村長の息子
「ねえ、こっちにおいでよ。一緒に遊ぼう」
声変わりする前の少年の声が私に話し掛ける。
「なんで皆と遊ばないの?」
「放っとけよ。そいつ、魔女の血が流れてるんだから一緒にいたら呪いをかけられるぞ」
ありもしないことを並べる男子に、私は気分が悪くなって森へと駆ける。
「あ、待って!」
少年が呼び止めるが、私は構わず家へと向かった。
十年後―――…
私は17歳になり、立派な淑女に成長した。
色素の薄い金髪と青い瞳をフードに隠すように深く被り、森を出て村へと向かう。
異端のような見目をしているため、村人からは魔女と呼ばれているが、たった一人だけ私の名前で呼ぶ人がいる。
それは―――…
「リズ」
あの頃とは違う落ち着いた低い男性の声が、私を呼んだ。
フードから少し顔を上げると、少し癖のある黒髪に、柔らかい茶色の瞳、リズより頭一つ分高い背丈の青年がこちらを見て微笑んでいた。
村長の次男である彼は、精悍な顔立ちと誰にでも人懐こく優しい性格のため、皆から好かれていた。
それは村から疎まれているリズにも同じ態度で接してくれる。
「…こんにちは」
「こんにちは。今日はお買い物?」
「…はい」
リズの隣にやって来て一緒に歩きながら、彼は色んな質問をしてきた。
昨日は何して過ごしたのとか、何を食べたのかとか聞いてくるが、リズは目を合わさないで当たり障りの無い返答をする。
「リズ、僕を見てよ」
「……嫌です」
このお願いも5年程前から繰り返されているが、一向に変わらない。
彼はリズの容姿を気にしておらず、むしろもっと見たいと言ってくる。
そうしてこのお願いをされた次は……、彼が屈んでリズの顔を仰ぎ見る。
「リズは可愛いね」
「ありがとうございます」
リズは努めて自然に返したが、いまだに何度も言われているこの言葉には内心動揺する。
(本気じゃないくせに…)
リズはぐっと言いたいのを堪えて、前を向いて歩き進める。
すると、彼は歩みを止めた。
リズは振り返ると、彼は真っ直ぐにリズを見ていた。
「ねえ、リズ。僕は本心しか言葉に出さないよ。今言ったのも本心だ」
いつも柔らかい雰囲気の彼が、珍しく真顔で訴えている。
リズは思わず、彼を見つめた。
彼の柔らかい茶色の瞳が揺れていた。
「っ…、だとしても私にはどうでもいいことです」
リズはこの空気に耐えられなくなり、再び目をそらして足を進めようとした時、彼が回り込んできてリズの行く先を阻む。
「どうして僕の言葉を信じようとしないの?」
近くなった距離にリズは動揺を隠せない。
何故今日はこんなに食い込んでくるのか。
「そんなこと言われても、信じられないからです。もういいでしょう?買い出しに……」
リズは彼の横を通り抜けようとしたが、彼はリズの腕を掴んだ。
ドクッと胸が高鳴り動けないでいると、彼はリズの両腕を掴んで目を合わせてくる。
「リズ、僕ももう限界なんだ。君に避けられるのは終わりにしたいんだ」
切実な目で訴えてくる彼に、リズは目をそらせなかった。
「僕は…、リズが好きだ。もうずっと…。君と夫婦になりたい」
リズは一瞬何を言われているのか理解できなかった。
ただ彼の揺れている瞳からは、本気なのだと分かっていた。
リズは何故か、ぽろっと涙を溢す。
彼はぎょっとした顔をした。
「り、リズ。ごめん、そんな泣かせるようなことを言ったつもりじゃ……。ごめん、嫌だった?」
おろおろする彼がおかしくて、リズは泣き笑いをする。
彼は目を見開いて、リズを見つめた。
「違います。そんなことを言われるとは思っていなくて」
「リズ…」
ポロポロ溢れる涙を、彼がゆっくり優しく、指で掬い取る。
「これは…、どういう涙なのか聞いてもいい?」
リズは返事をする代わりに、彼に抱き着いた。
彼はリズの行動に驚きを隠せない様子で、抱き締め返そうとしても出来ないようだった。
「私は皆に嫌われています」
「…そんなことないよ」
「私は皆と容姿が違います」
「君はきれいだよ」
「……私は……」
「…うん」
リズが彼を抱き締める力を込めれば、彼もリズを抱き締め返す。
「私は、あなたが好きです」
震える声で言うと、彼の抱き締める力が一層込められた。
「リズ……。っリズ……」
彼はリズの名前を何度も呼ぶ。