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野良猫と生徒会

「暑いー……ジメジメするぅ」

 湿気と熱気で地獄と化した教室に、 これまた湿気と熱気で廃人と化した猫子の弱々しい声が木霊する。

「ほんとな……頭おかしくなりそう」

「いや、 あんたは元からおかしいわよ」

「んだと、 こら?」

 いや、 キレる気力もわかねぇわ。

 そんな6月全盛期の今日このごろ。

 俺と猫子はトイレに行ったっきり戻ってこない宗吾と隼人を待っていた。

 教室内にはもう俺達以外の姿はない。

 櫻子は絶賛部活動中だ。

 全く……普通、 弁当に刺身は無いだろ。

 明らかに糸引いてたぞ。

 そんな事を思いながらも俺達はひたすらに待ち続けている。

 ちなみにこの間の俺達の会話といえば。

「暑い猫実。 どうにかして」

「いや、 無理だから」

「は? 死ねば」

「え……」

 これのエンドレスループである。

 猫子は机に突っ伏した頭を無理やり上げると……。

「暑い猫実……」

「もうやめてっ!」

 これ以上、 生きる事を否定されたら俺の心が持たないよ。

「むーっ」

 猫子はあからさまに不機嫌な顔をすると再び机に突っ伏した。

 え、 そんなに俺の生命活動を否定したかったの?

 もうそれドSを通りこしてサイコパスだよ?

 ちなみにどうでもいい事ですが、 制服が冬服から、 半袖ワイシャツ、 ブラウスの夏服に変わりました。

 まぁ、 普通の制服なんで特記する事はないですが。

 以上、 業務連絡でした!

 ガララっ!

「いやー、 出した出した!」

「はしたないぞ、 宗吾」

 訳の分からん業務連絡の終了と同時にドアが開き景気の良い声が飛び込んできた。

 見ると、 まぁ宗吾と隼人である。

「まじ滝みたいだったぜう〇こ! 凄かったぜう〇こ!」

「ほんと、 凄かったよなう〇こ! 俺はもう滝というか津波だったう〇こ!」

 隼人、 お前の腹の中では大地震でも起きてたのか?

 つか、 語尾にう〇こ付けないと気が済まないのかよ……う〇こ。

 ようやく帰ってきた二人から視線を外し猫子に向けると。

「二人ともおかえり! それで死んでもらえる?」

 猫子が弾けるような笑顔で死刑執行を言い渡していた。

 こいつもうサイコパスだよね? そうなんだよね?

「え、 猫子ちゃん?」

「ちょ……それは不味くない?」

 凄まじい殺気を撒き散らしながら近づいてくる猫子に二人は怯えきって後ずさる。

 いつの間にか二人とも抱き合ってるよ。

「いや、 大丈夫よ? すぐに終わるから」

 それ人生の事じゃ無いよな!?

 あまりの殺気に二人は遂に腰を抜かした。

 ガシャンっと音を立てて尻餅をついたまま動かない。

 口からは『ひぃっ』 と小さな悲鳴が漏れるのみ。

 対する猫子は、

「さぁ、 口を開けなさい」

 ととびきりの笑顔で宗吾の口を無理やりこじ開けた。

 右手には……あれは!?

「大丈夫よ、 ただの刺身だから」

 いやいやっ! 糸引いてるよっ!?

 めっちゃ引いてるよっ?

 納豆とオクラをミキサーで混ぜてとろろで割ったみたいなレベルで粘ってるよ!?

 それ、 ちょっと美味そうじゃね?

 猫子は怯える宗吾の口に全ての元凶(サーモン) を放り込んだ。

「んんーっ!!」

 宗吾は最後の抵抗と言わんばかりに咀嚼しない。

 意地でもしない。

 だが猫子はそんな宗吾に、

「さっさと食えよっ!」

 と怒鳴ってから顎を蹴り飛ばした。

 今、 一瞬本性見せたぞ……サイコパスだ!

