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18 狂乱のドラフト会議

10月も終わり頃、ドラフト会議当日。

赤坂康介、元野球部キャプテンは久しぶりに試合用の縦浜鱈の名前入りユニフォームに着替えて体育館に向かった。

時間は16時40分、程なくしてドラフト会議が始まる。

体育館に入ると、中は普段と様変わりしていた。いつもならいるはずのバスケ部やバレー部の面々は事前に連絡してお休みとなっている。

代わりに、カメラマンや記者といった面々が、多数入り込んでいる。

体育館の奥にテレビで見かける様な取材を受ける為の台やマイクが用意されている。脇にはドラフト会議を写す為の大型のテレビが備え付けてある。

そこから正面、体育館の中央は記者用の椅子が並べられていて、既に幾人もの記者達が座って今か今かと待ち構えている。

そして右側には縦浜鱈野球部の面々が座る為の椅子が並べられており、今日の準備を手伝った後輩達は既に椅子に座っているし、康介よりも早く体育館に到着していた同期の奴らもちらほらと見えた。みんな俺たちのエースの門出を祝う為に集まっている。

康介が部員達の席に向かうと、あちらは軽く挨拶してきたので康介も軽く返した。席順は基本的に決まっておらず、前から詰めていっているが、最前列の右から5席は空いていた。座る人間が決まっているのだ。康介もその5人の一人だ。

椅子の近くまでいって康介はちょっと迷った。つまらない事だが、どうせなら4番目の席に座りたい。だが、6番目が既に埋まっているのに、一つ開けて座るのもおかしいだろう。諦めて5番目の席に座った。

座ってから改めて中央の記者達を見た。確実に50は超えている記者の数。これらは全て神原を取材しに来たのだ。同期でチームメイトだったとはいえ、歴然とした格の違いを感じずにはいられない。

そんな事を考えていた康介に、後ろに座っていた後輩が声をかけて来た。


「キャプテン、いよいよですね。応援しています」


もうキャプテンではないのだが、今だにキャプテンと呼ばれる。一度築かれた関係は容易には変わらない。ちょっと苦笑しながら後輩に返した。


「といっても主役は神原だし、俺が指名される可能性は限りなく低いと思うぞ」

「なにいってんすか? 甲子園でばっちり活躍したじゃないですか。指名される可能性は充分ありますよ。それに知ってますか? 埼玉マウスが縦浜鱈から2人指名するって噂ですよ」

「それ、あくまで噂だろ。信頼なんてできないって」


口ではそう返したが内心ではしっかりと期待している。埼玉マウスに指名されたい。いや、埼玉マウスでなくてもどこでもいい。プロ野球選手になりたい。そう思っている。

可能性が全くない訳ではないと思う。それに康介が最前列に座っているのはいざ指名された時の為なのだ。

ただ神原と違って確実に指名される訳ではない。噂にしたって、仮に本当だったとしても康介であるとは限らないのだ。

だから、指名が決まった後ならともかく始まる前から騒ぎたくはないのだが、興奮した後輩は康介を煽ってくる。ちょっと困っていたら、


「そのくらいにしておけ」


聞き覚えのある声が後輩を制止した。東方監督だ。

監督に気付いた後輩達が立ち上がって挨拶した。康介も立ち上がり挨拶をした。


「おはようございます。監督」

「ああ、おはよう」


挨拶を交わした監督は、普段と変わらぬ口調で康介に告げた。


「あまり期待しない方がいい。赤坂や早川が指名される可能性はあまり無いと思う」

「・・・はい」


それだけを言って監督は、監督の指定席、最前列の1番右側に座った。

康介も椅子に座りなおした。


「・・・・・・・・・」


正直、今のセリフはキツかった。あの人の言葉に嘘は無いからだ。

強豪私立がひしめく埼玉で、勝てる公立と呼ばれる野球部を作り上げた東方監督。

監督はちゃんと選手をよく見ている。その上で事実をはっきりと伝える。曖昧な表現で誤魔化したりはしない。

トレーニングメニューだって、全体練習以外にも選手の能力を見た上で選手に合わせてカスタマイズする。そのチョイスが適切だ。

だからこそ康介達は、強豪私立を押しのけて甲子園で戦えるほど成長したのだし、入学前から評価が高かったとはいえ、そこから神原が超高校級にまで成長したのは間違いなく東方監督の手腕だ。

