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22 狂乱のドラフト会議

 神原直樹が、その出来事を知ったのは、その出来事が起こってから2日後のことだった。

 春休み、学校の授業がなく、朝から晩まで野球漬けでいられる楽しい期間だ。

 直樹がおよそ3日ぶりに縦浜鱈のグランドに向かうと、驚くべきことが起こっていた。

 まさに目を疑った。

 なんと、常にギリギリまで髪を伸ばしている早川明が坊主頭になっていたのだ。

 高校球児が坊主というのは珍しくもないが、


「俺は髪を伸ばしてもいいから縦浜鱈にきたのさ」


 と、公言する早川がまさかの坊主頭である。

 あまりにも意外な光景に思わず早川に尋ねた。


「早川、どうしたんだ、その頭?」

「うっせーな! なんでもねーよ!」


 直樹の疑問に早川は投げやりに答えると、その話題は聞きたくないとばかりに離れていった。

 直樹には訳がわからない。いや、早川の坊主頭が、本人にとって不本意だということだけは分かった。


「あー、あんまり触れない方がいいよ」


 困った様な微妙な表情で話しかけてきたのは、野球部のマネージャーで幼馴染で恋人の花雪だった。


「どうしたんだ、あれ?」

「それがねぇ、直くん達、投手陣が遠征してる間に、ちょっとした事件が起こっちゃって……ほら三軍にさ、二人いるじゃない? それが……」


 花雪の話によると、2日前、練習中に三軍の二人が野球部に戻らせてくれと頼み込んできたらしい。より正確にはでかい方を戻らせてくれとのことだ。


(無理だろ)


 というのが直樹の率直な感想だ。

 三軍。東方監督が作った縦浜鱈独特の制度。

 それは、予算も練習スペースも強豪私立よりも劣る公立で、見込みのない者を切り捨て、見込みのある者だけに資金と指導を集中する制度。

 あからさまに野球の下手な者を区別するその制度は、人によっては非難の対象だろう。直樹も残酷だとは思う。

 だが、野球を続けていると、その種の残酷さは常に隣にある。

 何百人という部員がいようとも、レギュラーは9人だし、百を超える埼玉の野球部の中で、甲子園に進めるのは一校だけだ。何万といる高校球児の中でプロ野球に選ばれる人間は年に100人も居ない。

 野球というスポーツは常に優劣を争うように出来ている。

 それは、しょうがないことだと直樹は思っている。

 そして、そんな三軍の人間が戻らせてくれといっても監督が取り合うとは思えなかった。

 そもそも、


「三軍の選手を再びグランドに戻すことはない。だから退部を考えたほうがいい」


 と、監督は、はっきり明言しているのだ。

 事実、監督は難色を示したらしい。


「そしたら、二人は……というより桂木君の方がヒートアップしちゃって、今の大吾は直くんよりも凄い投手だとか、縦浜鱈の一軍連中なんか相手にもならないとか大声で言っちゃてさ、それに怒った早川君が、ちょうどシードバッティング中だったんだけど、二人めがけてボールを打ち込んじゃったの」

「ええっ⁉︎ 当てたのか⁉︎」

「ううん。当たらなかった。たぶん当たらない様に狙ったんだと思う。でも、一歩間違えれば大変じゃない? 怒った監督が二人に頭を下げさせて、罰として丸坊主にさせられたの」

「……それで三軍の二人は?」

「二人には、監督がお断りの返事を告げていたよ。まあ、しょうがないんじゃないかな。今、藤くんを加えたって不協和音を生むだけだろうし、それに……」


 そこで花雪は口を閉ざしたが直樹には声に出さなかった声が理解できた。


「実力差がありすぎるよな」


 その言葉に、花雪は困った顔で頷いた。

 今の縦浜鱈は東方監督の指導のもと、間違いなく過去最強チームだ。

 三軍の選手がちょっと頑張ったくらいで、追いつける様なレベルじゃない。ましてや圧倒するなどありえない。

 仮に戻れたとしても残酷なまでの実力差を味わうだけだ。

 だから、監督が二人を退けたのは、むしろ二人にとって幸いだったんじゃないかとすら思った。

 そして、新入生が加わり、険しい地区大会が始まり、甲子園で戦い抜く間に、その出来事の事はすっかり忘れ去っていた。ドラフト会議のその日まで……。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで、監督に相手にされなかった後はどうしたんですか?」

「その後は、もう高校野球に見切りをつけて大学で野球頑張ろうと考えていたんですが、ある日、同じ三軍の桂馬に、今の俺ならプロテストにも受かるんじゃないかって言われて、それで埼玉マウスの入団テストを受けることにしました」


 先ほどまで神原がインタビューを受けていた場所で、今は藤大吾がインタビューを受けている。

 しかも、テレビには藤の姿が映っている。つまりローカル局といえど全国放送の真っ最中だ。

 インタビューで藤は、記者達に問われるままに答えていた。一年時に三軍行きになったこと。その後、桂木と一緒にピッチングを磨いたこと。今年の春にグランドに戻りたいと願い出て監督に退けられたこと。今年の夏に埼玉マウスの入団テストを受けたこと、などなどだ。

