野良猫と仲直り
「おにーちゃん! 起きて!」
ん、 うるさいなぁ。
「早く起きて! 遅刻しちゃうよ!」
あー、 まだ眠いのに……。
「今、 何時?」
「8時だよっ!」
へ……。
「嘘だろぉぉぉっ!」
須河家は本日も騒がしい。
朝日がまぶしい今朝。
本日はいつもより少し遅い起床だ。
そのため今朝の我が家はいつも以上に騒がしい。
先ほど飛び起きた俺は電光石火のスピードで食パンを二枚トーストにすると、 それを食卓に並べて食らいついた。
無論、 二枚のうちの一枚は鳴海の物だ。
だが、 鳴海と来たら。
「何してる、 さっさと食え」
「…………」
さっきからちゃぶ台を挟んで俺の向かいに胡坐をかきながら、 俺を訝しむ様に見つめてトーストを食べようとしない。
いや、 確かに焼きすぎたけど。
一部……ほとんど真っ黒だけど。
「ち、 遅刻するぞ」
「…………」
いや、 そんなら俺のは中までしっかり真っ黒だぞ。
もう、 ぱっと見石炭と見間違えるレベルだからな。
「…………」
「わかった、 焼き直すよ」
そう、 俺が観念して立ち上がると。
ようやく鳴海の口が開かれた。
「なんで成海さん、 来ないの?」
突然の問いに俺は勢いよく振り返る。
それこそ首を寝違える程の勢いで。 痛ってぇ。
いや確かにあいついつも家で飯食ってくけど。
というか作ってくけど。
もっと言うと、 俺と鳴海を起こしてくれるのあいつだけど。
まあ、 だから今日寝坊したんだけどね。
「ねえ、 なんで?」
襲い来る鳴海の容赦ない疑問。
それに俺ははぐらかす様に視線を逸らすしかなかった。
「さ、 さあ。 なんでろうな?」
「喧嘩……したの?」
「……っ」
何も言い返せない。
昨日のあれは喧嘩だったのか。
いや、 違う。
あれはまだ喧嘩じゃない。
じゃあ、 なぜ猫子は来ないんだ?
「やっぱり、 したんだ」
「してねぇよ」
なぜか語調が強くなる。
「じゃあ、 なんで来ないの?」
「知らないっ」
なぜか不安になる。
「喧嘩したからでしょっ」
「違うっ!」
「じゃあ、 なんでそんなに怒ってるのっ!?」
部屋中に木霊した鳴海の怒声。
初めて聞く怒鳴り声に驚いて振り返ると。
怒りと蔑みが混ざったような顔で鳴海がこちらを睨んでいた。
「な、 鳴海……」
なにもかもが初めてだった。
鳴海が声を上げるのも、 鳴海の怒った顔も。
何もかもが初めてで、 混乱して。
だから俺は最悪の方法をとってしまった。
「さっさと食え。 俺は先に行くぞ」
引きつった声でそう言って。
俺はぎこちなく鳴海の頭撫でると、 その場から逃げた。
去ろうとする俺の背中に。
「お兄ちゃんっ!」
と声がかかるが俺はそれからも逃げる様に部屋を出た。
教室が瞬く間に喧噪に包まれるHR直後の放課後。
それは今日も変わらず。
皆がようやく訪れた自由に喜びの歓声を上げていた。
そんな中、 俺は一人物憂げな様子で帰路につこうとしていた。
ちなみに奇跡的、 遅刻はしていない。
結局、 猫子とは話さなかった。
というか誰とも話してない。
ほんと……まじで。
猫子はともかく。
隼人は食あたりで欠席。
絶対に刺身のせいだ。
宗吾はよくわからないが話しかけて来なかった。
飯に誘おうと思って話かけたら、 聞こえないふりされたのには一瞬まじで死のうと思った程だ。
ホント、 イジメダメゼッタイ。
まあ、 宗吾はあとでシバイておこう。
俺はそんな事を思いながら鞄を持ち上げ帰ろうとした。
「ねこっち!」
聞き覚えのある声。
俺は振り向くと、
