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野良猫と蕾

『今日も雨だねー』

『うんー、 やっぱりテンションさがるね』

「宗吾、 今日も猫実来なかったね……」

「猫子ちゃん……うん、 これで三日目だな」

「あの女の事……やっぱり気にしてるのかな?」

「かも……しれない」

 ガララっ!

「はーい、 それじゃ朝のHR始めるわよ!」

「あ、 みえっちゃん来た。 それじゃ俺は席に戻るよ」

「うん……」

「そんなに浮かない顔しないでよ。 猫実も出てきにくくなっちゃう」

「うん……! そうだね!」

「うん、 んじゃ!」


 この小説、 視点一人称だから猫実いないと描写……書けないんですよね。

 と、 言うわけで猫実に登場して頂きましょう!


「お兄ちゃん! また学校サボったの?」

 三日前から続く雨のせいで家の中もどんよりと湿気っている。

 床が畳の居間はなおさら凄い。

 カビ生えてくんじゃね、 これ。

 そして、 俺は三日前から学校に行っていない。

 今は三時過ぎ、 ちょうど下校時間といった所だろうか。

 まぁ、 学校をサボった俺には関係無いのだが……。

 三日前、 蕾がうちのクラスにやって来た。

 彼女はその瞳だけで俺の記憶をかき混ぜトラウマを見事に蘇らせた。

 忘れたはずの、 忘れようとしたはずのそれを……。

「ねぇ! お兄ちゃんってば!」

「のわっ! 鳴海……」

 俺がボケっと居間で胡座をかいているといつの間にか目の前に鳴海の顔があった。

 鳴海は俺の前で胡座をかくと少し頬を膨らませこちらを睨んでいる。

「ど、 どうした?」

「それはこっちのセリフ! お兄ちゃん、 最近ずっと様子がおかしいし……元気ないし……そもそも学校行ってないし……」

「い、 言いながら悲しそうな顔をするなよ……」

「ねぇ、 なんで学校行かないの? 成海さんにフラレでもしたの?」

「ちげーよっ!! つか、 コクリすらしてないわ!」

 そんな事を真面目な顔で言うなよな!

 冗談は冗談めかして言え。

 でも、 鳴海が心配する程、 表に出てたのか。

 お兄ちゃんでもたまには甘えてもいいかな……。

「鳴海……昔の事、 どう思う?」

「昔の事?」

「そうだ、 その……父さんと母さんが死んでから」

「……っ! そんな事……」

 鳴海の表情が一瞬、 暗くなった。

 いつも明るく笑っている分、 その一瞬みせた表情は俺にはとても新鮮な物で。

 でも、 やっぱり一瞬で、

「私は、 楽しかったよ!」

 その言葉を発した時には既にいつもどうりの鳴海だった。

「楽しかったか?」

「うん、 だってお兄ちゃんが守ってくれたから」

 でも、 俺は知ってるぞ。

「お兄ちゃんがいつもそばにいてくれたから」

 何年、 一緒にいると思ってるんだ。

「お兄ちゃんがいつも味方だったから」

 本当に辛い時、 お前はやたらと俺の話をするんだよ。

 しかも、 とびきりの作り笑顔で。

 ごめんな……不甲斐ないお兄ちゃんで。

 妹にこんなに守られて、 それでいて何も出来なくて。

 鳴海……お前にまでトラウマを残させちゃって。

「……ぅ、 うぐっ…………んぅっ!」

「お兄ちゃん……?」

 妹の前で泣いてしまえる兄でごめんな。

 俺は、 謝罪や感謝や甘えやら沢山の感情を込めて鳴海を抱き締めた。

「ごめん……今はこうしていたい」

「……っ! 仕方ないお兄ちゃんだな」

 鳴海はお母さん似なのかもしれない。

 甘える俺の頭を優しく撫で続けてくれた。

 でも、 結局……俺は何も変われていない。


 さて、 次のシーンに行く前に皆様にお願いがあります。

 ……人称の切り替えの許可を強く乞います!