 蹴られた衝撃で遂に宗吾の喉仏が動いた。

 顔が見る見るうちに青ざめる。

「お、 おい……宗吾?」

 恐怖で引きつった隼人の声。

 顔面蒼白を通り越して死人の如き顔色になる宗吾。

 そして、 我慢の限界に達したのか宗吾は教室を駆け出ていった。

「宗"吾"ーっ!!」

 響く断末魔の叫び。

 だけどな隼人……次はお前なんだよ。

「さぁて隼人くぅん。 ご飯にしましょぅかぁ?」

 不気味な笑みの猫子がガバリと隼人の方を向いた。

 右手には諸悪の根源(〆鯖)……渋いな。

「や、 やめてくれ!」

 泣き叫ぶ隼人。

 だがサイコパスは容赦なく隼人の口をこじ開けた。

「あぐっ! あがっ!」

 隼人はもう恐怖で瞳孔が開ききっている。

 目からは涙が大津波だ。

 顔面で大震災でも起こったのかな?

「ウフフ……さようなら」

 猫子は最後にそう吐き捨てると隼人の口に〆鯖を放り込んだ。

「んんーっ!」

 そして、 口を無理やり閉じさせ咀嚼させる。

 瞬く間に青白くなる隼人の顔色。

「うぉーっ!」

 そして腹の中で大規模な断層でも起きたらしくトイレに駆け行っていった。

 あぁ……これでまた一時間待つのかよ。

 もう帰っちゃおっかな。

「猫実ぇっ……」

「ん? ……え」

「貴方も食事の時間よ?」

 猫子はえげつない程、 ゲスい表情でこちらを睨んでいた。

 右手には憎悪の結晶(えんがわ)が握られている。

「いや……ちょっと待て!」

「ウフフ……またなぁい」

 コツコツとゆっくり近づいてくる猫子。

「ちょっ、 まっ!」

 逃げる様に後ずさるがすぐに壁がきた。

 もう後が無い。

 熱気と湿気で我を失ったサイコパスが迫る。

 右手にえんがわを握り表情は不気味にひきつっている。

 そして怯える俺の口を無理やりこじ開けた。

「やめ……やめろっ!」

 俺の断末魔。

 だが、 サイコパスはもう止まらない。

 むしろ嫌がる俺の様子を見て楽しんでる気すらする。

 こいつ国のために今のうちに逮捕した方がいいよ……マジで。

「んふふ……さようなら」

 遂に悪魔のえんがわが迫ってきた。

 俺は必死に猫子の右手を押さえつけ抵抗するが、 ここに来て覚醒したのか抑えきれない。

 力強すぎだろ……。

 じりじりと近づくえんがわ。

 もう……だめだぁ。

 そう諦めてすべての運命を受け入れようとした時。

 ガララっ

 勢いよく扉が開いて女生徒がスタスタと入ってきた。

 それと同時に猫子の力も抜けた。

 二人してその女生徒に見とれている。

 艶っぽくどこか色気すら感じる黒髪ロング。

 清潔感のある大人びた綺麗な顔立ち。

 ボンっきゅっぼんっのセクシーなナイスバディ。

 女でも惚れそうな誘惑たっぷりな彼女は俺たちの目の前までやってくると。

「お前っ、 私の奴隷になれっ!」

「喜んでっ、 ふぐっ!」

