リメイク 01 怪物の生まれた日
前に作った三軍ピッチャーをリメイクしました。よかったら見て下さい。
とある8月の真昼間。プロ野球球団埼玉マウスの二軍練習場。
「あー、だっりーな・・・」
犬養八代はそんなやる気のない言葉を口に出した。口に出すだけでなく態度にも表れていた。
上から任された仕事に不満たらたらである。
因みに八代の仕事は野球をする事である。野球をしてお金を貰う、つまりプロの野球選手だ。
高校3年時、ドラフト3位で埼玉マウスに入団し、二軍スタートとはいえプロの世界で揉まれてきた。
入団から3年、キャッチャーとしてもバッターとしても成長し、今の自分は一軍で通用する。そんな自信が八代にはあった。
そして八代にとっての朗報はいままで埼玉マウスの一軍キャッチーとして長らく活躍してきた正捕手が今年は故障続きで打撃も大不振なことだ。歳も歳なので今年限りで引退ということも十分考えられる。
他人の不幸を願うのはかっこ悪い? でもこの世界は椅子取りゲームなのだ。八代が一軍に上がるには今、一軍に座っている誰かを蹴落とさなければならない。それがプロ野球の世界である。
と、そんな風に下剋上の野望に燃える八代に、二軍コーチから言い渡された本日の仕事は入団テストのお手伝いである。
入団テスト、それはつまり埼玉マウスに選手として雇ってもらいプロ野球選手になることを夢見てやってくる奴らの選別だ。
といっても必ず雇用するとは限らない。
そもそも埼玉マウスに限らずプロ野球球団というものはスカウトと呼ばれる新しい人材を獲得するスペシャリストが存在していて、彼らは高校、大学、社会人、それらアマチュアの中から光る人材を虎視眈々と探しているのだ。
そして結局のところテスト生とは各球団のスカウトの目に止まらなかった程度の人材なのだ。
無論、スカウトの目に止まらなかった人材がその後大いに成長して入団テストに合格し、更に一軍で活躍するケースもあるが、それは極めて珍しいと表現されることに一片の誇張もない。事実、埼玉マウスはここ何年かは一人も合格者がでていない。
そんな無意味で不毛な入団テストのお手伝い。八代にしてみれば面白いはずがない。
「なんで俺がアマチュアの相手せないかんのですか?」
そう二軍コーチに愚痴っても許される筈だ。そのコーチにせよ八代を咎めることはしなかった。とはいえ、
「そう言うな、テスト生の中にキャッチャーは一人しかおらんのだ」
八代が手伝うことに変わりはなかったが。
「ちくしょう、そもそも試合形式で選手の資質を見る球団なんてウチだけじゃねーか。なんで他所の球団みたいに50メートル走と遠投で決めねーんだ・・・」
と、そんな感じで八代が愚痴っている間に、今回のテスト生達がグランドに表れた。
ゾロゾロと大体30人ほどいる。ユニホームもばらばらだ。
「ん?」
そんな中に一際目立つ人間がいた。八代以外の人間も一人の男に注目している。
その男が注目されている理由は簡単だ。体がでかいのである。間違いなく2メートルは超えている。
「でっか・・・」
それが、八代と周囲の人間の共通認識だろう。
とはいえ、それだけだ。
無意味な入団テストに一際でかい男がいたというだけで八代には何の関係もないのだ。
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「よろしく、お願いします」
関係なくなかった。デカイ男はピッチャーだった。
肩を作る為にキャッチボールの相手をさせられた。
「ああ、よろしく」
流石の八代も初対面の男に悪態はつかない。おとなしくキャッチボールの相手をした。
ひゅっ、パン。ひゅっ、パン。
ボールのやり取りをしながら、妙な既視感を覚えていた。この男を知っている様な気がする。
でも男に見覚えはない。一度でも出会っていたらこんな大男は忘れない。
「お前、こーこーせーか?」
「はい。今年3年になります」
「身長、いくつよ?」
「208センチです」
「でかっ!」
意外にも男は緊張してはいない様に見えた。ごく普通に返事が返ってきた。
「甲子園で投げたことあるか?」
「いえ、ないです」
甲子園で投げたことはないらしい。となるとテレビ中継で見たわけでもないのか。
「何処の学校よ」
「縦浜鱈高校です」
「たてはまだら!」
その名前には覚えがあった。というより縦浜鱈高校は野球ファンの間で、今大ブームなのだ。
なるほどと八代は納得した。見覚えがあるのは男ではなくユニホームの方だ。
縦浜鱈高校。埼玉の高校で県内でも有数の野球強豪校だ。とはいえ、あくまで県内レベルの強豪校で全国、つまり甲子園にはとんと縁がなかった。
というのが去年までの縦浜鱈高校だ。
それが変わったのは去年の夏だ。二年生エースの神原直樹率いる縦浜鱈ナインは、熾烈な埼玉の地区大会を勝ち抜き聖地甲子園にたどり着いた。
甲子園でも躍動、ベスト16に入った。
その後、春の選抜は惜しくも逃したのだが。今年の夏、再度聖地にたどり着いた。
そんな縦浜鱈の躍進はひとえに今大会最強とも噂される神原直樹の活躍によるものだ。
神原直樹。最速154キロの直球と、切れのあるスライダー、ボールが消えるとまで言われるスプリットを持つ184センチ左腕だ。また本人はかなりのイケメンでテレビのインタビューなどにも歯切れよくさわやかに答える為女性からの人気は特に高い。無論男性からの人気もある。
