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リメイク 02 怪物の生まれた日

ピッチャー、藤大吾はボールを受け取りながら今までの事を思い返していた。


〜 2年前の夏〜


「大吾、本当に俺の理論を目標にするのか?」

「うん。少なくとも理屈はあっていると思う」

「理屈だけだ。机上の空論ってやつだ。実戦では通じない。だから俺は三軍にいるんだ」


縦浜鱈野球部において三軍行きは遠回しな退部勧告だ。部室は使われなくなった校舎の裏の裏。辛うじてキャッチボールができるくらいの練習スペース。大吾達以外にも三軍行きはいたがもう野球に見切りをつけた。桂馬も同様だ。少なくとも選手としては見切りをつけている。大吾だけが未練がましく三軍に留まっている。


「ここじゃあ指導してくれる人もいない。それに普通にやったら全然駄目だったんだ。だったら変則を試してみてもいいかなって」

「それは自棄っぱちと変わらんぞ」


桂木桂馬はため息をつきながらもキャッチャーミットを手に取った。


「桂馬?」

「俺が提案した理論だ。だからキャッチャーの真似事くらいはやってやる」

「桂馬・・・ありがとう」


〜1年前の夏〜


「だいぶ落ちる球が安定してきたな」

「そうかな」

「ああ、それに球筋にさらに角度がついて打ちづらくなっている。・・・というよりお前身長いくつになった?」

「この前199センチだった」

「・・・元から図体だけはでかかったが、ここまで来ると才能だな。よし大吾、あと10センチ身長を伸ばせ。そうしたらもっと打ちづらくなる」

「いや、身長ばっかりはどうしようもないと思うよ?」

「そんなことはない。なんだかんだいってお前は俺の組んだトレーニングをこなしている。身長だって頑張ればあと10センチ伸びる!」

「その理屈はさすがに無理があるなぁ」


〜2週間前〜


「大吾。お前、プロのテスト受けたらどうだ?」

「へ? いきなりどうした?」

「いや、今の大吾だったらプロテストにだって受かるんじゃないかと思ってな。大学で活躍なんて悠長なこと考えてないでいっそ一足跳びにプロ目指したらどうだ?」

「んん〜。でもまだ桂馬の理論を完成できてないよ」

「ああ、確かにそうだ。でもな、俺には今の大吾が神原に劣っているとは思えないんだ」

「・・・・」

「大吾がピッチャーとして上だと断言は出来ん。身びいきもあるかもしれん。そもそも王道を行く神原と独自の道を行く大吾じゃあタイプが違いすぎて比較なんて意味のないことかもしれん。だが、それでも俺は今の大吾が負けるとは思わん。プロになる実力はあると思っている」

「・・・・・わかった。プロテスト受けてみるよ」


・・・。

・・・。

・・・。


(あれから2年・・・桂馬。俺はキャッチャーが取れない球を投げたよ)

(お前の理論が駄目ピッチャーだった俺を成長させたんだって証明してみせるよ)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


八代は先程までと一変して気合が入っていた。プロのキャッチャーとしてもうパスボールはやらかせない。

まるで敵を見るような目でマウンドに立つ大男を見つめた。

そしてサインを出した。

2球目、外の高めにストレート。

サインに頷いた男が投げ込んできた。セットポジションから一球目とかわらないサッとしたフォーム、そして高いリリースポイント。


(くっ・・・惑わされるな)


思わず下げようとしたキャッチャーミットを動かさなかった。

そして、・・・ブン! スパン!

バッターは空振り、ボールはミットに収まった。


(こ、こいつ)


3球目は外の低めにストレートを要求した。

そして、


(これはワンバン・・・いやしない!)


枠ギリギリにコントロールされたストレートが一つ目のアウトを奪った。

・・・。

・・・。


「お願いします!」


2番が気合い満点でバッターボックスに入る頃には八代は冷静な思考を取り戻し、即席の相棒の能力を把握しようとしていた。

右投げのオーバースロー。

球速は本人の言った通り130を超えていない。

だが異質だ。


(そう。こいつは凄いと言うより異質なピッチャーなんだ)

(だってほら)


スパンとボールがミットに収まった。

バッターもバットは振れどもミートはしない。


(やっぱ、あの高さで投げてくるのは意図的なんだろうな)

(コントロールもいい)

(それに・・・)


ストライク! バッターアウト!