「宗吾、 頼むから俺の精神安定の為にシバかせてくれ」
「は……?」
声の主はまあ、 宗吾だ。
宗吾は素っ頓狂な顔でこちらを見ている。
まあ、 そうだよね。
俺は顔を横にぶんぶん振ると、 宗吾へ湧きおっこた殺意を鞘に納めた。
「い、 いや何でもない」
「そ、 そうか? それよりさ」
宗吾の口端が幼げに笑う。
「猫子ちゃんと何かあった?」
「はい?」
「いやさ、 ねこっちの様子探ろうと思って今日一日シカトしてたらさ」
宗吾は実に楽しそうである。
つかやっぱりわざとだったのかよ。
「ねこっち、 猫子ちゃんと一言も会話しないし、 というか猫子ちゃんの前ではずっときょどってたから」
腹を抱えてゲラゲラと宗吾は笑う。
明日からこいつハブろ。
「だからさなんかあったのかなって」
「別になんもねーよ」
正直、 ここまで小馬鹿にされると腹を割る気にもならない。
俺は宗吾の追求を見事にいなした。 我ながら素晴らしい回避だ。 スマブラだったらタブー秒殺できるぞ。
そんな感じで流された宗吾だが、 こいつはなぜかまだ幼げで好奇心に満ちた表情を崩さない。
「じゃあ、 質問を変える。 どうしてねこっちは猫子ちゃんを信じるの?」
「え……」
宗吾の第二の質問に今度こそ俺は硬直した。
これは簡単にはいなせない。 適当にできない。
「ねこっちは猫子ちゃんの何を知ってるの?」
必死に悩む俺に宗吾の言葉が浴びされる。
「猫子ちゃんのなにをそんなに信じてるの?」
俺が信じてる猫子……。
こんなの本当は悩むような事じゃない。 即答すべき事。 でも俺には!
「何も知らないのに、 ただ盲目的に従ってるだけ?」
「それは違う!」
思わず声を上げてしまった。
宗吾の口角がにやりとあがる。
もう自分でも乗せられたとわかっている。
なら、 それならとことん乗せられてやろうじゃねーか!
あとで覚えてろよ宗吾。
「わかんねーんだよ、 何も」
「わ、 わからないって……お前」
いきなり手のひら返して開き直った俺に宗吾は困惑したような表情をする。
だが、 なぜだかわからないが今の俺は妙な自身に満たされている。
だから俺は意気揚々と言葉を継いだ。
「わからないから、 知りたいんだ」
猫子への感情を言葉に紡ぐ。
「知りたいから傍にいる、 いたいと思う」
わからない、 それは不安じゃない。
「傍にいるために俺は猫子を信じる」
わからない、 それは興味。
相手ともっと共にいたいという感情の現れ。
そして……。
「近づきたいから、 知りたいから。 だから信じる!」
自分と相手を繋ぐただ一つの命綱。
俺の熱弁を聞き終えた宗吾はしばらく面食らった様に静止していた。
だが途中で我を取り戻すとゆっくりと口を開いた。
「だったら尚更疑うべきだよ」
「はい……?」
そんな宗吾の会話を全く無視したあほな回答に今度はこちらが面食らった。
「いいか、 ねこっち」
宗吾が偉そうに語りだす。
うわ、 殺してぇ。
「疑うことも信じる事なんだよ」
「いや……それはまったく対極に」
「違う、 疑うことは信じる事の延長線だ。 だって疑うにはまず相手を知らないとだろ?」
「あ……確かに」
「そんで、 ねこっちの言う通り相手を知るにはまず相手を信じないといけない。 ほら疑うことも信じる事も一緒だろ? まあ、 良い疑い方しないとだけど」
「良い疑い方?」
「そ、 まあ信じながら疑え……みたいな?」
そう言って自嘲気味に笑う宗吾。
こいつたまに名言吐くよな。
「なんか癪だから殴らせろ」