そんな監督なだけに、あまり可能性は無いと言う言葉は本当のことなのだろう。少なくとも監督はそう判断している。でも今回ばかりは、嘘でも希望があるって言って欲しかったと思わなくもない。


(でも、あまり無いってことは可能性が全くないってことでもないし・・・)


悶々と考え込んでいると、


「おはよー」


明るい声が響いてきた。それに挨拶を返す後輩達が、若干意気込んでいるように聞こえるのは康介の気のせいだろうか?

滝崎花雪。かゆきではなくはなゆき。康介と同じ高校3年生で、かつては野球部のマネージャーだった。

滝崎は監督には、


「おはようございます」


と、しっかり挨拶して最前列の右側から3番目に座った。

彼女に話しかけようと話題を探して、でも結局無難なセリフしか出なかった。


「滝崎、神原は一緒じゃないのか」

「直くん? ううん、別行動」

「そろそろ始まるのにな」

「あー、直くんあれで、以外と緊張しーだからね。人影のないところで深呼吸でもしてるのかも」


そう言ってけらけらと魅力的な笑顔で笑う滝崎。

ほんとかよ? と、康介は思った。

キャプテンである康介とエースの神原は一緒にインタビューを受けることもあったが、緊張で硬くなるタイプの康介と違って神原は自然体で堂々と話す。

間違っても緊張なんてするタイプに見えないのだが、恋人から見た神原にはそんな一面もあるのかもしれない。

そう、滝崎と神原は付き合っている。もともと幼馴染で、そのまま成長するにつれて恋人関係に移行したらしい。彼女が最前列にいるのも、神原がドラフトの時、隣にいてほしいと滝崎にお願いしたからだ。