 そのインタビューを、康介を始めとした縦浜鱈野球部の大半のメンバーは、苦い表情で聞いていた。

 この件は正直なところ野球部にとって、一種のスキャンダルに近いものがある。

 ドラフトに選ばれる様な選手が三軍扱いだった。不当な扱いだと責めらることは避けられないだろう。

 藤へのインタビューが終わった後は、監督も、神原も、そしておそらくキャプテンであった自分もインタビューされるだろう。そう思うと気が重い。

 また藤は、こちらに対して意図的に悪意のあるコメントをしている訳じゃないが、かといってこちらに配慮することもなかった。

 一人の記者がとんでもない質問をした。


「仮定の質問ですが、もし藤選手が神原選手の代わりに深海鮫高校に投手として投げていたら、勝敗は逆転していたと思いますか?」


 いくらなんでも、あんまりな質問だと康介は思ったが藤はあっさりと答えた。


「はい。少なくとも勝つ確率はだいぶ上がったと思います」


 どんなメンタルしてんだよこいつ? そう思ったのは康介だけじゃないはずだ。

 それと同時に、その物言いに不満を持った野球部員も康介だけじゃないはずだ。

 隣の明は、小さくだがはっきりと舌打ちした。


「それは、自分の方が神原選手よりも上だということでしょうか?」

「いえ、そうではなく、連投を重ねて疲労困憊の神原より俺の方がマシということですが……でも、実のところ、今の俺は神原を越えているんじゃないか? とは思っています」


 藤のこの発言を聞いた、記者たちは目の色を変えている。

 記者の仕事は記事を書くことだ。そして、その為によりインパクトのあるコメントを求めている。ゴシップなんて言葉まであるのだ。

 そんな彼らにとって、今の藤は誘蛾灯のごとく光輝いているのだろう。

 更に際どい質問が飛んだ。


「縦浜鱈の野球部に不満はありましたか?」

「……そうですね。野球部というより監督に不満がありました。三軍行きになったのは当時の実力からいって仕方のないことですが、三軍だって野球部です。今年の春に実力を見てくれと頼んだのに、見もせずに断られたのは間違っていると思います」

 

 はっきりとした監督への批難に、記者たちも俺たちもどよめいた。

 更に続ける。


「でも、まあ、もう終わったことです。高校野球では、まともに選手を見ることもできない監督のおかげで野球をできませんでしたが、プロ野球では精一杯頑張ろうと思います」


 その発言を聞いて康介は激しい不満を抱いた。

 お前が監督の何を知っているんだと、内心で藤のことを激しく罵倒した。

 言い換えるなら、心の中で考えただけで、行動には移さなかったのだが、そんな康介と違い行動に移した奴がいた。

 神原だ。

 神原は席を立ち、藤の隣まで行くと険しい表情で藤を睨みつけた。


「取り消せ」

「……何を?」

「監督への暴言だ。取り消せ!」


 二人の間に異様な緊迫感が生まれた。

 そして、二人が向き合うと改めて藤のデカさが目についた。恐ろしいことに180センチを越える神原が小柄に見える。


「なんで? 嘘はついていない。俺が思っていることを正直に言っただけだよ?」

「確かに、お前の件では監督は間違ったのかもしれない。でも監督はちゃんと選手を見て親身になってくれる人だ。俺もみんなも東方監督が監督だったから成長することができたし、甲子園でベスト8まで行けたんだ。たった一つの失敗で監督を否定するのは止めてくれ!」

「そのたった一つの失敗とやらで、俺はマウンドに立てなかったんだけどね……。それにベスト8まで行けた? 逆だろう? 監督のせいでベスト8で終わったんだろう?」

「お前が投げてりゃ、もっと上まで行けたって言うのか⁉︎」

「さっきも言ったけど、連投しすぎでへばった神原よりもだいぶマシだったと思うよ」

「っ! 甲子園がどれだけ厳しい場所なのか知りもしないくせに!」

「知らないよ。俺には知るチャンスなんて無かったんだから、知るわけないじゃん」

「〜〜〜〜〜〜〜〜」


 激昂した神原が藤の胸ぐらを掴みあげた。


「止めろ神原!」


 康介はとっさに前に出た。二人に近づいて神原を羽交い締めにして、藤から引き離した。高校球児が暴力沙汰など許されない。本人どころか野球部全体の迷惑となる。

 まだ、もがいている神原に小声で囁いた。


「馬鹿、生中継中だぞ」


 それを聞いた神原の力が抜けた。理性が戻ったらしい。

 康介と神原は記者たちに頭を下げて席に戻った。

 藤も頭を下げた。


「すいません、お騒がせしました。他に聞きたいことはありますか?」


 そこからは当たり障りのない質問が続いた。事件大好きな記者たちが逆に気を使っている。いや、もう記事にするには十分なネタが揃っただけかもしれないが……。

 そして、幾つの質問の後に、一人の記者がすこし変わった発言をした。


「私は、佐々木監督の言われた日本一のカーブに興味があるのですが……もし良かったら少し投球を見せてもらえませんか?」


 その発言に多くの記者が頷いた。

 確かに気になると思う。康介も自分を差し置いて選ばれた藤の投球がどれほどのものか気にはなる。

 記者の質問に藤は、


「いいですよ」


 と、頷いて体育館から出て行こうとした所で、再度事件は起こった。


「待ってくれ!」


 神原だ。


(ちょ、お前が待てよ)


 と、思う康介だったが神原は止まらない。


「今から投げるなら俺と勝負しろ! そして俺が勝ったら監督への暴言を撤回しろ!」

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