体育はできれば休みたい
三題噺『虹』『PSP』『おかしな大学』
登場人物
真白(女子高生)
ゆめ(女子高生)
体操服に着替えると、ゆめは元気になる。
典型的な小学生男子みたいな性質だけれども、ゆめは女子高生である。
「へいへーい。ぱーす、真白、ばっちこーい!」
左手にグローブを嵌めるゆめが、グラウンドの隅で大きく手を振っている。同じく体操服に着替えた真白も、左手にグローブを嵌めていた。
「とぉーい!」
真白の投げたソフトボールが、空にアーチを描いてゆめに到達する。
「ナイスボール。いい球投げるねー真白。その肩を腐らせるのは宇宙の損切だよ! どう? うちのクラブチームでピッチャーやってみない」
ゆめのテンションの昂りようについていけない真白。「うーん」と生返事を返す。
「ほら、ゆめ。ボール投げて」
「どんな風に?」
いっぱしの投球フォームをつくるゆめ。
「変化球なげられるの?」
「無理! そっちに届けるのがギリ」
女子高生だからね。非力な女子高生基準で本日の三題噺をお送りしております。
「山なりでいいから投げて」
そういえば、本日のお題に『に』で始まるものがありましたね。
「山なりって?」
ゆめが真白に言い直しを求める。
「落ちないロンドン橋みたいに」
そうそう。お題はそういうアーチ状のアレですね。
「レインボーブリッジしか見たことなーい」
再三の言い直しを求めるゆめ。
「空にかかる――」
真白が決定的な言葉を言ってくれる直前、誰がためか遮るゆめ。
「雨上がり、水滴に光が射し込んで分散することによって大気に生じる七色の円弧状のキレイな現象みたいに?」
言ってくれ! そこまで知っているなら名前を! 固有名称を! その日本語を言ってくれ!
「そうよ!」
回りくどい言い方に叫び返す真白。
ゆめは「わかったよ」と微笑みながらソフトボールを投げた。
「じゃあ投げるね。二次関数みたいに」
言うんかい!
パシッ、とグラブでボールを受け取った真白。グラウンドに降り注ぐ日光に体力を吸い取られているようだった。
「私は太陽の養分になっているかもしれない」
「真白、熱中症なら保健室ついていくよー」
ゆめの心配げな声。保健室に行くほど具合は悪くなかったけれど、真面目にキャッチボールをするほど元気はあり余っていなかった。
まあ、じゃあいつならあり余っているのかと聞かれれば、答えに窮する真白だった。
「休憩しようよゆめ」
休みの申し出に不服そうなゆめ。
「つれないよー。どうしてそんなにテンションが低いの! 体育だよ! ソフトボールだよ! 晴天だよ! 真白のアウトドア魂まで制服と一緒に脱いできちゃったの!?」
アメリカ軍隊の女上官みたいな口調に、ライブは最後尾もしくはDVDで楽しみたい派の真白は辟易とする。
「そんな元気にはなれないって。太陽とは相性が悪いの。日本史と世界史の先生みたいな」
「意味わからないよー」
真白は疲れてキャッチボールを辞めてしまう。
体育の先生はグラウンドの中央で試合をやっている別グループに忙しそうで、こちらには見向きもしていなかった。
他の女子も小休止していた木陰に身を寄せる。
不満を隠さないゆめも真白についていく。
「キャッチボールしようよ。ボール投げたくないなら短距離走でもいいから。じゃあマラソン」
「どれも疲れるじゃない。もっと疲労が少ないスポーツをしましょうよ。ゴルフとかキツネ狩りとか」
「発想がお嬢様すぎるよ真白。今日び日本でキツネ狩りなんてやってないし」
小山の木陰に腰かける。このまま倒れて寝てしまいたいくらいのお昼寝日和だった。ハーフパンツを履いているからスカートと違って下着を覗かれる危険もない。虫に刺されなければ最高だ。
「お昼寝しよ、ゆめ。隣で寝ていいから」
「今日は体を動かしたいの!」
ゆめは不貞腐れてソフトのボールを真白までころころと転がす。壁当ての要領でお尻に何度もボールをぶつけられる真白は溜息をついた。
「そうだ、ゆめ。ソフトボールで思いだした話をしてあげるよ」
ゆめは、一応は耳を貸してあげるよ、といった風に細めた目で真白を促した。
「中学のときの吹部の先輩のいとこのお姉ちゃんのモデル志望の友達が通っていたおかしな大学の話」
「そんな大学が実在しないことはわかったよ。それで?」
なにがおかしいの? とゆめは律儀に話に付き合う。