因みにこれは噂なのだが、神原が縦浜鱈に入学したのも滝崎が原因らしい。

滝崎は小学生の頃野球少女だったらしく、神原と同じリトルリーグで活躍していたらしい。

だが、女の子は甲子園を目指せない。

当時の滝崎と神原は、


「どんなに頑張っても私は甲子園に行けないんだよ!」

「だったら、俺が花雪を甲子園に連れていく!」


という、お前らどこの漫画の主人公とヒロインだよ⁉︎

と、言いたくなる様なやりとりがあったそうで、結果、神原は強豪私立からの特待の話を蹴って公立の縦浜鱈に入学したらしい。

そんな滝崎は実のところモテる。特に野球部の連中に。まあ美人で、野球が大好きで、マネージャーの仕事頑張っていて、練習の時も試合の時も笑顔で励ましてくれる滝崎だ。

朝から晩まで、授業以外は野球漬けの連中はそりゃ惚れるだろう。

だが、恋敵が神原となれば諦めるしかなく、大半は思いを隠して、ごく一部は玉砕覚悟でやっぱり玉砕という結果になっている。

そのごく一部がやってきた。


「お、滝崎の隣空いてる。ラッキー」

「早川くん、おはよー」


そう言って右から4番目、康介と滝崎の間に座ったのは早川明。かつての縦浜鱈野球部不動の1番で、今日のドラフト会議で康介のライバルと呼ぶべき奴だ。

かつて滝崎に告白して盛大に振られたのに、その後も変わらぬ距離感で二人が話しているのは康介には不思議でならない。

そして、早川明はカッコつけである。


「明、髪切ってこなかったのか?」

「ざけんな康介、伸ばしてんのになんで切らなきゃならないんだよ」


もともと縦浜鱈は坊主主義ではない。そこら辺、東方監督は拘らない。といってもあまり長すぎるのはNGだった。

明はそのルールの中で可能な限り髪を伸ばしていたが、引退からは更に伸ばしている。

だが、今日は明がドラフトで指名されるかもしれないのだ。しかもその場合、神原のおまけで中央の取材陣にカメラを回されるだろう。


「お前が指名されるかもしれないんだぞ? 短く刈っといた方が無難じゃないか」

「へーへー、相変わらずの安全運転ですなー」


明の言葉にむかっときた。


「別にどんなに髪を伸ばしても、お前はエセイケメン止まりだけどな」

「わかってないねー康介くん。自分はモテないと努力もしない普通より、モテる為の努力をするエセイケメンの方が何倍もかっこいいつーの。なあ滝崎、滝崎ならどっちがいいよ」


なっ⁉︎ お前滝崎にそんな話題を振るのかよ⁉︎


明に聞かれた滝崎はしばらく「ん〜〜」 と唸っていたがやがて答えを出した。


「努力は大事だと思うから、その二人だったらエセイケメンの方がいいかな」


その言葉はぐさっときた。モテる努力もしない普通という言葉に康介は当てはまるからだ。

明が勝ち誇った顔で康介を見た。

それに何もいい返せないでいると、滝崎がおぞましいことを言ってきた。


「相変わらず二人は、喧嘩するほど仲がいいですねー」


俺と明は同時に顰めっ面になった。冗談じゃない。


「その表現は止めてくれ滝崎」


明が言って康介も頷いた。


「でも二人は幼馴染なんでしょ? いつも口喧嘩してるけど、リトルから高校までずっと一緒なんでしょ?」


そんなことを真顔で言う滝崎。

確かに康介と明は幼馴染と言えなくもない関係だ。

家が近所でガキの頃は一緒によく遊んだ。リトルにも一緒に入った。シニアも一緒だった。そして、申し合わせた訳じゃないけど、高校まで一緒で同じ野球部だ。確かに幼馴染と言えなくもない。でも康介に言わせれば只の腐れ縁だ。

そのことを明が指摘する。


「いやいや滝崎。そんな幼馴染とか良いもんじゃないから。高校が一緒だったのは偶々だから。むしろ、こいつは金魚のフン的なもんだから」

「ふざけんな! 進路の提出は俺の方が早かったよ! お前の方がよっぽど金魚のフンだ!」

「ああん⁉︎」


お互いの言葉にカチンときていると、滝崎は呆れた様にため息をついた。


「あーあー、縦浜鱈野球部黄金世代のキャプテンとトップバッターが喧嘩ばっかりの関係とか・・後輩の人たち、がっかりですよ」


ぐっ⁉︎ 滝崎にがっかりとか言われると堪える。


「だったら、どんな関係がいいつーんですかね、マネージャー様は?」


明の質問に滝崎は再度「ん〜〜」と、考え込み、やがて答えを出した。


「もっと爽やかな関係。例えば今日二人は、どっちかが指名されるかもしれないじゃん? そこで友情ですよ。夕日が沈む河原で『俺とお前どっちが指名されても恨みっこなしだ』『ああ、選ばれた奴は選ばれなかった方の分まで頑張ろう』とか誓っちゃう古き良きライバル関係がいいと思います」

「「・・・・・・」」


滝崎は冗談のつもりで言ったのだろう。それは口調でわかる。でも康介と明は黙り込んでしまった。なぜなら・・・。


「えーと、冗談のつもりだったんだけど・・・ひょっとして本当にやってたりして?」


二人の沈黙から察した滝崎が恐る恐る聞いてきたが二人は何も返せない。

なぜなら、滝崎の言った通りの事を実際にやったからだ。夕日の河原でこそなかったが、ほとんどそっくりそのままのやりとりを交わしている。

なんというか、指名されるかもしれない期待だったり、指名されないかもしれない不安だったり、身近なあいつがライバルだったりするアレコレで、そういうテンションになってしまったのだ。

俺たちの沈黙が何よりも雄弁に語ってしまった。

色々と察した滝崎がすごく形容しづらい表情で、


「そうですか、やっていましたか。・・・えー。いいと思うよそういうの。野球選手たるもの、そういう恥ずかしエピソードの一つや二つは持っとくもんだよ」


(恥ずかしエピソードって言うな! お前と神原の方がよっぽど恥ずかしいわ!)


