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野良猫と遠足

「来たぜっ! マザー牧場!」

「ジンギスカンっ!」

「うっせーぞ。 宗吾、 隼人」

 始業式から約一ヶ月。

 徐々に春から夏に変わりつつある5月初旬。

 清々しい迄の大草原に同じ制服を着た学生がごった返す。

 俺達、 引柳高校2年生709名は遠足と称してマザー牧場にやって来た。

「てか、そもそも何で高校生にもなってマザ牧なんだよ」

「別に良いじゃない猫実。 ジンギスカン食べられるんだし、 ねっ櫻子」

「そうだね! あー、 早く食べたいなぁ」

「お前らジンギスカンしか考えてないだろ……」

 冒頭からいきなりのジンギスカン談義となってしまったが、 マザ牧にはジンギスカン以外にも楽しめる場所がある事をここに明記しておく。

 さて、 遠足なのになぜ俺達5人が初っ端からこんなに一緒にいるのかというと。

「でも、 猫子ちゃんと櫻子ちゃんと一緒の班になるなんてうれしぃなぁ!」

「宗吾、 顔気持ち悪いぞ」

「俺も猫実に同意する」

「ごめん、 私は全然嬉しくない」

「ねこっちに同意。 というか死ね」

「もう良いもんっ!!」

 俺達は同じ班なのだ。

 というかなってしまったのだ。

 これは1週間程前、 遠足の班決めの時に遡る。


「それじゃあ、 自由に5人の班を決めてくださぁーい!」

 三十路を前に独身を決め込んでいる担任のみえっちゃんこと美恵子先生の穏やかな声が響く。

 それと同時にクラスの皆が席を立ち各々が仲の良い人間と班を作り始めた。

 教室は一気に喧騒に包まれる。

 無論、 俺も班を作るべく立ち上がる。

 そこに、

「猫実、 貴方に班なんて作れるの?」

 と猫子のおちょくった様な口調。

 だが、 生憎それはブーメランだ。

「お前こそ人脈ないだろ」

「なんですって!?」

「まぁ、 俺は余裕だから」

 宗吾と隼人いるし、 あいつらの人脈を頼ればなんとかなるだろ。

 猫子は顔を怒りで真っ赤にしながら、

「言ってくれるじゃないの! 私だって余裕よ!」

「まぁ、 せいぜい頑張ってくれや」

「ふん、 今に思い知るわ!」

 そう吐き捨てると猫子は櫻子を伴い仲間探しの旅に行ってしまった。

 さてと、 俺も行きますか。

「宗吾、 隼人!」

 俺も初期パーティメンバーを引き入れると

 旅に出立した。


 5分後

「なぁ、 一緒に班組まないか?」

「あー、 ごめんもう他のやつと組んじゃった」


 10分後

「なぁ、 班組まないか?」

「ひっ、 猫実……くん! い、 命だけはぁっ!」

「あ、 おい! 逃げるなよ……」


 30分後

「なぁ……班を?」

「…………」

「……あのぅ?」

「……………………」

「は、 班を……?」

「…………チッ」

「え……?」


 45分後

「な、 なぁ猫実。 俺達ってまさか友達っ」

「それ以上言ったら殺すぞ宗吾」

 だが、 おかしい。

 おかしすぎるだろ?

 なぜ、 誰も班に入ってくれないんだ!

