23 狂乱のドラフト会議
神原が藤に勝負を挑んだ。
康介としては頭が痛い。
気持ちは分かる。監督を節穴扱いして、甲子園で自分が投げていた方が良かった、などとのたまう藤をボロクソに打って、お前程度のピッチャーが、偉そうなこと言ってんじゃねーよ。と、言いたい気持ちは康介にだって分かる。
だが、結局の所それは、縦浜鱈野球部のゴタゴタを世間にさらすことだ。
既にかなりまずい状況なのに、更にまずい状況になりかねない。
なにより、勝ち目があるのかわからない。
正直、未だに信じられないが、埼玉マウスの監督が藤を神原と同格のピッチャーだと認めているのだ。もしも、それが事実なら勝ち目は薄い。
だから康介としては、いっそ藤が勝負を断わって欲しいのだが、
「いいよ、相手になるよ」
と、あっさりと勝負を受けた。
しかも、
「でも、いいの? 神原はピッチャーとしては凄いかもしれないけど、打撃は別に凄くないよね? 俺に有利過ぎない?」
心配してるのか挑発してるのかわからないセリフのおまけ付き。
藤のどんなつもりで言ったかはわからないが、少なくとも神原の方は挑発と受け取ったらしい。みるみると表情が険しくなった。
もう止まりそうにない。
(くそったれ、もうどうにでもなれよ)
康介はさじを投げた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
三軍の部室からキャッチャーミットとプロテクターを持って来た桂木桂馬が、それらを身に付けている。
そんな桂馬に大吾は謝った。
「ごめん桂馬。なんか面倒ごとに巻き込んだ」
「まったくだ。お前もこれからプロになるんだから、物事をオブラートに包むことを覚えた方がいいぞ」
「えっ? それ、桂馬が言うの? 因みに俺の知ってる人の中で、一番物事をストレートに言う人間の名前は、桂木桂馬って名前なんだけど……?」
「奇遇だな。俺の知ってる人間の中で、一番物事をストレートに言うのが藤大吾だ。つまり、俺たちは縦浜鱈きってのKYコンビと言う事だ。だから、まあ、周りの事なんて気にせずに圧勝するぞ」
「……意外にやる気だね、桂馬」
「自分でも意外だが、死ぬほどやる気だ。…………いや、意外でもないな。なあ、大吾。偉そうなこと言っていいなら、俺がお前を育てた」
「うん」
「そして、俺は俺が育てた大吾が、いつか縦浜鱈のグランドに戻って欲しかった。エースとしてな」
「………」
「結局、その願いは叶わなかったんだけどな。だから、今更と言えば今更なんだが、でも俺たちがずっと目標にしていたグランドで投げる訳だ。やる気も出るだろう?」
「……そうだね」
「配球は任せろ。野球オタクの真骨頂を見せてやる。逆にキャッチングはお前次第だからな。いつも通り構えた所にきっちり投げろ」
「わかった」
桂馬の準備が整ったのでマウンドに向かった。
そして、肩を作る為に軽いストレートを投げ始めた。
そんな大吾の事を、今回守備をやる事になった後輩達が、なんとも表現しづらい表情で見ている。
しばらく、ボールが風を切る音とミットのパンという音だけが辺りに響いた。
そして、準備が終わり神原が左打席に入った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
神原直樹は激情を抱きながら打席に立った。
冷静になる必要はない。直樹は感情が高ぶれば高ぶるほどプレーに反映されるタイプの選手だからだ。
そして、『敵』と視線が合った。
その『敵』である藤が勝敗方法について聞いて来た。
「どういう勝負にする? 1打席勝負だと、あんまりにもこっちが有利だ。3打席勝負くらいにする?」
その問いに直樹はちょっと迷った。1打席勝負だろうと、絶対に打つという気持ちはある。だが1打席勝負だと、たまたまの出会い頭と取られるかもしれない。しかし、3打席勝負を望むのは、1打席で打てる自信がないと思われる様で嫌だ。
そんな風に迷っていると桂木が案を出してきた。
「どちらかの気がすむまで、勝負すればいいんじゃないか? 気のすむまで戦って、負けたと思った方が負けを認めればいい」
桂木の意見に二人は反論しなかった。
「俺はそれでいいけど……神原は?」
「ああ、構わない」
そして、勝負が始まった。
いざ、対峙すると直樹の戦意は高まるばかりで、とどまる事を知らない。
(滅多打ちにする!)
内心でそう決意した。
負けられない。絶対に譲れない。あいつは監督を見る目がないと言い切った。それは直樹には到底、受け入れられない意見だ。必ず打ち崩して、あいつの言葉には実力が伴っていない事を証明しなければならない。
そんな決意を抱いてバットを握る神原。
逆に藤は冷静に見える。セットポジションの姿勢から、キャッチャーのサインに頷いて動き始めた。
軽い踏み込みと同時に、腕を回し、ボールが投げられた所でボールを見失った。
(えっ? ボールは?)
そう思った瞬間、頭上から現れたボールがミットに飛び込んだ。
(……今の球はなんだ?)
一瞬、完全に視界からボールが消えた。直樹には、今の一球がカーブであることすら分からなかった。
半ば呆然と立ち尽くしている直樹に藤が言う。
「神原。あのとき俺はね、本気で神原からエースの座を奪うつもりだったんだよ」
その言葉は淡々としたものだった。
だが、はっきりと分かった。
藤は冷静に見えるが、それは見えるだけだ。
激情に駆られているのは直樹だけじゃない。
直樹の背中を冷たい汗がつたった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【ゆるい野球ファンの集まるスレ141】
456:名無しの野球ファンさん
US放送でドラフト会議見てる? なんか凄いことになってる。
457:名無しの野球ファンさん
見てる見てる。縦浜鱈高校で決闘騒ぎになってる。
458:名無しの野球ファンさん
なに、なに? テレビ見れないんだけど、何が起きたの?
459:名無しの野球ファンさん
ドラフトで5球団から一位指名を受けた神原と突如現われた巨人藤のガチバトル。
460:名無しの野球ファンさん
458はマジでテレビ見た方がいい。
461:名無しの野球ファンさん
うるせー! 仕事が忙しくて見れないんだよ! 社畜舐めんな!
462:名無しの野球ファンさん
仕事中に何で461はこのスレにいるの? (´・_・`)