「え……なにその理不尽な暴力」
「なんで嬉しそうなんだよ」
うほんとわざとらしい宗吾の咳払い。
「と、 とにかく。 ねこっちはもっと疑うべきだって事」
顔、 にやけてる……隠しきれてないぞ。
「今回, だってどうせ勝手に自分で自己完結させて何も言い返さずに逃げてきたんでしょ?」
「いや、 まあそうだけど……って、 やっぱ知ってたのか」
「ん、 なんのことだか?」
めちゃくちゃわざとらしい。
隠す気あんのか、 こいつ。
「ふっ、 そんな事は置いといて早く猫子ちゃんの所行きなよ」
「ん、 おう」
「そんで言いたいこと伝えてきな」
「ああ、 行ってくる」
「ちなみに猫子ちゃんは北棟と中央棟の連絡口にいるから」
「おう、 ありがt……はぁぁぁぁぁぁあっ!?」
このままいい感じにしめようと思っていたが、 どうやら宗吾はそれを許してくれないらしい。
俺が声をあげた理由……まあわかるよね。
北棟への連絡口そこでは今。
「ヤンキーどもが大乱闘スマッシュブラザーズやってんだぞっ!?」
「あー、 あれおもしろいよね。 俺はどっちかっていうとDX派かな」
怒りにまかせて声を上げる俺に対して。
宗吾は緊張感もなくおちゃらけて返してくる。
ちなみに俺はX派です。
「なんでそんな危ない所に猫子がいるんだよ!?」
「ん、 それはねぇ」
いたずらっぽくにやり微笑む宗吾。
「こういう時は無茶したお姫さまを王子様が助けるもんでしょう」
「はい?」
「だから、 吊り橋効果で速攻仲直り出来るってこと」
「いや、 吊り橋ってレベルじゃないから。 丸太レベルだから」
「例えだよ、 例え。 ほら、 早くしないと猫子ちゃんスマッシュ攻撃食らっちゃうよ」
「スマブラはもういい! あぁ、 もうっ。 じゃあ行ってくる!」
俺はそう言って宗吾の返事も待たずに駆け出した。
だが、 一度立ち止まり、 言葉を探す。
「ありがとう」 そう伝えたいがそれを伝えるにはちょっと勇気が足りない。
それになんか屈辱的だし。
だから、 俺はそれを別の言葉で伝える。
「こんどジュースおごらせてやるよ」
「え、 まじで……!」
だからなんで嬉しそうなんだよ。
「もしもし、 どしたの猫子ちゃん」
ねこっち達と別れ一人、 薄暗い帰路を歩く。
周りに人はなく、 時折吹きかける風もそんな情景を風刺するかの様にひんやりしている。
そんな中、 突如震えた携帯。
画面には『成宮 猫子』 と表示されていた。
恐らく、 俺史最高の胸の高鳴りを覚えながら、 嬉嬉として通話にでる。
「……えぐ、 んっ……、 宗吾ぉ……」
電話口から聞こえてきたのは少女のすすり泣く声。
幼げで縋る様な声。
されど、 それでも俺は混乱してしまい。
「……っ、 泣いてるのか」
そう、 聞き返してしまった。
それに返ってきた言葉は。
「どうしよう……どうしようっ!」
という更なる懇願。
これはただ事ではない。
そんな一抹の不安が脳裏を過る。
電話口ではさっきまでのすすり泣きが大号泣にまでメガ進化していた。
ちなみにすすり泣きのもう一つのメガ進化は大発狂です。
カ〇ジかな。
「……なんか言いなさいよ」
ちょっとポケ〇ンマスターと賭博王を同時に目指そうとしていた俺に涙を必死に押し殺して掠れた声が届いた。
この、 掠れてる癖に殺気十分な所が性欲を……恐怖心を掻き立ててくる。
「あ、 あぁ。 ごめん、 それでなにがあったの?」
一呼吸の間。
「猫実と喧嘩した……」
え、 ノロケですか?
「猫実に酷いこと言っちゃった!」
ノロケですよね?
