞らせてはくれない。結果、ワンテンポ遅れたヒッティングが、野手の網に引っかかるこの状況を生み出している。

 どうやら、今日は投手戦になりそうだ。

 となると……。

 八代は隣に声をかけた。


「相手のピッチャーは調子よさげだが、お前の方はどうよ?」

「いいですよ。下手を打ったのは投球練習の時だけです」

「だろうな……今日はまだ一回もキャッチャーミットを動かしてねえ。それに、なんだかんだでノーヒットだしな。いっそ、このままノーヒットノーランでも狙ってみるか」


 八代の問いかけに大吾は首を振った。


「島田には打たれましたし、他の人も凄い人たちばかりです。次はわかりません。だから、余計な事に気を取られてないで、自分のピッチングと目の前の打者だけに集中します」

「なるほど……お前らしい答えだ」


 大吾は平常通りだ。なら、このまま、投手戦が続いても大丈夫だろう。


「島田にしても、結果的には討ち取ったんだし、あんまり気にするな。つーか、あんだけ露骨にカーブを狙う奴は逆にやり易い。次は、俺に任せとけ」

「わかりました。お願いします」

「ところで、さっきから一体、何やってんだ?」


 八代は疑問を口にした。

 さっきから大吾は、相手投手を熱心に観察しながら、時々、周りの邪魔にならないように注意しつつも、腕を振り回している。


「いや、自分の打席が回ってきた時の為にタイミング取ってます。俺が言うのも何なんですけど、相手ピッチャーの球は速くはないので、タイミングを合わせてホームランを狙います」

「アホか、てめえ」


 考えるより先に口が動いた。

 大吾はピッチャーとしては、新人らしからぬピッチングと結果を出しているが、バッターとしては、野球選手とは思えぬスイングと結果を出している。

 これまで、オープン戦も含めて驚異の0安打。それどころかバントすら失敗するありさまだ。

 先週の試合では、ノーアウト1、2塁の状況から送りバントを盛大に失敗して、トリプルプレーをくらいやがった。最終的に勝ったから良かったものの、負けていたら間違いなく戦犯だった。


「なんで、ヒットも打てねえくせにホームランを狙うんだよ? 手堅くピッチャー返しを狙えよ」


 つか、いっその事、四球狙いで、只突っ立ってろ。とは流石に言えなかった。

 八代の助言を大吾は素直に受け入れなかった。


「でも、最近はフライボール革命とかで打ち上げるのが主流らしいじゃないですか?」

「お前は流行を追う前に基本を覚えろ」


 なんでこいつは、ピッチングに関しては地に足をつけた考え方をするのに、バッティングは大穴狙いなんだろう?


 ──わかんねえな。


 なんにせよ、大吾にバッティングは期待出来ない。なら、その分まで、女房役の自分が頑張るしかない。


「次は打たねえとな……」


 八代は、自らに言い聞かせた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 3回の表、静岡エレファントのベンチで、健太郎は下位打線をきりきり舞いさせている藤を観察しながらも、ベンチの隅っこの方も気にかけていた。

 そこでは、監督が島田に、チームバッティングに従うよう指導しているのだが、島田の方は、次こそはカーブを打ち崩しますの一点張りだ。


「一年坊主は怖いもの知らずだよなあ……」


 それは健太郎の独り言だったのだが、


「まるで、昔のお前だな」


 義則が合いの手を入れてきた。

 思わず苦笑した。確かに自分でも、少しはそう思わなくもないが、でも、


「いやいや、俺のルーキー時代は、もうちょっと、品性方正でいい子ちゃんだったよ?」

「はっ!」


 健太郎にとっては、マジな本音だったのだが、鼻で笑われた。


「……まあ、俺の過去は置いといて、ルーキーにフォア、ザ、チームの心意気を教えてやったらどうだ? 監督だって助かるぜ」


 これも、割と本気で提案したのだが、再度、鼻で笑われた。


「馬鹿を言うなよ。島田はお前と同類だぞ? そんな意見を聞く訳がない。第一、俺は監督やチームの為にフォア、ザ、チームを心がけている訳じゃない」


 監督やチームの為じゃないと、きっぱりと言い切った義則に健太郎は苦笑した。

 思わず、監督に憐れみの視線を送ってしまう。

 野球選手の中には現役を引退したら、監督をやりたいという希望を持っている奴が沢山いるが、健太郎にはさっぱり理解出来ない考えだ。

 もし引退後、自分に監督をやらないか? というオファーが来たとして、


「勘弁してくれよ」


 そう断ることは間違いない。

 なんせ、チームの良心と言われている義則ですら、これだ。

 チームで一番、問題を起こさない優等生の義則ですら、これだ。

 ましてや、義則以上の問題児を何十人と抱えて、まとめて、一丸となって優勝を目指す。気苦労が多すぎる。


「監督は大変だなあ……同情するよ」

 

 一番の問題児である自分のことを棚に上げて、健太郎は呟いた。

 それと同時に8番打者が打ち上げて、レフトが悠々とボールをキャッチした。

 9番打者はピッチャーで、打率も1割未満とバッティングには期待出来ないタイプだ。

 どうやら、この回も3人で、終わりそうだ。


「勝負は次の回かな……義則、頼むぜ」


 この頼むぜは、自分の打席の前に塁を埋めておいてくれ、という意味であり、義則も重々承知していた。


「ああ、任せろ」


 短くもしっかりと首肯した。








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