 朝から降っている雨は午後もその雨足を弱める事なく降り続き、 学生のモチベーションを地の底まで低下させていた。

 そのせいか、 全授業を終えようやく帰れると、 いつもは騒ぎまくっている時間なのに今日はどことなくドンよりと沈んだ雰囲気が流れている。

 だが、 その中で一人猫子は違う事に気を取られていた。

「猫実の……過去」

 机に突っ伏しそうポツリと呟く。

 猫子の考え事。

 それは猫実の過去。

 正直、 猫子は猫実の事を散々に侮辱しようが軽蔑しようが軽視はしていなかった。

 彼には他人には無い強さがある。

 どんな困難にも立ち向かえる強さが。

 弱点なんかないと。

 単純に言えば、 一目置いていたのだ。

 だが、 彼女が蕾が目の前に現れた時の猫実の反応は明らかに猫子の認識している彼ではなかった。

 彼は突如挙動不審となり、 怯え、 逃げ出した。

 それは猫実の弱点が明らかになった瞬間であり猫子が猫実を知りたいと思った瞬間でもあった。

 そして、 今自分のそばに彼を一番良く知る人物はやはり彼女だろう。

 それが、 一番手っ取り早い。

「……はぁ、」

 猫子は短い嘆息を吐くと重そうに腰をあげた。

 彼女自身、 本当は聞きたくないのだ。

 別に猫実の過去を知りたくない訳じゃない。

 それはむしろめちゃくちゃ聞きたい。

 ならなぜか、

「い、 五十嵐さん……」

 単純に蕾と話したくないのだ。

 この女は猫子にとって大嫌いな奴ベスト3に入る程のベストオブ大っ嫌いな奴なのだ。

 この完璧なまでの容姿。

 どこまでも作り込まれた……洗練された性格。

 男ならイチコロであろう悪魔……天使の様な笑顔。

 いや、 別に作者のベストオブ大っ嫌いじゃないかね!?

 猫子のだから!! 勘違いしないでよねっ?

 この描写は意味不明だな。

 とにかく、 大嫌いなのだ猫子は。

「どうしたの鳴海さん?」

 蕾は天使の様な微笑みと共にわざわざ猫子をさん付けにして呼んできた。

 その、 良く取れば礼儀正しい。

 悪く取れば他人行儀な態度に辟易しながらも猫子は、

「あ、 あの!? ちょっと……面を貸して欲しいで、 ございますぅ!?」

 いやっ! 上がりすぎじゃない!?

 誠心誠意、 全力投球でキョドりながら外へ連れ出した。


 猫子は蕾を無理やり階段の踊り場へと連れてきた。

 その間に緊張で三回程躓き、 一回ズッコケた事は深く突っ込まないで欲しい。

 あそこ、 出っ張りなんて無かったよな……?