「どいつもこいつも、 既に班に入ってるか怯えて逃げてく!」

「まぁ、 日頃の行いだな」

「なんか言ったか隼人!」

「ま、 まぁもう先生の所に行くしかないだろ」

「そうだな……」

 俺達は自分のコミュ症……交友関係の無さを呪いつつ渋々みえっちゃんの元に向かった。

「先生……班が出来ません」

「ひっ! 猫実くん……」

 俺達が醸し出すオーラがそんなにどんよりしていたのかみえっちゃんは短い悲鳴を漏らした。

「は、 班が出来ないの? でもうちのクラス35人だから出来るはずなんだけど?」

「え……?」

 確かにうちのクラスは35人だ。

 じゃあ、 他に余まった奴らが居るって事だよな。

「先生……班が出来ません」

「ひ、 ひぃぃっ!」

 突如、 俺達を勝る程の負のオーラがやって来た。

 そのオーラは辺りを一瞬で湿気らせる程どんよりしてて重苦しくて。

「おまっ、 猫子!」

「猫実、 何であんたが!」

「そ、 それはぁ……」

 オーラの主は猫子と櫻子。

 どうやらこいつらも友達がいな……班員が集まら無かったらしい。

 そんな二つのグループを見たみえっちゃんがしめたっと怪しげな笑いを浮かべる。

「じゃあ、 これで班の完成じゃない?」

「は……?」

「え……?」

「だから、 これで五人でしょ?」

 いや、 確かにそうなんだけど……。

「絶対にいや! 何で宗吾何かと」

「そこまで言うなよ、 櫻子!」

 宗吾、 お前何したんだよ……。

「わ、 私も嫌よ! 何で猫実何かと」

「それはこっちのセリフだぁ!」

「でも他に班員見つかるの?」

「「そ、 それはぁ」」

「ジンギスカン食べたいでしょ?」

「……ごくっ」

 猫子、 喉の音漏れてるぞ。

 みえっちゃんはそれから黙ってニコニコとこちらを眺めている。

 だがその視線の裏は凄まじくどす黒く。

 これを断ったら何が起こるか分からないそんな事を思わせた。

 だから仕方なく。

「分かりました……」

「仕方がないです……」

 俺達は渋々同意したのだった。

 にしても、 みえっちゃんが結婚出来ない理由が何となく分かった気がする。


 時は戻り現在。

 先ほどよりも少し時が進んでいる。

 現在は皆でマザー牧場の入口の近くの広場にクラス毎で集まり、 担任から諸注意等のつまらない話を聞かされている所だ。

 ただ、 例外もある。

「良いよなっ、 お前らは!」

 辺りにみえっちゃんの理不尽な怒声が地団駄と共に響く。

「自由に恋愛して付き合ったりしてよぉ……!」

 あんたな、 自分が結婚出来ない不満を生徒にぶつけるなよ。

 もう、 生徒怯えちゃってるじゃん。

「私はぁ? 私は恋愛しちゃダメなんですか! 人権侵害だ!」

「せ、 先生……。 そろそろ」

 勇気を出したクラス委員が先生に声をかける。

 だが、

「うるさい! そうだ、 私は貴方達の教師なのよ。 なら貴方達の青春をぶち壊す事だってできる」

 話がヤバイ方向に進み出したぞ。

 つか、 クラス委員泣いちゃったよ。

「フフフッ。 どうしましょ、 これから馬糞合戦でもする? それともデストロイロデオ?」

 みえっちゃん……デストロイロデオって何?