 せっかくえんがわを免れた俺に、 今度はサイコパスの正拳突きが鳩尾にクリーンヒットした。

 やばい……なんか目覚めたかも。


 中央棟の2階、 南側。

 応接室用のソファーの心地よい座り心地を感じる。

 日当たりが良く、 校長室や職員室が位置するそのエリアにその部屋はあった。

 その部屋の名は生徒会室。

 本来、 猫実達にとって無縁であるはずのそこに、 なぜだが今回は招かれたのだ。

 ちなみに宗吾と隼人もちゃんと連れてきた。

 招いたのは、 先ほど猫実に奴隷宣言をした女の子。

 彼女はこの場で言う上座、 バックに窓という日の光を存分に得られる場所に置かれた上品な革製の執務椅子にふんぞり返っていた。

 彼女の名は早瀬 佳奈。3年。

 この学校の生徒会長……の一人だ。

 実は、 この学校にはわけあって生徒会が三つある。

 まあ、 訳は生徒会長が説明してくれるだろう。

「君は、 この学校の校舎が三つあることは理解しているね」

「まあ、 一応……大きく分けて北棟、 中央棟、 南棟ですよね」

 くそっ、 偉そうにしやがって……興奮するだろうが。

 いや別にMとかじゃないからね? ほんとだよ?

「うむ、 その通りだ。 わが校の生徒数は約2000人、 その人数を収容するにはこうなるのは必然と言える。 だが、 こうなると管理が間に合わない」

「だから生徒会を三つに?」

「その通りだ、 先代校長は生徒の自治活性化の元に生徒会を棟ごとに三つに分散させた。 だが現在三つの生徒会はそれぞれの管轄エリアや待遇を巡って、 武力を使った対立をしている」

「へえ……で、 そんなこと俺たちに話してどうするんですか?」

 そう、 意味がないのだ。

 こんな事を俺たちに説明しようが、 俺たちにしてみれば「はい、 そうですか」 としかならない。

 無論、 皆も同じ思いらしく、 あからさまにどうでもよさそうに聞いている。

 おい……宗吾、 なに鼻の下の伸ばしてんだよ。

 佳奈様は俺の物だぞ。

「理由ならある」

 そんな俺の嫁……生徒会長はドS気質満載な嗜虐的な笑みを浮かべながら言った。

 そんな女王様の様な微笑みに俺たちは一瞬身構える。

「り、 理由って?」

 そんな微笑みに対抗すべく宗吾が尋ねた。

 鼻息荒すぎんだろ……。

 宗吾の問いに対して佳奈はまさかのフルシカトという、 まああいつが興奮しそうな返しをして見せる。

「……っく、 このサドスティックな返し最高すぎる!」

「宗吾、 頼むから死んでくれ」

 真正のドMをほっぽり会長はふんぞっていた体を引き上げると、 両拳を組み執務机の上に置いた。

 そして、 俺の方を向く。

「私は言ったはずだ、 奴隷になれと」

「いや、 んな事言われても」

 そもそも、 そんな事を平然と言うなよ……ここは中世ヨーロッパか。

 あと猫子さん、 さっきから隣で俺の足踏むの止めてもらえます?