 踊り場は帰りのHRが近いからか人の姿は無く、 寂しげな雰囲気が漂っていた。

 だが、 いざ踊り場にやって来た猫子は先程の間抜けな姿など無かったかのように清々しく(青ざめているとも取れる)悠々と窓の外の雨空を眺めていた。

 決して蕾の瞳は見ない。

 むちゃくちゃ、 気にしてんじゃん。

「あの……猫子さん?」

 そんな猫子に蕾は怪訝そうな態度をとった。

 まぁ、 当然だろう。

 突然、 変な奴に連れ出されたんだから。

 猫子は蕾の呼びかけにビクッとしたが直ぐに平常を取り戻すと口を開いた。

 ちなみに視線を合わしたとは言っていない。

「ね、 猫実の事を……聞きたくて」

 まだ、 緊張で単語単語のイントネーションがおかしいが……良く言えたな猫子。

 猫子の口から発された言葉は意外だったのか蕾は少し目を見開いた。

 だが、 直ぐに表情を戻すと今度は不気味に口角をクイッとあげる。

「貴女……猫実の彼女?」

「んなっ、 違うわよ! バカっ!」

「じゃあ好きなの……?」

「あんた、 ふざけた事を言って……っ!」

 反射的に視線を合わせた猫子はまだ途中だったセリフをその一瞬走った恐怖に飲み込んだ。

 今、 猫子が見ている蕾は蕾じゃない。

 あの品行方正、 八方美人の絶対少女じゃない。

 今の蕾はそれこそ悪魔だ。

 邪神と言ってもいい。

 可愛げだった表情は何ともいえない邪悪な微笑みで崩れ。

 いつも眩しくなるほど輝いていた真っ白いオーラは、 今はその面影を消し真っ黒にすさんでいる。

 そんな彼女に抱く感情はまさに恐怖、 それ以外の何物でもない。

「ねぇ……なんでそんな事を聞くのかしら?」

「そ、 それは……」

 邪気を辺りに撒き散らしながら邪神が迫る。

「どうして、 猫実の事が気になるの?」

 邪気の篭った邪神の両手がガシッと猫子の肩を強く掴んだ。

 その邪気に押されながらも猫子は必死に自分の信念を探る。

 自分の中に絶対にある猫実への思いを自分自身に問いかける。

「貴方にとって猫実は何っ?」

「……っ!」

 そして、 見つけた。

 自分なりの答えを、 猫実への思いを。

「猫実は……」

 そして必死に言葉としてこの世に紡ぎ出す。

 邪神に打ち勝つ唯一の武器として。

「私の好きな人だっ!」

「はぁぁっ!?」

 猫子の武器に対して蕾は素っ頓狂な声をあげた。

 それと同時に肩から手を離し二、 三歩後ずさる。

 無理もない、 いきなり訳の分からん事をほざき始めたのだから。

 それに当の言った本人は得意げにどや顔を決め込んでいるときた。

 そりゃ、 訳わかないよ……うん。

「あ、 貴女。 さっきと言ってる事が……」

「さっきのは無し! 前言撤回! 私は猫実が好き!」

「いや……そんな得意気されても困るのだけれど」

「え、 そう……」

 ようやく猫子は萎んだ。

 これでようやく蕾もペースを取り戻す。

「一応、 聞いておくわ。 なぜ?」

「かわいそうだから」

「は?」

 今日の猫子はいつにもましてぶっ飛んでいらっしゃる。

「だって、 猫実は過去に何かあったんでしょ? そういう人って側で支えたくならない?」

「い、 いやそれは恋愛感情じゃない! 同情って言うのよ!?」

「同情か……私のは少し違うな」

 ようやく猫子のテンションが下がり始めた。

 今度はどこかしんみりとしだす。

 そのひっちゃかめっちゃかに変わる猫子のテンションに蕾は更なる混乱を招く。

「同族愛好って言うのかな? 同族嫌悪の逆……ほらっ、 似た境遇の人ってそれだけで気にならない?」

「貴女は猫実の同族だって言うの?」

「うん、 なんとなく」

「猫実の身に何が起きたか知らないのに?」

「それでも辛い過去を引きずってるってのはわかる。 それに猫実の過去は猫実からちゃんと話して貰う」

「迷惑かも知れないわよ? 余計なお世話かもよ?」

「そう……かもね。 でも私は猫実を支えたい。 傍に居たい。 そうすれば……」

 猫子はそこで言葉をきった。

 ふぅと息を吐く。

 そして一呼吸分間を開けると、 再び口を開いた。

「私の事も支えて貰える」

「……っ!」