康介は3日前の黒歴史を消し去りたいと心底思った。


滝崎は更に呟いた。


「若いって、いいですねー」


その呟きに康介は、


(お前の方が年下だろ、3月生まれ⁉︎)


そう返そうとして、でも只の野球部員とマネージャーの関係で誕生日を把握しているのはどうだろうと思い何も言わなかった。

そしたら明が言った。


「滝崎が1番年下じゃねーか」


(・・・・・・・なんか負けた気がする)


そんな風に謎の敗北感を感じていたその時だ。体育館中央の取材陣がどよめいた。時折、シャッターの切られる音も聞こえる。

振り返る前から理由が分かった。主役がやって来たのだ。

神原直樹。俺と同じように髪を切っているのに俺は普通、あいつはイケメンと理不尽な存在。

世間から今年のドラフト会議で、春夏連覇の深海鮫高校の元4番島田と、どちらがより多くの一位指名を受けるか注目されている人気者。

そんなあいつはちょっと急ぎ足でやってきた。

まず監督に挨拶して、次は滝崎に謝った。


「ごめん、遅くなった」

「ギリギリ、どうしたの直くん?」

「いや、ちょっと校長先生に捕まっていて、サイン書いてた」

「そっかー・・・」


ごく普通に話す神原。これから神原の人生を変える出来事が起こるというのに、康介よりよっぽど自然体だ。

そして、滝崎の次に康介達に話しかけてきた。


「赤坂、早川、今日は頑張ろうな」

「いやいや、俺と康介は、正直可能性低いっしょ」

「そんなことないさ。二人の実力は俺が一番良く知っている。もしかしたら3人とも指名されるかもしれないじゃないか」


神原も監督と同じで嘘はつかない。だが根がポジティブなので判断に希望的観測が混じる。


「流石にそれはありえないと思うぞ。それに監督は俺も明も可能性はあまりないって言ってたぞ」


康介の言葉に神原は「えっ⁉︎」って顔をした。因みにその時いなかった明も同じ表情になった。

神原は東方監督を敬い信じている。多分、俺たちの中で一番。

どれくらい信じているかと言うと、ある時滝崎が、


「直くんの監督信仰には嫉妬しちゃいます」


と、冗談めかすぐらいには信じている。

今回も監督の言葉を信じてうなだれた。


「そうか・・・同じチームになるか敵チームになるかわからないけど、一緒にプロ野球頑張れると思っていたのに、駄目なのか・・・」


(いや、まだ駄目だと決まった訳じゃねーからな?)


ドラフト前に持ち上げられるのも困るのだが、こうやってマジで残念がられてもまた困るのだ。

そんな風に、ナイーブ真っ盛りの康介が考えていると神原が、


「でもな、俺から4番を奪ったのは赤坂だからな?」


と、そんなことを言った。更に続ける。


「2年の時はエースで4番だったのに、今年はお前のせいで5番だった。あれ、滅茶苦茶悔しかったんだからな? でもお前が4番だったから、今年は甲子園でベスト8まで行けたんだ。だからプロになれなくてもお前が凄い奴ってことはほんとだぞ」

「・・・・」


唐突にそのセリフはずるいだろう。

康介は黙った。口を開けは変な事しか出てこない確信がある。

そこに滝崎が口を挟んだ。


「はいはい。直くんそこまで。まだドラフト会議は始まってもいないんだから、結果もわからない内に落ちる前提の話はよくないよ」

「おお。そうだな」


神原は滝崎の言葉に頷き、自分の席(監督と滝崎の間)に座った。

それとほぼ同時にテレビがつけられた。

現在16時50分。

今からドラフト会議が始まる。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜同時刻、縦浜鱈高校の校舎の裏の裏〜


「そろそろ始まるな。ラジオつけるぞ」

「き、緊張してきました」

「日暮くん大丈夫? 深呼吸して落ち着こう」

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