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13 新たなる三軍

8月も終わり頃、早朝。


「あううううっ」


縦浜鱈高校一年野球部員の日暮太陽は情けない声を上げながらグランドから遠く離れた校舎の裏の裏にいた。

つい昨日、野球部で一軍、二軍、そして三軍のクラス分けが行われ日暮太陽とあと数名は三軍行きを宣告された。

監督は三軍行きとしか言わなかったが、それが遠回しな退部勧告であるということは野球部にとって暗黙の了解として知れ渡っている。

昨夜はちょっぴり泣いた。

それでも野球に未練がある太陽は三軍の部室に足を運んだのだが、ボロい部室とその手前にある申し訳程度のスペースに絶望せざるを得なかった。

こうなると、昨日の時点で退部を選んだ三軍仲間達の方が賢明だと思わざるを得ない。


(でも・・・でも・・・!)


どうにもならないと思いつつも、諦め悪く一縷の希望を求めている。そんな自分が馬鹿馬鹿しくそれでも退部したくない。色んな気持ちが入り混じった複雑な心境だ。


「と、とにかく部室に入ろう」


そう決心して部室のドアに手をかけた。

鍵はかかっていなかった。

ギイっと錆びれた音を立てるドアを開いて中に入ると意外な光景が広がっていた。


「あれ?」


ホコリだらけのカビだらけを想像していた太陽だったが室内は整理され掃除もきっちりされていた。そして部屋の隅には色々な道具が置かれていた。おそらくは訓練道具だと想像はつくのだが太陽は今まで見たことも触ったこともないような代物も多々ある。


「・・・・・・・」


予想外の光景に固まっていると後ろから声をかけられた。


「あれ桂馬? 今日は午後からじゃ・・・・・えっ、誰?」


声をかけられ慌てて振り向くと、男が一人部屋の中に入ってきた。

でかい。と、まず太陽は思った。どちらかといえば小柄な太陽は思いっきり見上げなければならなかった。

そしてその身長だけで、すぐ相手の正体も察しがついた。野球部で密かに語られている三年の三軍の人だ。確か名前はウド。


「す、すいません勝手に入って! ぼ、僕は昨日三軍行きと言われた日暮太陽ですウド先輩!」

「・・・・・俺の名前、藤大吾なんだけど」

「えっ?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「すいません! すいません!」


名前を間違えて呼んだ太陽はひたすらに頭を下げた。というより勘違いしていたウドがウドの大木という表現からきていることに気づいたのだ。

もちろん藤先輩もそれに気づいているのだろうけど、


「いや、気にしなくていいよ」


と、怒る様子はなかった。太陽は内心でほっとした。


「そうか、三年が引退して新体制になったんだ。それで日暮君はここに来たんだ?」

「・・・はい」

「三軍行きは日暮君だけ?」

「いえ、僕の他にも10人近く三軍行きと言われたんですけど、みんな野球部を辞めちゃいました」

「だろうね」


藤先輩の同情するような口調にますます太陽はへこんだ。


「藤先輩? 僕、どうしたらいいんでしょう?」

「うーん。俺もあっちには戻れなかったし・・・・・あっ、そうだ! 桂馬に相談したらどうかな?」

「桂馬?」

「うん桂木桂馬。もう一人の三軍なんだけど俺と違って頭いいから日暮君にもいいアドバイスくれると思うよ」

「・・・わかりました。その桂木さんに相談してみます」

「それがいいと思うよ。桂馬は午後には顔を出すからそれまでは一緒にトレーニングする?」

「えっと・・・じゃあ、お願いします」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「次は指先の訓練をするから、これとこれとこれを外に持っていってくれる?」

「はい。わかりました」


太陽は藤先輩に言われて部屋の隅に並んでいた器具を外に持ち出した。そして、指示どおり一列に並べる。

初めて扱う器具も多くワクワクする。


「端から順番に30回、その後30秒休んで次の道具でまた30回。それを繰り返して最後まで行ったら最初に戻ってまたスタート。使い方がわからない奴もあるだろうから最初の一周は見てて」

「はい!」

「じゃ、はじめるよ」


そういって先輩は指先の鍛錬を始めた。太陽はその様子を見ながら、内心で驚いていた。


(この人、凄い練習するなぁ! 三軍なのに⁉︎)


最初に練習メニューを見せもらったが一軍や二軍の練習メニューより明らかに多い。

人数とスペースの関係上、ノックなどはやれず練習メニューが限られているのだがその分柔軟やランニングに力を入れている。

その体つきも近くで見るとでかいだけじゃなく鍛えていることがよくわかる。

そのことは素直に尊敬したが、同時に憐れみの感情も湧いてきた。


(藤先輩、こんなに頑張っているのにあっちに戻れなかったんだ)

(あああっ!他人事じゃないや!)


そんな事を考えている内に先輩は一周目を終えた。


「じゃあ、日暮くん。こんな感じで一緒にやってみやよう」

「は、はい」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「へー。じゃあ日暮くんは神原に憧れてピッチャーになったのか?」


昼食を一緒に取りながら野球のことを話した。藤先輩はでかい体格をしているけど顔つきも物腰もどちらかというと穏やかな感じなのでビビリの太陽でも気兼ねなく話せた。


「はい、去年の甲子園を見て神原先輩に憧れたんです。でも高校から野球を始めてもみんなに全然ついていけなくて・・・」

「まだ始めて半年も経ってないんだからしょうがない。まだ全然才能がないとか嘆くような所じゃないよ」

「そうですか・・・そうですよね!」


気を使ってもらっただけかもしれないがそれでも気持ちが前向きになった。


「ところで、あっちでは三年生は引退したんですけど藤先輩と桂木先輩は部活続けていいんですか?」

「監督ここには来ないから。それに俺は高校を卒業した後も野球を続けるつもりなんだ。だから卒業まではこの場所を使いたい」

「えっ、でも、受験とかは?」

「・・・俺も桂馬も進路決まっているから」

「そうなんですか! 凄いですね!」


そんな風に話していると、誰かがこの校舎裏にやってきた。


「あ、桂馬だ」


どうやらあの人が桂木先輩らしい。なんかピシッとした印象だ。この真夏の真昼にだれた空気が一切ない。

あの人に相談することで何かが変わるかもしれない。そう思うとドキドキした。

そんな太陽に大吾はアドバイスをくれた。


「桂馬ってさ、第一印象と違って結構なお人好しだからさ、押せばなんだかんだ助けてくれるよ」

「は、はぁ。わかりました」


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