「ずっと一人で過去に現在に向き合ってた、 戦ってた。 ずっと孤独だった。 理解者が欲しかった……」

「それが猫実だって言うの?」

「うん……私は誰かと共に居たい!」

 二人の間にしばらく沈黙が流れる。

 それぞれが何かを考える。

 猫子は猫実の事を。

 蕾は猫子の事を。

 誰もが誰かの事を考える。

 だが、 先に考えが纏まったのは蕾だった。

「やっぱり、 貴女の感情は同情よ。 同情から来る自己満足」

「それでも、 猫実が欲しい」

「ふっ、 じゃあもう何も言わないわ。 行きなさい……猫実の元へ」

「うん、 行ってくる」

 そう言うと猫子は蕾の傍らを通って昇降口へと向かう。

 だが、 一度立ち止まると振り返り。

「蕾! 私、 あんたの事すっごい苦手!」

「は……?」

「でも嫌いじゃない!」

 そう言うと今度こそ昇降口へ向かって走っていく。

 蕾はそんな猫子の背中に、

「うっさい! 猫子!」

 と今度は呼び捨てで悪態を吐いた。


 未だ雨が降り続く夕方、 五時頃。

 まぁ、 この季節だとこの時間から夕日が見えるという事は無いのだが……今日は青空すら見えない。

 つか、 ここ最近見てないわ。

 太陽は職務放棄でもしたのだろうか。

 そんな中、 ちょっと前に涙が止まった俺は今度は何もかもに無気力になりただ居間でほけーっと座りこんでいた。

 流石の鳴海も空気を読んで何も言ってこない。

 珍しくせっせこ家事に勤しんでいる。

 いや……ほんとに珍しい。

 雨の原因はこいつか?

 そんな時、

 ピンポーン!

 部屋中に間抜けな呼び鈴が鳴り響いた。

「ん、 だれだろ?」

 怪訝そうにしながらも鳴海がトテトテと小走りで玄関に向かう。

 俺もチラと玄関を見るがどうでもいいので直ぐに目を逸らした。

「はーい、 どちら様……成海さん?」

「ごめん、 鳴海ちゃん。 ちょっとお邪魔するわよ」

「え、 ちょっ!」

 何やら玄関が騒がしい。

 つか、 近づいて来てね?

「何してんのよ……猫実」

「……猫子?」

 いつの間にか目の前で猫子が立ちはだかり俺を見下していた。

 鳴海は……奥の物陰で怯えてる。

「やめろよ……すげー怖いぞ」

「あんたこそ何よその無気力な喋り方」

「…………」

 正直、 今はかまってられない。

 俺は最大限の隔壁で心を閉ざした。

 だが、 こいつは立膝をつき俺の顔を覗き込むと、

「どうしたってのよ! 何がそんなに怖いのよ」

 俺の心に無理やり入ろうとする。

「私を頼ってっ!」

 どんなに閉ざしても。

「私に話してっ!」

 直ぐにまた隙間を見つけてくる。

「私はあんたの傍に居たいの!」

 だから、 だから俺は……!

「弱気になるじゃ……ねぇかっ!」

「……っ!」

 本日、 二度目の涙である。

 もう面子もクソもあったもんじゃない。

「なんで……なんで俺の事っ! かまうんだよぅ……!」

「それはあんたを支えたいから」

「余計なお世話だ!」

 あぁ、 なんでこんな事しか言えないかなぁ?

 ほんとはもっとっ!

「そんな事ない! あんたは望んでた、 ずっとこうして貰える事を望んでた!」

「……っ!」

 それなのにこいつは気づく。

 俺の心を思考をすべて深読みしてる。

 だから俺も涙と共に全ての嘘を吐き出せる。

「どうしてっ……どうして。 なんで気づいちゃうかなぁ?」

「分かるよ……だって猫実と私は同じだもん! 本当は支えて欲しかったんでしょ? 頼りたかったんでしょ?」

「……っ、 でもっ出来なかったぁ! 俺がしっかりしなきゃって……勝手に勘違いして一人で抱え込んでっ!」

「だから、 ずっと必死に力を求めんだよね?」

「……うん」

 そうだ、 でもようやく変われるって気づいた。

 だから、 暴力を棄てた。

 猫子を頼ろうとした。

 だからっ、 だから!

「あんたに足りなかったのは……」

 そこで言葉を切った猫子。

 それと同時に俺の視界が塞がった。

「温もりだよ……」

「……ぅっ!…………ぐっ! ……んんっ!うぅっ!」

 涙腺が決壊する。

 苦しい、 顔面を抱きしめるなよ……。

 別にお前の貧相な胸に顔を埋めたって……!

