20 狂乱のドラフト会議
日本中の関心を集めるドラフト会議も、3巡目ともなれば関心が薄れてくる。
テレビの中継もメジャー所は放送を打ち切り、ローカル所が細々と映像を流している。
各球団にせよ、大一番はすでに終わっており、あとは粛々と指名を続けている。
そんな中、埼玉マウスの佐々木監督は表面上は冷静を装っているが内心で激しい葛藤を抱えていた。
彼にとってドラフト会議は、むしろここからが本番だ。
その葛藤の大きさは、まだ指名されてはおらず、しかしもしかしたら指名されるかもしれないと期待している選手達(例えば赤坂や早川)に勝るとも劣らない。
監督3年目、ドラフト会議も3回目なのだが今年は例年にない苦痛が心身を襲っていた。
「胃がいてぇ」
そう呟いた。
理由は、はっきりと自覚している。藤大吾の事だ。無名のあいつを後回しにして他から指名する計画。今のところその計画は上手くいっている。
一位指名で神原を逃したが5球団による抽選だ。残念だが外れても仕方ない。
代わりの一位指名として一凪を獲り、二位指名で二階堂、三位指名で三沢。佐々木監督としてはまずまず希望通りの結果だと思ってる。
だが、その代わりに藤はまだ指名していない。もし今、他の球団が藤を指名したら佐々木監督にはどうしようもない。
自分が心底欲しいと願っている選手を後回しにすることが、こんなに堪えることだとは想像もしていなかった。
他球団の指名選手が呼ばれるたびに、藤ではないことを確認してホッとしている。
そして、東京ウォッシュベアーの第三指名の番が来た。
(もし神原を獲得したウォッシュが・・・今、藤を指名したら、俺は座っている椅子を持ち上げて監督のどたまにフルスイングするだろう)
冗談抜きでそう思う。
かつての打撃三冠の名が泣きそうなことを真剣に考えている。
そして、
宝船荒太 内野手 鯉口学園
(違った。藤じゃなかった)
ホッとする佐々木監督。
だが、それもつかの間の話だ。すぐに次の球団の指名がやってくる。
その絶え間ない葛藤を乗り越えて、埼玉マウスに順番が回ってきた。
予定では四島を指名する予定だ。
(どうする? いっそ藤を指名するか?)
(でも、次までに四島が残っているか?)
(無名の藤は呼ばれない。呼ばれないはずだ・・・)
悩んだ末に、決断した。
四島正木 外野手 鮭巻高校
結局、予定通りやることにした。これまで投手に片寄って指名してきたのだ。まだ荒削りとはいえ、だからこそ伸びしろが大きい四島は埼玉マウスに必要な人材だ。
(だ、大丈夫だ。やっぱり藤の存在はどこも掴んでねぇ)
佐々木監督の理性はそう判断した。もともと公式戦に出たこともない藤だ。マウスだってあっちのほうから来なければ知りもしなかった。何より、もし藤の存在が他所に知られていたら、ドラフト4位指名のこの時点で藤の名前が呼ばれていないはずがない。
だからこの決断は間違ってないはずなのだが本能はこれでいいのか? 本当にいいのか? と、問いかけてくる。
だが、もはや監督には祈ることしかできない。
(藤を呼ぶな。藤を呼ぶな。藤を呼ぶな)
高橋和希 投手 鯖影大学
(藤を呼ぶな。藤を呼ぶな。藤を呼ぶな)
佐藤朝日 内野手 鯵束工業
(藤を呼ぶな。藤を呼ぶな。藤を呼ぶな)
藤田大二朗 投手 白鯨高校
「ああ⁉︎ 何だと⁉︎」
思わず叫んでしまった。何事かと周囲の視線が集まるが、それどころじゃねえ。
(なんてこった。策士気取りで後回しになんかしてるから藤田大二朗を青森コアラにとられちまった・・・・・・・・藤田大二朗?)
頭が真っ白になった佐々木監督に隣のへッドコーチが囁いた。
「藤田大二朗、九州の白鯨高校のピッチャーです。彼ではありません」
そこでフリーズした頭が解凍された。とんだお手つきだ。
「すまない。続けてくれ」
周囲にそう言って頭を下げた。
監督のせいで中断されたドラフト会議はぎこちなくも再開された。
隣の青森コアラの監督からの、
「失礼、マウスさんも藤田を狙っていましたか?」
という問いには笑って誤魔化した。
そして次の球団の指名が発表される。
藤をドラフト8位で獲るまでには、まだ何十人と残っている。
佐々木監督の苦悩はまだまだ続く。
・・・。
・・・。
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高知アナコンダ 指名なし
宮崎ドルフィン 指名なし
ドラフト会議も7位、8位になると指名を終える球団が出てくる。
そして、次が埼玉マウスの順番だ。結局、監督は当初の予定通り藤を8位指名まで我慢した。
(長かった。マジで長かった)
佐々木監督は万感を込めながらパソコンに藤大吾の名前を打ち込んだ。
そして、
藤大吾 投手 縦浜鱈高校
その名前がパネルに表示された時、思わず監督は椅子から立ち上がりガッツポーズをした。
「いょっしゃあああっ!」
その突然の奇行に、周囲が何事かといぶしげに見てくるが知ったことか。
「おめでとうございます!」
と、同じテーブルに座るベッドコーチ達が握手を求めてきたので力一杯握り返した。
まるでドラフト1位の抽選に当たったかのようなマウスのはしゃぎっぷりは、後に『20××年 佐々木監督の一人相撲』と呼ばれ、長く語り継がれることになる。