始まりの街
俺は自分の右手を見て、グーパーを繰り返す。
そして次に保管庫から鏡を取り出すと、マジマジと自分の顔を確認してみた。
「へえ~。本当に若返ってるな」
これは自称神のサービスらしい。
俺の実年齢は二十五歳だが、今では十五歳に若返っていた。
二十代以上は、神様特権とやらで若返らせる事も出来るらしく、俺は迷わず十五歳を選択した。
どうやらこの世界では、十五歳が成人であり、正式な冒険者としても活動出来るようだ。
だが、俺が十五歳を選んだ理由は他にある。
俺の時間は、あの時から止まっていた。
そう、引きこもり生活を始めたあの時から……。
これは俺にとっても、またとないチャンスだった。
この異世界で、この時を以て俺の時間が再び動き出す気がする。
自称神ではないが、俺は俺なりに異世界ライフを満喫するつもりだった。
俺は一頻り鏡で、色んな角度から自分の顔を見ると、今度はメニュー画面を開く。
やり方は自然と出来た。
ただ頭で念じれば良いだけの話だ。
ステータスやアイテム一覧などをざっと確認する。
「こっちも特に問題は無いな」
いや、一つ違う事と言えば、俺の全ての能力値などの制限が、全て解除されている事だった。
異世界へ転移される時、ゲームで培った能力やアイテムなどは、そのままこちらの世界に持ち越す事が出来るらしい。
でなければ、何の為に態々ゲームを作って、強さを求めたか分からないだろう。
そして、俺の場合は魔王を討伐した実績がある。
ゲームの内容通りに、やはりアカシックレコードは存在しており、俺の能力値などの制限が解除されたのだった。
その為、レベルも百五十まででなく、更にレベリングする事も可能となる。
楽しみがまた一つ増えたのは有難い。
俺は一通りステータスなどの確認もし終わると、保管庫から今度はローブを取り出し、それを羽織る。
俺が左手薬指に嵌めてある指輪は、【レムルリング】と呼ばれる【アイテムボックス】だ。
一般的に売られている【アイテムバッグ】と言う物があるが、これには上限が存在する。
収納数を増やすには、その都度買い替えなくてはいけなく、しかもそこそこの値段がした。
だが、俺のアイテムボックスはレア中のレアで、かなり高額ではあるが、その分上限なんてものは無いのだ。
これ欲しさの為にコツコツ貯金をして、これを漸く手に入れた時は、まさに飛び跳ねる程嬉しかったのを覚えている。
「さて、と。んじゃまあ、そろそろ行きますか」
まずは、冒険者ギルドに行こうか。
異世界に来たら、冒険者になるのは必須条件の一つだろう。
それに、冒険者になれば身分証も手に入るし、魔物を倒せばまたコツコツお金も貯めれるしな、
そう思い立つと、早速俺はマップを表示して、足を北の方角へ向けた。
自称神が言うには、この世界は“概ね”ゲームと同じらしい。
“概ね”と言う所に引っかかりを覚えたが、聞いてもはぐらかされてしまった為、深くは追究出来なかった。
そこら辺は、その内おいおい分かってくる事だろう。
言語や読み書きなんかも、特に心配しなくて良いとの話だ。
何とも至れり尽くせりで、逆に不気味に感じてしまうのは、俺が無意識にあの自称神を嫌悪しているせいだろうか?