 ……でも、 温かい。

「ごめん……しばらくこうしてていい?」

「うん……そのかわり私の事も支えて貰うから」

「わかった……」

 俺はしばらくその久しぶりに感じる温もりに包まれていた。


「中1の時、 親を亡くした」

 本日二度目の涙を心置きなく流しきった俺は猫子に求められるまま自分の過去を語っていた。

 今度は鳴海もちゃんと傍らにちょこんと座っている。

「そう……だっだんだ」

 猫子は俺達と向かい合う様に正座をして俺の言葉に少し気まずそうにたじろいでいた。

 だが、 すぐ様態度を改めると。

「それから……どうしたの?」

 と尋ねてきた。

「親戚の家をたらい回しさ」

「待遇は良かった?」

「……とても良いとは言えなかった。 もともと、 俺の父さんと母さんは駆け落ちだったらしいから、 その時点で親戚からの印象は最悪だったらしい」

「…………」

「そんな奴らの子供だ。 虐めたくなるのもわからなく無い……」

「でもっ、 だからって虐めていい理由にはならない!」

 猫子は声を荒げた。

 正直、 自分の為に憤ってくれることが素直に嬉しい。

「ありがとう……」

「ううん、 それで蕾とはどういう……?」

 申し訳なさそうに、 まるで壊れ物に触れるかのように猫子は言った。

 だから、 俺はそんな猫子を不安にさせないようになるべく平常を装って。

「蕾はただの従姉妹だ。 実際になにかあったのはあいつの父親、 つまり俺の叔父と」

「殴ったって……?」

「うん……殴った。 それも何度も殴った……それで鼻の骨を折ったらしい」

「……っ! どうして?」

 今日の猫子はやけに質問攻めしてくるな。

「今まで受けた虐待への憤りが爆発した。 正直、 あの時は誰でも良かった。 誰でも良いから殴りたかった……」

 猫子の質問にちゃんと答えたいが故に俺はあの時の事を、 あの時思った事を素直に語った。

 猫子はそれを一字一句、 真面目な顔で聞き。

 時に相槌を打ち、 時に憤って声をあげていた。

 そして、 一度も俺を否定しなかった。


「それじゃ……そろそろ帰るね」

「あ、 おぅ……じゃあな」

 気まずい話も終え。

 しばらくダラダラと過ごしていたが、 窓の外がそろそろ暗くなり始めたのでお開きにする事になった。

 ただ、 やはり俺達の間にはまだなんだか気まずい雰囲気が残っている。

 だから、 俺はそれを払拭したくて。

「どうして……俺の事なんか気にかけてくれたんだ?」

 そう、 ガラにも無いことを言ってみる。

 それに猫子は最大限の微笑みで。

「私と猫実は同じだからだよ!」

 とハキハキと返してみせた。

「そっか……同じか」

 正直、 意味なんか何一つわからないけど。

 むしろ何か不安なくらいだけど。

 ただ、 今は理解者が出来ただけで、 それだけで嬉しい。

 だから、 俺は何も言わずに玄関に向かう猫子を見送った。

 これで……いいよな?

「ねぇ、 生活費ってどうしてるの?」

「……はい?」

 いきなりの問いかけに素っ頓狂な声を出してしまった。

 だって、 こいつもう帰るとこだよ。

 一回、 ドアノブに手をかけてたんだよ!?

「いや、 だから生活費!」

「え、 バイトだけど……」

「学費は?」

 え、 何こいつ口座番号聞きたいの?

 いやそれは流石に……。

「それは、 父さん達が残してくれた金で」

 自慢じゃないけど父さんは生前チョーが付くくらいのエリートだったんだぞ。

 スゴイだろ。

「ふーん」

 俺の返答に猫子は何やら意味有り気な含み笑いを浮かべている。

 こういう時って大抵……。

「わかった! これから毎日、 私が夕飯作ってあげる!」

「はぁ!?」

 変な事しか言い出さないんだよなぁ。

「いや、 ちょっとまて!」

「なぜ、 そうなる?」

「いいじゃない! 猫実、 バイト大変でしょ!」

「いや大変だけども……お前、 親は?」

「親は大丈夫っ、 いないから」

「は?」

「だから、 私が夕飯作るの!」

 もう、 むちゃくちゃだよ……。

 そうだ、 こういう時の為にジャンケンがあるんじゃないか!

「よし、 猫子。 俺とジュースやって勝てたら許してやるよ」

「いいじゃないの! 受けてたつわ!」

 ふふっ、 ジュースの猛者と言われた俺に勝てるかな?