ドラ一確実。もしくは複数指名もありうると噂され、地元ということもあり埼玉マウスも一際目をつけているらしい。
そんな好男子神原君の率いる縦浜鱈野球部は、今年の大会で更に躍動し縦浜鱈高校史上最高の甲子園ベスト8に進んだ。そして本日、今大会最強打線と呼ばれ、春夏連覇を狙う深海鮫高校とベスト4をかけて雌雄を決するのだ。
と、そこまで思いだして八代は慌てた。
「おい! 甲子園はいいのか⁉︎」
今から、甲子園でベスト4決めである。
だというのに男はのうのうと自分とキャッチボールをしている。そして、どうでもよさげに答えが返ってきた。
「はい。俺には関係ないんで」
「ああ? 自分の所の野球部だろう?」
「まあ、そうなんですけど・・・俺、三軍の人間なんで、スタンドでの応援にすら呼ばれていません」
「そ、そうか・・・」
男の返事は落ち着いたものだが、それでも拒絶感の様なものが感じられて八代はそれ以上聞けなかった。
そして、内心で思う。
(つーか、三軍の人間がなんでテスト受けんだよ⁉︎)
テスト生というのは決して無能ではない。スカウトには引っかからなかったがあと一歩。そういう奴らがテストを受けにくる。甲子園にレギュラーとして出場した奴なんて珍しくもない筈だし、ピッチャーでいうなら140キロを投げても八代は驚かないだろう。
(なのに、なんで三軍が来た? 受かる筈もないのに? )
そんな風に考えながら男に尋ねた。
「おめー、直球のスピードいくつよ? あと持ち球は?」
「直球のスピードは大体128キロって所です。持ち球は普通のストレートの他に落ちるストレートがあります」
「ああっ⁉︎ 128⁉︎ そのガタイでか⁉︎」
「はい」
男は普通に返事を返してきたが、八代はその時点で男を見限っていた。
(まじでしょぼい。あれか? いわゆる記念受験ってやつか?)
そう決めつけた。
だから落ちるストレートという変な表現も気にしなかったし男の名前も聞かなかった。必要ないからだ。
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そして入団テストが始まった。
埼玉マウスの入団テストは珍しくも試合形式である。といっても30人以上いるのだ。投手だけでも6人いる。それを一試合で全員見るのだ。見込みのない奴はすぐ変えられる。
打順にせよ、八代が4番という以外は実力順という訳ではない。
ピッチャーにせよ男が先発なのは偶々か、もしくはデカイから目に付いたのだろう。
(まあ、記念にいい思い出作れや)
そんな事を考えながらマスクをかぶったのだが、男はボールを握ったまま動かなかった。
「どうした?」
八代が声をかけると、
「すいません。マウンドに上がるの中学の時以来なんで少し感動していました。すぐ投げます」
そう返された。どうやら感動していたらしい。八代にしてみれば、「ああ、そう」としか返し様がない。
兎にも角にも男はボールを構えた。
(ん?セットポジション?)
ランナーがいないのにセットポジション。プロ野球界にもいない訳ではないのだがやはり少数派だ。そして、八代は力強いピッチングが好きなのでもっと力一杯投げろやと思う。
そして、そんな風に考えていたからか一投目は強気のインハイへのストレートを要求した。
男は首を振ることはなく、そのままセットポジションから動き出した。
テイクバックにせよ、踏み込みにせよ、あまり力の入ってないフォーム・・・から一転、これでもかという高い所からボールが投げ降ろされた。
(たっか!)
そんな風に思いながらも体は反応した。ボールを捕球しようとミットを内側、真ん中に構えた。
しかし、落ちてくると思ったボールが浮き上がった。まるで生き物のように伸びてきた。
(なっ・・!)
ボールは中ほどに構えた八代のミットに収まらず、八代が要求したインハイをきっちり通り抜けた。
パスボール。ボールが点々と八代の背後を転がった。
「わ、わりぃ!」
慌ててボールを取りに行く八代。ランナーがいないので問題ないといえば問題ないのだがそんなことは関係ない。
テスト生の球をプロである八代が、しかも自分の要求したコースにきっちり来たのに取れなかったのだ。
ありえない屈辱に身を焦がしながら八代は自分の思い違いに気がついた。
(記念受験なんてとんでもねぇな⁉︎)
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〜甲子園の解説〜
「さあ、まもなく今大会でも注目の一戦、深海鮫高校と縦浜鱈高校の試合が始まります。両チームとも守備練習を終えまして・・・あっ、縦浜鱈チーム円陣を組みました」
「縦浜鱈は試合前に円陣を組むことで有名ですよね。ああやって意思統一と士気を高めるのだと東方監督が話していました。その東方監督、この大舞台を前にいったい何を話しているのでしょうか・・・?」
「興味深いですよね。そして、今掛け声とともに円陣が解かれました。それと同時にスタンドから吹奏楽部による応援歌が始まりました」
「この円陣からの応援歌は縦浜鱈のお約束です。こう
いう一体感が縦浜鱈の躍進の一助を担っているのではないでしょうか」
「そうですね。そして両チームがグランドに集まります」
「いよいよ、始まりますね。楽しみです」