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25 狂乱のドラフト会議

 縦浜鱈野球部の監督である東方は、神原と藤の対決を静かに見ていた。端から見れば無表情に見えるが、内心はそうでもない。

 自分は一体どこで間違えたのか?

 そう自らに問い返さずにはいられない。

 野球部に三軍という制度を作ったのは自分だ。

 意図的に不遇な立場を作り、退部を促す為の制度。

 それは人数を絞ることで、指導を行き届かせる為のものであり、見込みのない者を早期に解放する為のものだった。

 残念ながら、野球は部員全てが輝けるものではない。三年間控えで過ごし、練習が辛いと思いつつも退部する決心がつかず、夏の大会が終わった時に『ああ。やっと終わった』そう思ってしまう生徒も少なからずいるのだ。

 そして、そうなる選手は一年の時にだいたいわかる。

 だからこそ、早めに野球部から追い出す事が、残る側、追い出された側、双方の為だと思っていた。いや、今でもそう思っている。

 藤大吾もそういった判断で三軍へと追いやった。

 体格こそ恵まれていたが、凡庸なストレート、キレのないスライダー、何より動けない身体能力。当時の藤は弱く、先が見込めなかった。

 そして、今年の春に藤がやって来た時にも、自分は取り合わなかった。

 理由は幾つかあった。

 三軍の選手を元に戻す前例を作ると、三軍が退部を促す場所としての機能を失ってしまうこと。

 戻っても一軍、二軍のメンバーと、少なくない不協和音を生むであろうこと。

 そして、もし藤を試す為に、レギュラー達を相手に投げさせても、滅多打ちになる結末しか考えられなかったことだ。

 今年の縦浜鱈野球部は、攻守ともに間違いなく過去最強だった。ドラフト会議前に赤坂に告げた、


「あまり期待しない方がいい。赤坂や早川が指名される可能性はあまり無いと思う」


 という言葉は、間違いなく本心だったが、逆に、赤坂や早川が指名される可能性は僅かながらあり得るとも考えていた。

 もし二人が指名されたとしても、驚き、喜びはしても予想外とまでは思わなかっただろう。

 そんな今年の打線を、あの藤が抑えられる筈もなく、恥をかくだけだと思っていた。

 と、そこまで思い返したところで自分の失敗が何か自覚した。

 要するに自分は調子に乗っていた。思い上がっていたのだろう。

 野球部の顧問になり、生徒を勝たせたいと思った。そして、三軍制度を含む色々な取り組みを取り入れた結果、少しずつ野球部は強くなり、勝てる公立と評価され、その評価で神原を筆頭とした優れた人材が集まる様になった。そして去年、ついに甲子園に出場した。更に今年は去年以上に強いチームだった。

 その流れを作ったのは、間違いなく自分であるという自負があった。

 結果が伴い、自分のやり方は正しいのだと確信した。だからこそ、正しい自分が切り捨てた藤が、這い上がってきた事を信じなかったのだ。


「全く、見る目のない監督だ」


 自嘲気味に呟いた。

 そして、藤と神原の勝負も10回目に突入した。

 ここまでの結果は神原の9連続三振と、誰がどう見ても神原の負けだろう。神原自身でも既に自分が負けている事は自覚しているのだろうが、それでも一矢だけでも報わなければ終われない。そう、神原なら考えているのだろう。

 そして1球目、アウトローギリギリにストレートが決まった。

 見事なものだと思う。2年前の伸びのないストレートがここまで進化している。ここまで枠ギリギリを狙えている。このストレートを見ただけでもどれだけ努力したのか良くわかる。


(次はカーブだろうな)


 単なる予測だが、間違ってはいなかった。

 ヒュン! と縦に落ちるカーブ。上下に視界を揺さぶられるこの球を打つ事は至難の技だ。

 ブン! とバットが空を切るだけだった。


(3球目は、あのクセ球か)