 ちなみにジュースとはジャンケンを何回もやり、 先に十勝した方が勝ちという。

 正直、 使い道の良くわからないゲームだ。

 それじゃあ!

「ジャーンケーン!」


 ストレート負けしました。

 ついでに泣きの再戦を三回やって40回ジャンケンしたけど一度も勝てませんでした!

 今でもあの猫子のどうしようもないドヤ顔が忘れられない……。

 クソッ、 オレはまだ本気出してないだけだ!

 かくして、 我が家の食卓がより一層賑やかになったのだった。

 にしても、 あいつ親が居ないってどういう事だ?


 翌日、 三日間降り続いた雨もあがり帰ってきた清々しい程晴れ渡った空と共に俺も学校に帰ってきた。

 だだ、 そんな俺の緊張と勇気の篭った学校復帰の描写は作者のやる気……特記する事があまり無いため割愛させて貰う。

 しかしあれだな……休み明けのあのチヤホヤはやっぱいいな。

 あんなにチヤホヤされるなら一週間おきに休んじゃおっかな。

「何、 アホな事言ってんの!」

「なぜ俺の考えが分かったの、 猫子さん!?」

 おいおい、 こいつエスパーかなんかかよ。


 俺の復帰によるチヤホヤは一時間ももたず。

 次の時間にはいつものように受け入れられていた。

 まぁ、 こんなもんだよね。

 そして今は放課後。

 先程、 帰りのHRが終了し皆がやれ帰宅だやれ部活だと騒ぎ立てている頃。

 って、 うちのクラスって基本うるさくね?

 俺は最後の残し事を片づけにかかる。

 それは。

「なぁ、 蕾」

 トラウマの克服だ。

 まぁ、 全ては無理だけど。

 せめて蕾という存在は克服しようという魂胆だ。

「ん、 どうしたの猫実?」

 俺の呼びかけに蕾は明るい笑顔で答えて見せた。

 だが、 猫子が言っていた……。

 こいつのこのエンジェルスマイルは偽物で本性は底無しドス黒ダークエンジェルだと。

 正直……ちょっとかっこいいと思ってしまった。

 だって、 ダークエンジェルだよ?

 好きでしょ? 男の子なら?

「いや、 ちょっと言いたい事があってさ」

「ん?」

 俺の言葉に蕾はキョトンとした。

 ヤバイ、 可愛いぃ。

「まぁ、 そんな別に言葉で言うような事じゃないんだけ……ごふっ!」

「早く、 言ってもらえる?」

 ヤベーよ、 表情はニコやかなのに目が全くニコやかじゃねーっ!

 つか、 みぞおち入った……。

 まじっ、 ダークエンジェル最高っす!♡

「あ、 あぁ言うよ」

 俺は、 ときめく心……痛むみぞおちを無理やり落ち着かせると、 意を決してありったけの言葉を告げた。

「お前が何を思ってこっち来たか知らないけど……俺はもう気にしてないからさ! あの時の事は綺麗さっぱりわすれたから!」

 全力の爽やかスマイルで、 蕾への最大限の皮肉を口にする。

 許す……それが蕾への皮肉であり、 俺がトラウマを忘れる唯一の手段。

 それを聞いた蕾は口をポカンと開けて。

 怒りとも驚きともどちらとも取れる表情をしている。

 俺はそんな蕾など気にも留めずに、

「んじゃ、 そういう事で。 じゃあな」

 と言って傍らを通って帰宅の徒につく。

 あまり気分は良くないが、 背負っていた物は大分軽くなった気がする。

 廊下を見ると猫子が良くやったと言った感じの表情で俺を待っている。

 それだけで足取りは軽くなり早足になる。

 早く猫子の元に行きたい。

 だが、 俺は背中越しに聞いてしまった。

 蕾の本気で悲しそうな声。

 彼女は呟く様に言ったのだ、

「どうして……こうなるの」

 と。

 今の俺にはその真意はわからない。

 故にどうすれば良いかもわからない。

 だから必死に聞こえない振りをして、 無視をして。

「行くか、 猫子!」

「遅い……!」

 ただ、 猫子に縋るしかない。




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