「私、 私……猫実に嫌われちゃったっ!」
ノロケだこれっ!!
前言撤回しよう。
別に不安なんか感じてない。
殺してぇっ!
そんなやり場の無い殺意を覚える俺など梅雨知らず。
向こうは大号泣ととんだ勘違いの自己嫌悪を吐き散らしている。
正直、 その怨嗟は非リアには辛い。
殺戮衝動的な意味で。
俺はなんとか理性を保ちつつ猫子ちゃんに言葉をかけた。
「おちついて。 まず何があったか話してよ、 聞くからさ」
「……ほんと?」
涙を押し殺した嗚咽交じりの声。
「うん、 ほんと」
「あ、 ありがとっ」
電話口で少し猫子ちゃんがはにかんだ気がした。
いつの間にか涙をすする声も聞こえない。
「ちょっと、 長いよ……?」
「覚悟の上だよ」
くすっという笑い声。
それから猫子ちゃんは一つ息を吸うと、 一つずつ丁寧に語りだす。
おずおずとした神妙な空気が俺たちを包み込んだ。
あれから約15分。
日は完全に暮れて、 辺りを照らす光源は人工的な街灯の光のみとなった。
ながながと永遠に続くかと思われた猫子ちゃんの話。
だがそれも先ほど。
「ほんとはあんな事言いたくなかったのに……」
という言葉で締めくくられた。
そして感じた事が一つ。
勘違いも甚だにしろよ……ぶっ殺すぞ。
え、 何このラブコメ展開。
ドキドキ青春勘違いヘタレラブコメなの?
なにそのジャンルちょっとおもしろそう。
「……どうしよう」
モジモジするな、 モジモジ。
どうにかすべきなのはあんたらのヘタレ具合だ。
これはビシッと言ってやらねばなるまい。
説教をせねば。
逃げるな、 ヘタレるな。
「お、 おまっ、 猫子ちゃん! ねこっちはお前……猫子ちゃんの事嫌ってなんかねぇと……思いまっす!」
ヘタレナンバーワンは貰ったぁっ!
うん、 知ってた。
俺に説教なんて無理です。
どっちかって言うと説教される側でした。
むしろ説教されるのちょっとうれしい。 性的な意味で。
はい、 私はヘタレでドMな豚野郎です!
あ、 やべ。 興奮してきた。
「え、 どしたの……」
ちょ、 そんなに引かないで。
「いや、 だからねこっちに嫌われてなんかないよ」
「え、 ほんとに?」
希望の混じった明るい声音。
「うん、 ねこっちそんなに器小さくないし」
「そ、 そうかな?」
いや、 そこは疑うなよ。
ねこっち良い奴だよ。 器広いよ……たぶん。
落ち着けっ、 論点はそこじゃないから。
「二人とも我慢しすぎたんだよ」
「我慢?」
「うん、 猫子ちゃん。 ちゃんと伝えたい事言った?」
「…………」
「ちゃんと伝えたい事最後まで言った?」
「……言ってない」
細くか弱い声。
だが、 それには微かな反省が見える。
「それじゃあ、 ねこっちだって言いたいこと言えないよ。 本音は本音の上に成り立つんだから」
「でも、 本音を言ってそれこそ嫌われたら」
「そんなの恐れてたら仲良くなんてなれない」
猫子ちゃんの弱音を遮る様に俺は即答した。
「えっ……!?」
「本音を言わなくてもある程度は仲良くなれるよ。 でもほんとにある程度まで。 猫子ちゃんが望むのはある程度の関係なの?」
「違う」
寸分の迷いのない否定が返ってくる。
恐らくこれが猫子ちゃんの覚悟なのだろう。
「じゃあ、 一歩踏み出さなきゃね」
そっちがその気ならこっちも全力でお膳立てしようじゃないか。
「まだ、 間に合うかな?」
「うん、 まあちょっと特殊なやり方しないとだけどね」
「特殊?」
「そう特殊」
猫子ちゃんがほんとに伝えたかった事は何となくわかる。
そして、 それならば。 その思いを伝えるならやっぱり。
「猫子ちゃん。 明日、 指定した時間にある場所に居てほしい」
それはやはり戦場だろう。
すこし危ない橋を渡ることになるが渡って貰うしかあるまい。
そしてあわよくばそのまま帰って来なくなれば……。
今日のまとめ。
リア充爆発しろ!!