「その大学ではおかしな講義がいくつもあって……名前はなんだったかしら。略称がなにかのゲームの名前だったはずなんだけども」
「ツムツムクラスとか?」
「そんな新しいゲームじゃなかったかな。それにハードの方。ほら、ファミコンみたいなぴこぴこ」
「……真白は意外に機械オンチだよね」
真白はゆめの言葉を無視して、話をつづけた。
「とにかく、おかしな講義のひとつにソフトボールがあったらしいの。で、講義を担当する男の先生が、絶対的なルールを決めたの。ボールには触っちゃいけませんって」
ゆめが小首をかしげる。
少し興味を沸かせることができたようだ、と真白はしめしめ。
「どうゆうこと? グローブオンリーなの?」
「グローブで触ってもダメ。バットもお触り禁止よ」
「先生がサッカーの授業と間違えていたとか」
「勿論キックも論外。触ったのを先生に見られたら単位を落とされるらしいわ」
ゆめはほっぺを膨らます。
話に聞き入っているのか、いつの間にかボールを猫のように転がすこともやめていた。
「それじゃあ試合どころかキャッチボールもままならないよ」
「でも、そのモデル志望の人は試合を成立させたらしいわ」
「うーん、うーん……」
ゆめは頭を捻っていたが、答えは見つからなかったらしい。
「わかんない。どうやってボールに触らないでソフトボールの試合を成立させたの?」
真白は答えた。
「超能力よ」
「えー……」
ゆめは口をあんぐりと開けた。
「超能力でボールを動かしたの。バットもサイコキネシスで振ったのよ」
「その大学に行けば超能力が使えるようになるの?」
ゆめの質問に真白が笑って答える。
「まさか。そんなわけがないでしょう。講義を受けてた彼女たちは超能力を使うことを先生に宣言したの」
真白はゆめの様子を見る。
ゆめは興味深そうに話に聞き入っていた。手にはめたグローブのことなど忘れているようだ。
「いざ超能力だけのソフトボールの試合が始まって、開始一分、マウンドに立ったピッチャーが地面のボールを拾おうとした瞬間」
「瞬間?」
息をのむゆめに、真白は笑い話のオチを話す。
「神風が! 外野の女の子のスカートがめくれたの」
「……うん」
「きゃーと叫ぶ外野。先生は悲鳴があった方へと視線を向ける。その隙にピッチャーはボールを素手で持って、投げたの。当然、バッターも打つわ。ボールが飛ばなかったらバッターが疑われちゃうもの」
「そうだね」
なにがそうなのか考えることをやめたゆめは頷いた。
「外野フライ。今度は神風が通用しない。だからキャッチする寸前、ウグイス嬢の娘がベンチであんって喘ぐの。それを繰り返して、先生には触った場面を見られずになんとか講義は乗り切ったそうよ」
「先生も先生だけど、生徒もおかしな大学だね」
ゆめの率直な感想だった。
「女子はモデル育成学科、男子は漫画家学科だったかしら。男子はその間、女子をスケッチするの」
「変態の集まりだ!」
ゆめの率直な感想だった。
「その大学、どんな授業もそんな感じだったらしいわよ。パンチラスケッチパンチラの繰り返しで、女子は入学料が安いけれど入学する子も少ないんだって」
「女性だけ安いなんて出会い系みたいな大学だね」
「あ、思いだしたわ。パンチラスケッチパンチラの頭文字をとって、そういう授業は裏でPSPクラスって呼ばれていたらしいわ」
「すっごいどうでもいい情報」
ゆめは疲れたように木陰に倒れ込んだ。
真白はなんとか難を凌いだ。体を動かす授業は楽をしたい真白だった。
なにかを思案しながらごろごろと草の上を転がっていたゆめが、唐突に上半身を立ちあがらせた。
そして、
「えい」
と真白のハーフパンツを半脱ぎにさせた。
「…………!!」
「わっ、この色じゃ砂で汚れちゃうよ、真白。もっと黒いの履かないと」
ゆめは真白の下着の批評を言い捨てて、木陰から走って逃げた。
真白の次の行動を読んでいたから。
「ゆーめー!」
「マラソンだー」
真白はゆめを追いかけた。
その日、熱心にグラウンドの外周を走った二人の成績は「良」判定だったとか。
あとがきその1
今週のギャク成分どこ行ったのん……。
え、笑顔が大事だからね! 島村卯月、(来週はもっと)がんばります! (モバマスでは春菜Pです)
あとがきその2
投稿時刻が7時だったり8時だったりするけどセロリ