 これも、単なる予測だ。だが、10打席も見ればある程度はわかる。サインを出しているのは桂木だが、カーブの使い方を限定している。カウントでカーブを使い、決め球に使うのをハッキリ避けている。これまで決め球にカーブを使ったのは2度、神原に粘られてカーブを投げざるを得ない状況でしか使っていない。

 理由も明白だ。パスボールを警戒しているのだろう。実際にカーブを一度、後ろにそらしている。

 藤はストレートやクセ球に比べるとカーブのコントロールがやや甘い。そのカーブを完璧にキャッチする技量が桂木にはないのだろう。いや、そもそも桂木は元は外野手で捕手ではなかった。それを求めるのは酷な話だ。

 そして、ツーストライクからパスボールが出ると振り逃げという現象が起こりえる。この特殊な対決で振り逃げがどう扱われるのかわからないが、念の為にその状況になる事を避けているのだろう。


(そして、カーブ以外にも三振を取れる球がある)


 東方の予測は外れず3球目はアウトローに落ちる球だった。

 神原はストライクゾーンからボールゾーンに逃げる球をかろうじて振らなかった。


(2年前の藤の欠点が、ここまでの武器になるとはな……)


 変えたのは、藤か桂木か……いずれにせよ自分にはなかった発想だ。

 自分の考えだけが正しいのではなく、色々な道がある。改めて、そう突き付けられる。

 4球目は、ちょっと予測がつかなかった。対角線にストレート、パスボール覚悟でカーブ、ツーストライク、ワンボールのカウントを生かしてもう一度クセ球を外してくる、どの球もありうる状況だ。

 桂木が選んだのは、対角線にストレートだった。

 それに、神原がバットを振る。

 カッ! という音がして、10打席目にして、初めて前にボールが飛んだ。

 が、それはただのピッチャーフライに終わった。

 藤が5、6歩前に出て危なげなくキャッチした。

 そして、間近にいる神原に1打席目以来、初めて声をかけた。


「まだ、続ける?」

 

 その問いに神原ではなく自分が答えた。


「いや、もう終わりだ」


 その言葉に二人が振り向いた。

 神原は悔しげな表情をしているし、藤は感情を出さない様にしている。

 その二人を見て胸が痛んだ。

 この二人にはこうやってぶつかり合うのではなく、認め合い、助け合う道もあったのだ。

 そうならなかった責任は自分にある。

 まず神原に声をかけた。


「すまない、神原。私の間違いで、こんなことになってしまった」


 そして、次は藤だ。姿勢を正し、頭を下げた。


「藤、君の努力を見なかったのは私の間違いだ。私は自分の考え方が絶対的に正しいと思い込んで、他の可能性を認めなかったんだ」

「……そうですか」

「ああ、そうだ。君の言うとおり、選手を見ることもできない無能な監督だった。本当にすまない」


  自分の謝罪に藤はしばらく無言だった。そして、


「一つだけ監督にお願いしたいことがあるんです」

「なんだ?」

「いま、三軍に俺たちの他にも一年の生徒がいるんです。まだ全然戦力にはならない奴で、でも三軍に入ってもめげずに頑張っています」

「…………」

「グランドに戻してくれとはいいません。でも、いつか日暮が、俺たちの様に自分の実力を見てくれと監督にお願いする日がやって来るかもしれません。その時は日暮のピッチングを見てやってくれませんか?」

「…………分かった。約束しよう」

「ありがとうございます」


 そう言って藤はぺこりと頭を下げた。

 そして、それがこの勝負の幕引きになった。

 こうして、ドラフトの歴史上最も荒れた日は、終わりを迎えた。







自分の小説を読んで頂き、ありがとうございます。

感想を読んで初めて気がついたのですが、25話まで書いておいて大吾が右投手か左投手か書いていませんでした。本当にうっかりしていました。自分の中では大吾は右投手でした。ですので右投手という情報を2話にさりげなく追加しました。

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