最弱の召喚士
ギルド内に居合わせた冒険者達が、一斉に腹を押さえて笑い出す。
「ま、まじかよ!召喚士だってさ!!」
「ありえねぇー!そんなんで良く冒険者になろうだなんて思ったな!!」
「ぷくく。坊主、悪い事はいわねえーから、今からでもママのとこに帰んな!!ぷくく」
「ぎゃはは!!よりにもよって最弱の召喚士かよ!!」
「……………………」
ユノも苦笑して、掛ける言葉も見付からない様子だった。
俺はそれらを全スルーする。
何故なら、これは想定内の反応だったからだ。
【召喚士】ーーそれは、数多くある職業の中でも、下位職の内の一つとされるものだった。
理由は単純で、召喚士の能力値が全体的に低い上に、従魔とする魔物を捕らえるのにリスクがあまりに高過ぎた為だ。
テイムする魔物は、弱らせるかしないと、従魔契約をレジストされてしまう。
俺も初めはそれで、かなり苦戦したものだ。
それに、経験値の殆どが従魔に注がれてしまう為、召喚士のレベルが上がりにくいのも不人気の一つとされていた。
やはり人気が高い職業と言えば、冒険者ギルドの看板にも描かれるように、剣士や魔導士や重戦士と言った所だろう。
他にも職業は沢山あるが、その他でも何かしらの能力が特化されていたりするので、召喚士のように、全てに於いて特筆する点がないなんてことはない。
主が弱く、従魔だけが強いなど笑われるだけだ。
だが、それは従来の召喚士だった場合の話だ。
俺は伊達にレベルがカンストしてたわけではない。
おそらく、ここに居る誰も知らない事だろうが、レベルが百を超えると、途端に経験値が通常通りに振られるようになり、比較的スムーズにレベリングが可能となったのだ。
百まで行くのに六年くらいかかったが…………。
まあ、それでもたかが知れていたけど…………。
そして、俺の従魔達も大きく変貌していたりするのだった。
「…………どれ、俺が実力を見てやろう」
皆が一頻り大いに笑い終わると、一人の大男がそう言って徐に立ち上がる。
これはテンプレってやつか?
俺としてはあまり目立ちたくないんだが……。
異世界物では良くある、主人公が冒険者ギルドに寄ると、お決まりと言って良い程必ず絡まれる。
俺は主人公と言う器ではないが、実際に自分が経験してしまうと、面倒いことこの上ない。
「ん?どうした?ビビって声も出ないか?」
俺が無言でいると、大男はニヤニヤしながら俺を挑発してくる。
「おいおい。あんま虐めてやんなよ。可哀想だろう?」
他の冒険者達も、下ひた笑みを浮かべて揶揄する。
ユノはどうしたら良いか分からず、オロオロするばかりだ。
他の受付嬢達は、我関せずと言った感じだった。
俺は軽く溜め息を吐くと、大男に向き直って聞く。
「……それに、いったい俺に何のメリットがあるんだ?」
「は?メリットだ?そうだな……俺に負けてこのままお家に帰れば、無駄死にしなくて済むぜ?」
再びギルド内に笑い声が響き渡る。
「…………話にならないな」
俺は大男を一瞥すると、ユノに再度話し掛けた。
「このまま手続きを頼む」
「…………え?あ!はい!すぐに!!」
ユノは一瞬呆けた顔をしていたが、すぐに俺の意図を理解すると、椅子から立ち上がろうとする。
「おい!待て!逃げんのか?!」
だが、よっぽど俺のこの態度が気に入らなかったのか、大男が額に青筋を立てながら、俺の肩に掴みかかってきた。
「………………うざい」
俺も大男のあまりのしつこさにカチンと来て、掴んできた手首を掴み返すと、そのままそれを“軽く”捻ってみた。
ゴキンーー。
「…………え?」
「は?」
俺は我が目を疑った。
大男の手首が、あらぬ方向に向いたまま元に戻らない。
瞬間、大男の絶叫がギルド内に響く。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
大男が右手を押さえながら、泣きじゃくって床を転げ回る。
大男の手首は、どうやら本当に折れてしまったようだった。
え?何で?
俺自身も訳が分からずに、すぐ様大男のステータスを覗き見てみる。
男の名はバルカス。職業は剣士でレベルが四十二の能力値が…………。
よっわ!!
何これ?俺の半分以下じゃん!!
え?もしかしてこれがこの世界の平均なわけ?!