何か裏がありそうで、どうもあの神を好きになれそうになかった。
それから、自称神に他に聞いた事と言えば、魔王が討伐された暁には、本人の自由意志により、帰還も可能だと言う話だった。
けれど逆に言えば、魔王が討伐されない間は帰還も出来ないと言うことになる。
そして、俺達が異世界に居る間は、地球で特に問題になることもないらしい。
そこら辺も神様特権とやらで、どうにでも出来るのだとか……。
本当に何でもありだな。流石罷りなりにも神様と言った所か。
どうしてそこまでするのか、俺には理解出来なかった。
自称神曰く、人々が苦しむ姿をこれ以上黙って見とくのは忍びないと言う話だったが、俺にはどうしてもそれが胡散臭くて仕方がない。
まあ、神の本音はどうあれ、それもおいおい分かってくることかもしれないので、今は先にすべきことをするべきだろうと俺は頭を切り替えた。
程なくして、俺の視界に街を囲んだ白璧が飛び込んでくる。
ここは【アージン辺境区】ーー別名【始まりの街】ーーと呼ばれる場所だ。
俺が先程降り立った場所が【ウルス荒野】ーー別名【始まりの荒野】とも言われ、これらは全てゲーム同様の展開だった。
何とも手の込んだ事をするのかと、少々呆れてしまう。
もっと近場に転移させてくれても良かったのでは?と思うが……神の考えることは、庶民の俺には理解し難いのだろう。
まさか、来て早々一時間以上も歩かされるとは思わなかった。
ゲームでは、荒野で速攻魔物に襲われ、軽く戦闘のノウハウを教わるが、幸か不幸かここまで来るのに特に魔物に襲われることも無かった。
正直な所、実際にゲームとの違いを知る為に、一回は魔物と戦ってその強さを把握しておきたかったが、それもまた今度にする事にしよう。
そして、俺が門に近付くと、門の前に立っていた、鎧を着た二人の男の内一人が、愛想良くニカッと笑ってきた。
「ようこそ!始まりの街、アージン辺境区へ!ここへは初めてかな?」
「ああ」
「それなら、何か身分証や通行手形とかは持ってるか?」
「……え?あ~…………」
しまった!と思った。
いくらゲームとほぼ一緒だからと言って、まるまる一緒なわけがない。
そんなことは分かりきっていた筈だった。
ゲームでは無条件で入れた街だったが、現実ではそうも行かないだろう。
何か適当に設定を考えておくべきだったと後悔するが、時すでに遅し。
そこまで頭が回らず、自分が思いの外浮き足立っていたことに気付き、内心舌打ちしたいのをグッと堪える。
俺がどうするべきか思案していると、男の一人が特に気にする事もなく説明してくれた。
「何か訳有りっぽいな。だが気にするな!坊主!ここではそう言う奴は多い」
「……そう、なのか?」
「ああ。まずはそこの水晶玉に手を翳してくれ。犯罪者で無い限りは、入市税さえ払えば問題無く入れるぞ?」
「なるほど……分かった」
俺は言われるがままに、水晶玉に手を翳す。
その時二人の男をチラリと見ると、男達がいつでも動けるように身構えたのを、俺は見逃さなかった。
水晶玉が仄かに白く発光する。
「ふむ。問題は無さそうだな」
それを見た男が一つ頷く。
表情は変わらなかったが、明らかに安堵したのが見て取れた。
「改めて!ようこそアージン辺境区へ!俺の名は警備隊のサムス、んでこっちが相棒のマーカスだ。分からない事があったら何でも聞いてくれ!」
マーカスと呼ばれた男は、無言で軽く会釈する。
「俺の名はアスカだ。これは街に入れるって事でいいんだよな?」
「ああ。大丈夫だ。ただ入市税に小銀貨二枚必要なんだが、お金は……」
「それなら問題無い」
俺はポケットに手を突っ込むと、そっと保管庫から小銀貨を取り出すと、何食わぬ顔でサムスに手渡す。
ゲームでは、通貨は全て崩れた状態で単位を【Z】となっていたが、こちらでは小銅貨・銅貨・小銀貨・銀貨・小金貨・金貨・白金貨となる。
これも最低限の知識として、既に頭に入っていた。
サムスが小銀貨二枚を受け取り、それを確認する。
「確かに」
その一言を呟くと、門がギギギ・・・と重い音を立てて開いた。
「あ、最後に一つ聞きたいんだが、冒険者ギルドは何処にあるんだ?」
「それなら、ここを真っ直ぐ行くと、右手に盾に剣と杖が交差した絵の看板があるから、そこになるな」
「そうか。どうもありがとう」
俺は二人に礼を言うと、漸く始まりの街ーーアージン辺境区へと足を踏み入れるのだった。