15 新たなる三軍
「へやっ!」
太陽の全力ストレートがスポンとキャッチャーミットにおさまった。
「・・・・・」
「ナイスボール」
「おい待て大吾、嘘を言うな嘘を!」
「嘘じゃないよ。野球歴半年でストライクに来るんだから悪くないよ」
「それはそうだが・・・」
およそ100キロ少々のストレートはちょっと野球が上手い小学生でも打てそうだ。
「次、スライダー行きます!」
ポス。
「スプリット行きます!」
ポス。
そのまま、しばらく続いた。
そして、
「桂先輩。藤先輩。どうでしょうか僕のピッチング?」
不安そうな太陽に大吾が親指を立てながら言った。
「ナイスピッチング」
「だ〜〜い〜〜ご〜〜!」
「いや、でもスライダーもスプリットもちゃんと曲がっていたよ?」
「高校野球で通じるレベルじゃないだろう!」
「まあ、だから三軍・・・でも、これから鍛えればいいんじゃないかな?」
「簡単に言うな! 野球のトレーニングはきつい奴ばかりだぞ⁉︎ どれだけ上手くなろうが試合に出れないのにきつい訓練だけやらせられるか⁉︎ それに今年で俺たちは卒業だ。その後一人じゃキャッチボールすらできんぞ」
大吾にも桂馬の言いたいことはわかる。この先どうせ行き詰まるなら今諦めさせた方がいいと考えているのだろう。それはわかる。
でも、
「日暮くんが野球をやるか辞めるかを決めるのは日暮くんだよ。桂馬じゃない」
「・・・・」
「難しく考える必要はないんじゃないかな? 俺たちがいる間は一緒にやってアドバイスすればいい。それだけでいいと思う」
「・・・全く、無責任ないいぐさだ」
はあっとため息をつく桂馬。付き合いの長い大吾にはそれで桂馬の気持ちが変わったことがわかる。
「おい。日暮!」
桂馬は手招きして、太陽を呼び寄せた。
そして、
「日暮、お前のピッチングを見せて貰った」
「は、はい」
「結論から言うが全然駄目だな。話にならない」
「えええ⁉︎」
「まずピッチングどうこうの前にフィジカルが足りていない。運動部に入ったのは高校からか? いまのお前はまだアスリートとは呼べない。そんなレベルだ」
「・・・はい」
太陽は俯いてしまった。
だが、桂馬の話には続きがあった。
「だが、人の体というものは基本的に物理学がまかり通っている。1+1が3になることはありえない」
「はい?」
「適切な負荷をかけ適切な栄養を取れば人間誰でも、ムキムキのボディービルダーになれるということだ。もちろん日暮、お前もな」
「はあ・・・ムキムキ」
太陽は桂馬の言いたいことがわからず混乱している。
「要するにだな。日暮さえよければ俺が日暮の練習メニューを組んでやる。野球選手にふさわしいフィジカルを目指してみないか?」
そこで太陽は桂馬の言いたいことがわかった。嬉しそうにブンブンと首を縦に振る。
「は、はい。よろしくお願いします」
それが縦浜鱈野球部三軍に新しい人材が入った瞬間だった。
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「へや!」
太陽の投げたボールは地面を転々と転がった。
「あれ? 全然駄目だ・・・」
意外そうに太陽は呟いた。
一体何をやっているのかと言えばカーブの練習である。
神原の影響でスライダーとスプリットを投げていた太陽だったが、大吾のピッチングを見てカーブも投げたくなったのだ。ミーハーな少年である。
「へや!」
今度はすっぽ抜けた。
「あれえ? なんでだろう? 上手くいかない」
そんな太陽を二人はほほえましく見ている。
「無茶な後輩だ。カーブは難しい変化球だ。一朝一夕で投げられるわけがない」
「教えないの? そのこと?」
「まあ、思考錯誤することも必要だろう。それに『あっち』じゃ、なかなか投げる機会もなかったんだろう。好きに投げさせてやろう」
「なるほど」
と、筋トレと球拾いばかりでなかなかピッチング練習の機会もなかった後輩に自由に投げさせている。
なんだかんだいって後輩が入って嬉しいのだ。素直で先輩である二人を尊敬しているとなれば尚更だ。
そんな時だ。
「へやっ!」
太陽の投げたボールが綺麗な弧を描いた。
出来た。と、太陽ははしゃいだ。
「・・・」
「・・・あれ?」
それを見た二人が固まった。
「偶然か? ・・・日暮。もう一回カーブこい」
「はい。桂木先輩」
頷いた太陽が再度カーブを投げる。
「へやっっ!」
ボールはまたもや綺麗な弧を描いてミットにおさまった。桂馬は信じられない気持ちでボールを捕球した。大吾の化け物カーブとは比べものになるはずもないが、それでも普通にカーブだった。
「・・・大吾。お前はカーブを習得するのにどれだけ時間がかかったっけ?」
「・・だいたい3ヶ月。凄く習得が早いって桂馬がいってた」
「ああ、俺も言った覚えがあるな・・・」
それから桂馬が何度カーブを要求しても普通にカーブが来た。
どうも、本当にカーブを習得してしまったらしい。
いや、それだけじゃない。まだ使い物にならないレベルだがスライダーもスプリットも普通に形になっていた。
「野球を始めて半年で3つ変化球か・・・日暮は凄く手先が器用な奴なのか?」
「そういえば、中学では手芸部だったってさっき聞いた」
「手芸⁉︎ そんなもん野球に関係あるか⁉︎」
「・・・もしかしたら、指先のトレーニングに近い物があるんじゃないかな」
そんな馬鹿なと言いたいところだが、否定出来るだけの根拠もなかった。
まあ、なんにせよ、
「もし日暮にフィジカルが備わったら、いいピッチャーになれるかもな」
桂馬は漠然とそう思った。