14 新たなる三軍
「諦めろ後輩。お前がグランドに戻る可能性は万に一つもない」
桂木桂馬先輩は太陽の事情を聞いたあとハッキリとそう言った。
太陽はショックで頭の中がぐらぐらした。そのまましばらく無言だったがハッと我に返った。
「でも! 今の僕は野球が下手ですけど、頑張って野球が上手くなればきっと・・・!」
縋るように吐き出した言葉は斬って捨てられた。
「無駄だ。お前がこの先どれだけ野球が上達しようとも監督は取り合わない。隣の大吾を見てみろ」
「藤先輩?」
「ああ、大吾は見ての通りの2メートル越えの身長と鍛えに鍛えた筋力という圧倒的なフィジカルを持つ逸材だ。今年の夏に埼玉マウスの入団テストにも合格してドラフトで指名される事が決まっている。つまり、この縦浜鱈の一軍連中より遥かに格上だ。それこそ大吾と優劣を競えるのは神原くらいだ。だというのにあの監督は俺たちが実力を見てもらうよう頼んだとき、『今年も本気で甲子園を目指しているんだ。悪いが三軍に関わる時間はないんだ』と、取り合わなかったんだ。プロになる大吾が駄目だったんだぞ。これから日暮がどれだけ上達しようが監督がとりあわない事は目に・・・」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って下さい!」
太陽は桂木先輩の話を遮った。
「なんだ?」
「いや・・・あの・・その・・・プロ野球選手? ・・・藤先輩がプロ野球選手⁉︎」
「ああ、そうだが、・・・大吾。この後輩にプロになることを話してなかったのか?」
「話してない。というより、ドラフトまで周囲には内緒にしておいてくれって頼まれているから言っちゃ駄目なんだけど・・・」
「俺は知ってるぞ?」
「桂馬はいいんだ」
「そうか、でも黙っていてくれってのは要するに他の球団に大吾の事が知れ渡って取り合いになるのが嫌なんだろう? ならいっそ大々的にアピールすれば他の球団も大吾にアプローチをかけてくるんじゃないか? どうせなら強いチームに入った方が良くないか?」
「いや、そういうのはいいよ。埼玉マウス嫌いじゃないし、それに地元だからね」
「そうか、わかった。おい後輩、今の話は内緒にしておいてくれ」
「ええええええっ⁉︎」
(プロ! ・・・プロ野球⁉︎)
プロ野球という言葉がぐるぐると頭を回る。
当たり前の話だがプロ野球選手とは野球が凄く上手い人がなるものだ。
例えば甲子園で活躍した神原先輩がプロ野球入りというのは分かる。だが、三軍の藤先輩がプロ野球入りというのはわからない。
(嘘か冗談? でも・・・・・)
「藤先輩・・・藤先輩もピッチャーなんですよね⁉︎ あの・・その・投げるところ見せてもらえませんか?」
そう太陽はお願いした。この目で見なければ信じられない。
「いいよ」
大吾は短く了承した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
バン! と、大吾が投げた球がキャッチャーミットにおさまった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
その球をバッターの位置で箒を構えながら見ていた太陽は強く唇を噛み締めた。口を開いていたら魂が抜けてしまいそうだ。
ちなみに何故バットではなく箒を構えているのかといえば理由はシンプルでここにはバットがないのだ。どうもここではピッチングだけに力を注いでいるらしい。
その小さな箱庭で育てあげられた藤先輩の球は太陽の度胆を抜いた。
バン! インハイに来た球はより一層度胆を抜いた。
(凄い・・・こんな球見たことないや・・・)
そう思う。
太陽はバッターボックスの位置で神原先輩の球を見たことがない。一年のド下手の球拾いにそんな機会は訪れなかったのだ。だから神原先輩と藤先輩を比較することはできない。
けれど、2年生のピッチャーと対峙したことはある。その2年生は夏の大会では背番号を貰っていて、神原先輩が引退した今では新しいエース候補だ。
因みにその時太陽は三振した。こんなに凄い球を投げるんだと感心したものだが今の藤先輩の球の方がはるかに凄い。スピードは同じくらいかもしれない。でも藤先輩の球には威圧感がある。正直、恐怖で腰が引けている。
「次、カーブ来い」
キャッチャーを務めている桂木先輩が藤先輩に変化球を要求した。
それに藤先輩は頷いている。
そして、振りかぶって投げた。
でも、投げられた筈のボールがどこにもない。
(えっ? ボールは?)
そんな風に戸惑う太陽の頭上からボールが降ってきた。
「うわっ!」
いきなり視界の外から視界に入ってきたボールに思わずのけ反ってしまった。
バランスを崩して尻餅をつく太陽。
(こんなの・・・こんなの打てる訳がない!)
「大丈夫か日暮?」
「あっ、はい大丈夫です」
地面に座ったまま惚けていた太陽は慌てて尻の土を払って立ち上がった。
「桂木先輩」
「なんだ?」
「藤先輩は一年の時は野球下手だったんですよね? だから三軍なんですよね?」
「そうだな。一年の時の大吾は野球下手だったな」
「それから、ここで練習してプロ野球選手になるまで上手くなったんですよね?」
太陽はもう藤先輩がプロの世界に行くことを疑ってはいなかった。
(なら、僕だって頑張れば・・・)
そんな思いが、
「桂馬先輩、僕のピッチングを見てもらえませんか?」
という言葉を紡ぎ出した。
だが、そんな太陽の内心を読んだように、
「柳の下にドジョウは2匹もいないもんだぞ」
という返事が返ってきた。
「・・・・・」
いいたいことは分かる。分かるのだが・・・、
と、そこで藤先輩の押せば助けてくれるというアドバイスを思い出した。
だから勇気を出して一歩強くでた。
「お願いします。僕はまだ野球を諦めたくないんです!」
「・・・・はぁ。・・・見もしないで否定したらあの監督と一緒か・・・わかったよ。大吾と代われ」
「あ、ありがとうございます!」