(スピンがやばい。バットがあの遅いストレートの下を泳ぎやがる)


不思議な感覚だった。高いところから落ちてくるボールがスピンの力で浮き上がる。まるで数学の√のような軌道は初めて見る代物だ。


(凄いストレートとは思わねぇ。だが嫌なストレートだとは思っちまうな)


3番はバットを極端に短くもっていた。なんとしても当ててやろうという意図が見える。


(足もありそうだしな)

(さてどうするか・・・そう言えば落ちる球もあるっていっていたよな)


八代は低めに変化球のサインを出した。

そして、・・・ヒュン!


(うおお!)


八代は辛うじて受け止めた。


(あ? なんだ⁉︎ ストレートより速い落ちる球だと⁉︎)

(こいつは、一体なんなんだ⁉︎)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「よろしくお願いします!」


埼玉マウスへのアピールであり、自分を奮い立たせる為であり、とにかく田畑与作は元気よくバッターボックスに入った。

与作は現在20歳、農家の跡取りとして実家で農業を営んでいる。普通のサラリーマンの様に上司にペコペコする必要もない。かなりでかい土地なので収入も問題ない。両親が働き盛りなので与作があくせく働く必要もない。まだお手伝いといったところだ。

そんな彼のことを周囲は恵まれた人間だと言う。

与作自身、客観的に見て自分が恵まれているほうだと自覚している。

だが、与作は満たされない。

プロの野球選手になりたいという諦められない夢があるからだ。


(大丈夫だ。俺の実力なら受かる!)


胸の内でそう自分を鼓舞しながらピッチャーと対峙した。

その対峙したピッチャーの第一印象はとにかくでかいの一言に尽きた。


(すげー気にいらない)


そう思ってしまうのは与作が167センチと小柄な男であり、あと9センチ与作の身長があればドラフトに指名されたかもしれないからだ。

与作には高校時代、同じ部にライバルがいた。同じようなタイプの選手で同じような戦績だった。高校3年時には与作が1番、そいつが2番、安打製造コンビとして活動、甲子園まで辿りついた。甲子園で150キロを打ち返した事もある。スカウトが与作達を見に来た事もある。

でも与作は選ばれずそいつがドラフト7位に選ばれた。

与作は納得できなかった。実力も戦績もそいつに負けていなかったのになぜ選ばれたのが自分ではなくあいつなのか?

だから、監督を問い詰めた。監督はスカウトと色々話し合っていたから。

監督は言いずらそうにしていたが与作が必死の問い詰めに折れて理由を告げた。


「お前の体格はプロ野球では小柄だ。身長が175のあいつの方が伸びしろがあるって判断だ」


その理由は到底納得できなかった。

実力で劣るなら納得できる。実績で劣るならしょうがない。でも背が低いから・・・背が低いからってなんだよ⁉︎

と、納得できなかった与作は高校卒業後も農作業をそこそこにトレーニングに明け暮れた。

そして、入団テストという低い可能性にかけたのだ。


(ぜってー、このデカブツの球を打ってやる!)


そう意気込む与作だった。

が・・・、

ヒュッ・・・パン!

1球目をなす術なく見送ってしまった。


(ボールが・・・降ってきやがる)


今まで見たこともない高さから投げられるストレートに飲まれてしまった。


(落ち着け! 落ち着け! 落ち着け! 打てないようなスピードじゃないだろう!)


必死に集中を高めてこの巨人と向き合うが、振り回したバットはボールにかすりもしなかった。


(ちくしょう、打てないスピードじゃないのに!)


ほぞを噛みながら、バットを強く握った。

この試合は与作に4打席与えられる訳じゃない。次のチャンスなど無くてもおかしくないのだ。

そして3球目、インハイぎりぎりに投げられた球を腕をたたみながらバットを振り抜いた。

が、ブンッとバットは空を切っただけだった。


(・・・終わった)


なんとなく、そう確信した。

そして、背が高いということは利点なのだと納得した。

納得せざるを得なかった。

主審のコールを他人事のように聞きながらベンチに戻る与作。途中一度だけマウンドを振り返った。

何度見てもでかい男だった。


(ちぇっ。その無駄にでかい身長・・いっそ10センチくらい分けてくれよ)


それは与作にとって、全く生産的でない考え方だが、掛け値なしの本音だった。


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