中央棟と北棟を繋ぐ連絡通路。
双方の3階に架けられたそこでは既に戦闘が始まっていた。
戦闘と言えば聞こえは良いが、 単にヤンキー達が西日の元、 不毛な殴り合いをしてるにすぎない。
この風景はちょっとした引柳高校の名物となっている。
こんなことを学校側は黙認しているわけだが。
なぜこんなことが許されているのか。
実際、 この状況でなぜ学校が無傷なのか。
わからない事だらけだ。
ただ今はそんな事どうでも良い。
俺はひたすら怒号の中に乱立する人垣を縫うように駆け抜けた。
「どこだっ、 猫子!」
必死の声で呼びかける。
「猫子! 猫子っ!」
確実にここにいるはずの。 小生意気で図々しくてクソガキで、 でも誰よりも強い信念を持つお姫様を探す。
「猫子……猫子!」
出てくるのはその言葉だけ。
それだけを叫びながら。
「猫実ーーっ!!」
辺りに一際強く響いた甲高い声。
俺は勢いよくそちらを向く。
居た。 今にも泣きそうな顔で。 荒々しい戦場には不釣り合いなお姫様が一人。
こちらを縋る様に見ている。
そして、 その後ろには屈強な戦士が悪い目つきで姫を睨む。
それを見て俺は全力で駆け出した。
今ままで俺は、 お前との約束に盲目的に従ってきた。
別にそれに悔いはない。 その決断は俺が俺の考えの元で下した。
でも別に約束は破ることだってできる。
それこそ自分の判断で自分の裁量で。
もしそれが許されるなら!
俺はいつの間にか目の前にいた戦士に振りかぶった。
走ってきたスピードを全て力に変えて。
思う存分の力を拳に込めた。
「今しかねぇだろーがぁっ!!」
吹き飛び気を失う戦士。
「猫実……あんた!?」
あっけにとられる猫子。
俺はそんな猫子の両肩をつかむと今まで溜めてきた思いを全てぶちまけた。
「お前の事くらい守らせろよっ!」
その言葉を聞いた猫子はどんな気持ちだったろうか。
憤っただろうか? 嬉しかっただろうか?
ただ猫子は、 俺の言葉を聞くと同時に目から大粒の涙をぼたぼたと流し。
「私……私のせいじゃないもん!」
そう叫んだ。
絶叫の中、 言葉の意味を理解しきれない俺を置いてきぼりにして猫子はさらに言葉を紡ぐ。
「あんたに約束を押し付けたのは私で! だからあんたから唯一の武器を奪ったのも私で! でも……でもっ!」
とめどなく溢れる涙。
その涙の内で猫子は必死に自分と戦っている。
自分を嫌いにならない様に戦っている。
猫子は辛かったんだろう。
今の言葉で何となくわかった。
猫子は約束を後悔していたのだ。
俺から暴力を奪ったことを。
さらにこいつはそれを約束で縛ってしまったとおめでたい勘違いをしてしまっている。
だから俺は気づかせてやらねばならない。
こいつが自分を嫌いにならない様に……思いを全部、 隠さずに!