「私の言う奴隷とは剣闘士の事だ」

「剣闘士っすか?」

 なにそれかっこいい。

「そうだ、 私の為、 学校の為に勇猛果敢に戦う戦士。 我ら中央生徒会の敵を打ち砕く戦……」

「ちょ、 ちょっとまって!」

 俺は、 会長の熱弁を無理やり遮った。

「……っ、 なんだ?」

 いや、 そんな不満そうな顔するなよ。

 それは無理だろ、 当然の如く話を進めるなよ。

「そ、 それはつまり」

「あぁ、 生徒会抗争の終結に力を貸して貰う」

「嫌だっ!」

 思わず怒鳴ってしまった。

 俺のあまりの剣幕に猫子が心配そうに見つめてくる。

「ど、 どうしたのだ? いきなり」

 流石の会長も面食らったらしい。

 ちょっとたじろいでいる。

 だが、 実際俺も人にキレるとかあまり慣れてない。

「俺は……もう、 暴力は……捨てました」

 口に出した言葉はか細く、 途切れ途切れでとても弱々しい物となった。

 まじ、 コニュ症かよ。

 対する会長は、

「お前に暴力など捨てられる訳がない」

「……っ!」

 寸分たがわぬドSっぷり。

 先ほどと変わらず偉そうな平常運転だ。

 そんなに断言されるとこっちが余計困る。

「そ、 そんなの……わからないじゃないですか」

「いやわかる。 お前には暴力しかないだろう」

「そんなこと無いっ!」

 再び声を上げてしまった。

 だが、 会長はもう慣れたのだろうか。

 特に驚く様子はない。

 むしろ隣に座る猫子の方がなぜか悲しそうに表情を暗くして俯いていた。

 なんで、 お前がそんな顔すんだよ。

 そんな顔、 見たくねーよ。

 俺は立ち上がると、 猫子達にも立つように促した。

 皆はが怪訝そうに立ち上がる。

「とにかく、 その話はお断りします」

 最後にそう言い残すとドアへと急ぐ。

 皆も後ろを何やら気まずそうについてきた。

「明日の放課後、 北棟と中央棟の連絡口。 そここそがお前の居場所だ」

 俺がドアノブに手をかけた時、 会長が吐き捨てるように言った。

 だが、 俺はそれを全力でシカトして。

「失礼しました」

 そう最後に残して部屋を後にした。


 生徒会室を後にして俺たちは帰路についた。

 今はもう猫子と二人きり、 空は西の方が薄紫色にかがやいているのみだ。

 時折、 湿気を含んだ生暖かい風が吹きぬける。

 そんな中を二人無言で歩く。

 そういえばこいつ生徒会室出てから一度も口を聞いてないな。

 宗吾と隼人は割とすぐにしゃべりだして、 会長の性癖……愚痴を言い合ってたのに。

 なんか怒らせるようなことしたっけ?

 殺されそうにはなったけど。

 あれほんと俺とばっちりだよね。

 そんな事を思ってるといつの間にかもう最後の曲がり角だ。

 ここを曲がれば後はもう道なりでお互いの家まで三分とかからない。

 そんないつもの曲がり角。

 いつもなら何食わぬ顔で曲がるのだが。

 今日は違った。

「猫実……」

 猫子はなぜか立ち止まり先を行く俺を呼び止めた。

「どうしたん……っ?」

 振り向きざまに発した言葉を俺は飲み込んだ。

 だって視界に飛び込んできた猫子の表情があまりに儚かったから。

 でも、 視線だけはなぜかすがるようで……涙をためながら「助けて」 と懇願してくる。

 悲しいというよりは自分が嫌いになったという感じ。

 酷く自分に嫌気がさして、 辟易している。

 そんな印象を抱かせるような表情だった。

「なんだよ、 そんな絶望感満載な顔して」

 俺は猫子の表情にどことなく恐怖を感じわざと冗談めかして言った。

 だが、 猫はそんな俺の努力をいとも簡単に打ち砕く。

「あんたは、 明日戦いなさい」

「え……」

 ぼそっと呟いた猫子の言葉。

 それは今までの俺と猫子の関係性、 その全てを否定す言葉だった。

「なんで……そんな?」

 そうだ、 お前がなんでそんな事言うんだよ。

「な、 なあ。 猫子」

 お前の事、 信じてたんだぞ。

「お、 おい……」

 黙ってんじゃ……ねぇよ。

「あんたにはやっぱり、 暴力がふさわしい」

「…………」

 絶句した。

 猫子の言葉に、 猫子の表情に。

 どうしてお前が泣いてるんだよ。

 それじゃあ、 怒れないよ。

 瞳から大粒の涙を流し、 静かに泣いている猫子。

 俺は激しく憤りたい気持ちを抑えながらそんな猫子に背を向けた。

「そうかよ……じゃあな」

 最後に吐き捨てた言葉は自分の耳にはひどく冷たく聞こえた。

 猫子には、 どう聞こえたんだろうか。

 俺にはわからない。

 ただ、 足早に家路につく俺の背中に猫子から声をかけられる事はなかった。


「もしもし、 どしたの猫子ちゃん?」

「……えぐ、 んっ……、 宗吾ぉ……」

「……っ、 泣いてるのか」

「どうしよう……どうしようっ!」





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