21 狂乱のドラフト会議
ドラフト会議も終盤の頃、縦浜鱈高校では、既に神原の記者会見が始まっていた。
神原は、インタビューに答える為に、記者達の前でマイクを握っている。
「東京ウォッシュベアーに決まったけど、どう感じていますか?」「このことを誰に伝えたいですか」「プロ野球で目指すことは何ですか?」
記者達が矢継ぎ早に質問を飛ばす。それに神原は、神原らしい答えを返している。その様はとても堂々としていて、緊張している様には見えない。
もっとも、今の康介は、そのやり取りを半ば上の空で聞いている。康介にとって今、大事なことは、テレビの中で終わりかけているドラフト会議だ。
高知アナコンダ 指名なし
指名を終了する球団も増えてきた。
宮崎ドルフィン 指名なし
ドルフィンも駄目だった。でも次が埼玉マウスだ。
期待と不安を抱いてマウスの発表を待った。
埼玉マウス 藤大吾 投手 縦浜鱈高校
「……………………えっ?」
つい、そんな声が出てしまった。自分が選ばれなかった悔しさよりも、不可思議な情報への困惑が先に立った。
(縦浜鱈で……藤? 誰だよ?)
藤という名前に心当たりがない。でも、なんとなく既視感がある。
後ろの後輩達もどよめいている。
「うちだぞ、おい!」「いや、でも、誰?」「3年のレギュラーに藤って、いた?」「いねえよ」「なんかの間違いか?」「でもマウスの監督、めっちゃ喜んでんぞ⁉︎」
そのどよめきは、インタビュー中の神原と記者達にも伝わった。
「ちょっとすいません」
そう断って、神原が戻ってきた。
「どうした⁉︎ うちから誰か選ばれたのか⁉︎」
それに康介が答えた。
「いや、縦浜鱈から藤って奴が指名されたんだけど……なんかの間違いじゃないか?」
「藤? どっかで聞いたことあるな…」
そう。康介もどこかで聞いたことがあるのだ。
(監督ならどうなんだろう?)
監督に視線を向けると、ギョッとする程真剣な表情をしていた。
(監督は藤を知っているのか?)
それを問い質す前に滝崎が、恐る恐るはばかる様に手を挙げて告げた。
「あのー、私知ってる。藤くん、クラスメイトだから」
「花雪は知っているのか⁉︎」
「うん。というか三軍のデカイ人って言えば、みんな分かると思う」
確かに分かった。ああ、あいつ。そんな空気が野球部員達に流れた。
(そう言えばあいつ藤って名前だったか……………えっ? あいつが?)
「なわけねーよ! あんな雑魚がドラフトで指名されるわけねーよ!」
声を荒げたのは早川だ。その荒々しい口調には、自分が選ばれなかった悔しさが混じっている。
それを察した康介も遅まきながら自覚した。
自分は選ばれなかったのだ。
今更のように、言いようの無い悔しさが湧き上がってきた。
(俺じゃなかった。そしてあいつが…なんであいつなんだ?)
康介には全く理解できなかった。いや、野球部全員に共通する思いだろう。
何故レギュラーですらない、いや野球部員とすら言えない様なあいつが指名されたのだろうと。
そんな康介達の疑問に答えたのはテレビの向こうの埼玉マウスの監督だった。
ドラフトが終わり、記者達のインタビューが始まったのだが、普通、神原や島田を奪った球団に最初のインタビューが行きそうなもんだが、今回は真っ先に埼玉マウスの監督に質問が飛んだ。
「すいません。先ほどの8位指名で佐々木監督は大変お喜びでしたが、こちらの勉強不足で藤大吾という選手に覚えがありません。一体どんな選手で、何故そこまで喜んだのでしょうか?」
勉強不足というのは、質問した記者の謙遜だ。野球好き、特に高校野球に詳しい事を買われてスポーツ部に配属された彼は、ドラフトで指名されそうな選手はほぼ把握している。流石に一字一句を覚えているわけでもないが、名前と学校名が発表されれば「お、あの選手か」 とまず分かる。
実際、藤大吾以外の全ての選手は既知の存在だったし、今年の甲子園を沸かせた縦浜鱈ナインは、レギュラー全員の名前をそらで言える。だからこそ藤大吾という選手が、イレギュラーな存在だと分かる。
記者の質問に監督が答えた。
「先ほどは失礼しました。つい、舞いあがってしまいました。藤大吾は間違いなく縦浜鱈高校の野球部員です。ですが、藤は三軍に所属していて、公式戦での登板はありません。それ故、まったくの無名ですがその実力は本物です。埼玉マウスでは、同じ縦浜鱈の神原選手に勝るとも劣らない選手だと評価しています」
監督の神原に勝るとも劣らないという発言に、テレビの向こう側もこちら側もどよめいた。
記者が質問を続けた。
「それほどの選手が何故、三軍に?」
「それは縦浜鱈野球部の事情なので、俺たちにはわかりません」
「本当に神原選手に匹敵するような選手なんですか?」
「ええ、タイプは全く違いますけどね」
「それは、一体どのような投手なんでしょうか?」
「まあ、色々と逸脱しているんですが……そうですね、カーブに限って言えば、日本一の投手だと思っています」
「日本一⁉︎」
「ええ、現役、引退選手、全てひっくるめても、藤のカーブは日本一です。あのカーブを投げたという一点だけでも藤の名前は球史に残る。それほどのカーブです。俺は、藤のカーブを一球見ただけで、あいつを指名することを決めました」
監督の発言は、聞いた者に特大の衝撃を与えた。
テレビ越しにそれを聞いた記者達は、興味津々の表情で野球部員に聞いた。
「その藤という選手は、この中にいるんでしょうか?」
その質問に誰も応えられなかった。
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「じゃあ、大吾の埼玉マウス指名を祝って乾杯!」
「はい! おめでとうございます藤先輩!」
「ありがとう、二人とも」
縦浜鱈高校の校舎の裏の裏では、3人の三軍野球部がスポーツ飲料水で乾杯していた。
「いや、指名されると聞いてはいたが……実際に大吾の名前が出ると、やっぱ違うな」
「ほんと、凄いって思いました」
「しかも、監督絶賛だったな」
そう言って、ぐっと拳を握りしめた桂馬。
「日本一のカーブって言ってました!」
そう言って、しゅっしゅっとカーブを投げる動作をする太陽。
そんな二人の賞賛が嬉しくも、少し気恥ずかしい大吾だった。
「そう言えば大吾、インタビュー受けなきゃいけないんじゃないか?」
「いや、ドラフト8だよ。必要ないんじゃないかな」
「いや、でも、あそこまでマウスの監督が絶賛すると、興味持たれるんじゃないか?」
と、その時、部室の外から足音がした。
「あの、ここです」
軽いノックと共に扉を開けたのは、元野球部マネージャーの滝崎で、彼女の後ろから記者が数名続いた。
一人が質問した。
「すいません。この中に藤大吾選手はいますか?」
その質問に、桂馬と太陽は大吾を指さした。
「俺が藤大吾ですけど…」
そう応えて立ち上がった大吾を、見上げて記者達はあぜんとした。
「……大きいですね。あの、少しインタビューよろしいですか?」
「……はい」
大吾は頷いた。