他の冒険者達のステータスもざっと見てみたが、少なくともこの場に居る皆が皆、バルカスとそう大差ない程だった。
これじゃ、魔王に勝てるわけないよな。
俺は呆れて物も言えない。
俺は侮蔑の目で、未だに転げ回ってる大男を見下ろしていると、今迄放心状態だった男達が一斉に立ち上がる。
「て、てめえー!!何しやがる!!」
「ふ、ふざけんじゃねえーぞ!!」
威勢だけはいいが、声が裏返ってビビりまくりなのが丸分かりだった。
「は?先に喧嘩吹っ掛けて来たのはそっちだろ?」
俺が軽くひと睨みしただけで、男達は「ひっ!!」と言う何とも情けない声を出すと、俺から視線を外す。
「はあ~……ここに治癒魔法か回復アイテムを持ってる奴はいないのか?」
俺は流石に大男に同情してしまい、皆に聞いてみたが誰もそれに答えず、俺の質問に答えたのは唯一ユノだけだった。
「あ、あの~……今この場に神聖魔法を使える方は居ませんし、回復アイテムなんて高価な物を、そう簡単に渡してくれるとも思いませんよ?」
「あー……そうなの?」
この世界では、治癒魔法はどうやら神聖魔法の一種とされているみたいで、使える者も限られているらしい。
しかも、回復アイテムなんかもかなり高額らしく、他人に分け与える程皆持ち歩いてないようだった。
何が“概ね”ゲームと一緒だよ!!あのインチキ神!!
少なくとも、ここまではゲームと大分違い過ぎるだろうが!!
俺は頭を掻きながら、少し思案してからユノに尋ねてみた。
「……今から召喚魔法使うが問題無いか?」
「…………え?」
「あ、別にそんなデカくないから心配しなくて大丈夫だ」
ユノが俺の質問に不安そうな顔をしたので、俺は安心させるように付け足して言った。
本来なら、回復アイテムくらいホイホイ出してやっても良かったが、先刻の魔王の戦いで、殆ど使い果たしてしまい、今あまり手持ちに無かった。
なので、俺は仕方無しに治癒が出来る従魔を呼び出すのを決めたのだった。
「あ、はい……それでしたら……」
ユノが俺の言葉を聞くと、渋々ではあったが許可をくれたので、それを確認した俺は床に片手を翳す。
「〈召喚〉【焰華】」
「んな?!魔法名のみだと?!!」
誰かが叫んだ。
何をそんなに驚くことがあるのか分からなかったが、俺はそれを無視する。
俺が手を翳した床に、幾何学的な魔法陣が形成されると、その中心から火柱が上る。
そして、その火柱が人の形になったかと思うと、続いてそこには、メラメラと燃え盛る炎の羽根を生やした、深紅の髪の美女が立っていた。
俺はその姿に一瞬たじろぐが、すぐに持ち直す。
「え、えっと……焰華?悪いけど彼の治療を頼めるかな?」
少し躊躇いながらも俺がそう言うと、焰華は優雅に微笑んでから口を開いた。
「お任せ下さい。マスター」
俺はそれに更に驚きを隠せなかった。
これが、俺と他の召喚士の違いだった。
レベルが百を超えたある日、俺のスキル欄に【進化】の項目が増えていた。
説明を見てみると、経験値を犠牲にする事により、自分の従魔を好きにカスタマイズする事が可能と言う話だった。
それには、従魔のレベルも一定以上なければいけないと言う話だったが、俺の従魔達は哀しいかな…………俺より強かった為、皆が既に進化可能であった。
勿論、そのままにしておいても特に問題は無かったが、どうせならと言う事で、俺は人型にカスタマイズしてみたのだ。
だが、それはゲーム内での話であって、まさか俺が作成した通りの姿で本当に出てくるなんて、流石に予想はしていなかったし、何よりも喋るなど…………。
姿形が人になったとしても、元はただの魔物だ。
ゲームでは、言語は全て「クェェェ」だとか「キュルル」だとかばっかだった。
まあ、それはそれで可愛かったが、やはり会話が出来るに越した事はない。
これは、俺にとっては一番感動する出来事である。
早く他の奴らとも会話をしてみたいものだ。
だが今は先に、この涙や鼻水でぐしゃぐしゃな、床で這い蹲ってるみっともない大男の治療が先決だろう。
焰華が大男に近付くと、大男はそれだけで体をビクッとさせて強張らせる。
焰華は、それを特に気にも留めること無く、大男に向けて軽く片手を振ってみせた。
すると、その焰華の手からキラキラとした火の粉が舞ったかと思うと、大男の右手首が瞬く間に元に戻っていく。
焰華は【フェニックス】と呼ばれる魔獣である。
そして、能力は当然治癒魔法だった。
この場に居た全員が、その光景を信じられない物を見る目で凝視していた。
「ありがとう。悪いけど今は戻っといてくれるかな?」
実に名残惜しいが、これからはいつでも呼び出して話が出来るのだ。
今は我慢の時だろう。
焰華も頷いてくれて、そのまま火を纏ったかと思うと、この場から掻き消えてしまった。
「で?ギルドの登録なんだが……」
「…………………………」
これで漸く落ち着いてことが進めれると思い、俺はもう一度ユノに話しかけてみたが、ユノは暫く呆然として俺の呼び掛けに何の反応も示さなく、今度はユノを正気に戻すのにまたもや時間を要してしまった。
ユノが我に返ってからは、特に何の問題も無く、無事に冒険者ギルドの登録を済ませた俺であった。