まあ、 言い方は工夫できないけどね。
「ふっざけんな! なんで俺が押し付けられねーといけないんだ!」
「えっ!?」
「別に俺は押し付けられたんじゃねえ。 自ら選んだ、 自らの手で武器を捨てた!」
「でもやっぱり、 それは私のせい……」
「だからっお前のせいじゃないんだって! お前のおかげなんだよっ!」
一瞬、 猫子の目が大きく見開かれた。
「お前のおかげで俺は成海 猫子という新しい武器を手に入れられたんだ」
「私があんたの武器……?」
「そうだ……そしてあわよくば俺はお前の盾になりたい」
俺がその言葉を発すると静寂が訪れた。
周りは喧噪のなか俺らの中だけ音がない。
俺はふと猫子みた。
猫子は涙を流すのも忘れ、 気恥ずかしそうにあたふたしている。
なんかちょっと子猫みたいでおもしろい。
俺はそんな子猫あやすように静寂を破った。
「猫子……ごめん」
ずっとしたくて、 でも言えなかった仲直り。
猫子は言ってくれるだろうか。
すこしだけこわい。
猫子はまじまじとこちらみていた。
そしてしばらくして視線を逸らしはにかむと。
「私もごめん……」
それと同時にこてっと俺の胸に顔を押し付けてきた。
突然の事に戸惑ったが、 よく見れば猫子の耳や首は真っ赤に染まっている。
やはり猫子も恥ずかしいのだろう。
かくいう俺もたぶん顔面真っ赤っかだ。
気恥ずかしい……でも、 心地いい。
俺はもう少しそうしてたくて猫子の頭をそっと撫でた。
辺りがすっかり暗くなったころ。
俺はようやく家に辿り着いた。
猫子とはなんとか仲直りできたが、 じつはもう一人仲直りするべき人間がいる。
それは。
「鳴海、 ただいま!」
そうです、 My sisterです。
無論、 先ほどの返事はない。
ただこちらは無駄に15年も一緒にいるので仲直りのしかたはわかっている。
俺は返事のないまま居間に向かった。
「おーい、 帰ったぞー」
「あ、 おかえり」
今度は返ってきたがむちゃくちゃ不機嫌だ。
なんかすげー睨んできてる。 かわいいな。
俺はそんな愛らしい蔑みの視線を一身に受けながら居間に足を踏み入れた。
鳴海はちゃぶ台の前に胡坐を搔いたままジトーっと俺の姿を視線で追ってくる。
正直、 可愛すぎて今すぐにでも抱き着いてやりたいがそうもいかない。
俺はその気持ちを必死に押さえつけながら鳴海の前に正座した。
これからするのは俺の誠心誠意の謝罪だ。
15年間、 ひたすら鳴海の為だけに研究し立案した。 猫実流鳴海式謝罪術だ。
ちょっとジャンプにありそーじゃね。
俺はすっと息を吸いこみ心を落ち受ける。
コツはなるべく無心にだ。
何を言われても傷つかないレベルで。
そして両手を膝の前につき。
勢いに任せて地べたに額を押し付け叫ぶ!
「もーしわけございませんでしたっ!!」
そうです。 土下座です。 それも完璧なDOGEZAです。
これこそ鳴海への謝罪。
俺が年にいや月に幾度となく行う謝罪方法だ。
おかげで慣れたわ。
どうやら鳴海も見慣れたらしく別に驚く様子もない。
普通に穏やかな口調で。
「もういいよ顔あげて」
と言って俺の前で立膝をつく。
だがこれで顔を上げてはならない。
もう少し耐えるのだ。
このあと鳴海が少し甘ったるい口調で何事か囁きながら頭を撫でてくれるまで。
そうすればそのあとはさんざん甘えてくれる。
まったく考えただけでニヤケが止まらないぜ。
別にシスコンとかじゃないからな。 鳴海がブラコンなだけだ。 そうだ、 絶対、 確実に。
たぶん、 そうだよね?
鳴海の暖かな手が伸びる。
あと……すこしっ!
「猫実、 なにやってんの?」
え、 猫子さん? もう来ちゃったの。
「あ、 成海さん! 今日はご飯食べますよね」
あの鳴海ちゃんどこ行くのかな?
「うん! もちろん」
あの俺このままですか?
わき通ったのにほっとくんですか。
こうして俺は見事、 二人と仲直り果たし。
我が家にはまたも騒がしい食卓が帰ってきたのだった。
にしても……俺いつまで土下座してればいいの?