 どうやらみえっちゃんはもう別の世界に行っている。

 帰ってくるのは容易ではないだろう。

 ならば仕方がない。

 こういった時のクラスの団結力というのは凄まじい。

 皆がそれぞれでアイコンタクトをすると、 あっという間に考えが揃った。

「せ、 先生。 ひとまず水を?」

 生徒の一人が恐る恐る水を差し出す。

「あぁ!? 気が利くじゃねぇか!」

 ジャイ〇ンかよ……。

 みえっちゃんはそれをひったくると胃袋にかきいれた。

 だが、 その水は……。

「うっぷ……何これ? お腹痛い……」

 大量の下剤を溶かしこんである。

 本当は男子がイタズラ用に持ってきた物だが致し方がない。

「ちょっ……と、 トイレ」

 みえっちゃんは顔面蒼白でヨロつきながらトイレへと向かっていく。

 液体の下剤を二、 三瓶ぶち込んだらしい。

 普通に一時間は余裕で出てこれないだろう。

 みえっちゃん……済まない。

 ただ、 俺達は青春をしたいんだ。

 その為には致し方ない犠牲だろう。

 邪魔者を排除した猫実達のクラスは賑やかにマザー牧場へと入っていくのだった。


 みえっちゃんという尊い犠牲を出しながらも俺達は当初のプログラム通りに行動していた。

 そして現在はお昼前の暑苦しい陽射しの中、 羊の放牧地にて触れ合い広場なる物に参加している。

「うおー! 羊だっ!」

「テンション高いな宗吾」

「美味そうだな……」

 隼人……俺は絶対に突っ込まないぞ。

 無駄にテンションのおかしい男子陣をほっぽり出し俺はさっさと猫子達の方へと向かった。

「わー! 羊だっ、 かわいい!」

「もふもふだよ! ネコチ」

 まぁ、 テンションが高いのはこちらも同じなんだが……。

 おかしくないだけまだマシか。

 二人は羊を前に子供の様にキャッキャと騒いでいた。

「あっ、 猫実! 羊だよっ、 羊!」

「あ、 あぁ。 そうだな」

「可愛いなぁ……」

 なんかここまで無邪気だと猫子じゃないみたいで調子狂う。

 そう思いつつ俺も程々に羊と戯れる。

「この羊もやっぱり知恵を働かして主人をおちょくるのかな? ほら羊のショ〇ンみたいに」

 櫻子……何を言っているんだ。

 にしても、 二人共よく楽しめるよなぁ。

 この後、 ジンギスカンだぞ。

 羊を食らうんだぞ。

 流石に皆もその変は遠慮して、 いやジンギスカンを美味しく頂きたいからか羊とは着かず離れずの関係で接している。

 それなのにこの二人は……。

「この羊っ、 猫実に似てる!」

「え、 ほんとっ、 ネコチ?」

「うん、 ほらっ」

「ほんとだっ! なんかウザーイ」

 ぶち殺してやろうか……。

 だが、 この純新無垢な楽しみ方。

 まさか、 いやまさかな。

「ねぇ、 羊挟んで写真撮ろうよ!」

「いいね、 櫻子!」

 いやいやいや、 嘘でしょ?

 こいつら、 まさか知らないの?

「な、 なぁ。 お前らさジンギスカンって何か知ってる?」

「え、 焼肉でしょ?」

 猫子は何ら変わった事は無いといった様子で答えた。

「いや、 だから何の?」

「何のって、 何?」

 櫻子はキョトンとしている。

 おい……まじかよ。

 こいつらまじで知らねぇんだ。

「まさか、 何の肉か知らないのか」

 俺はわざと声を小さくして囁く様に言った。

 これから言う事を他の奴が聞くと精神的に大ダメージを負いかねないからだ。

「え、 ただの焼き肉でしょ?」

「何だって言うのよ?」

 おそらくこいつらもただじゃすまない。

 だが、 言わねばならない知らせなければならない。

 それが羊への唯一の贖罪であり弔いなのだから。

 すまない……二人とも。

 俺は決意固めると口を開いた。

「羊だよ……」

「え……」

「嘘……」


「いーやーだーっ! 絶対に食べない! 食べたくないっ!」

 マザー牧場内に設置された食堂。

 木造の少し古びた感じがいい風情を醸し出している。

 そこでは引柳高校の生徒達が美味しそうにジンギスカンを頬張っていた。

 ただ、 一人を除いては……。

「食えっ! お前は食わなきゃならない!」

「どうしてよ! 意味わかんない!」

 子供の様に駄々をこね、 俺が押しつけているジンギスカンを頑なに拒絶しているのは猫子。

 彼女は、 俺から真実を聞くと顔面蒼白になり羊と接するのを止めた。

 そして、 半死の状態で食堂に入り現在に至る。

 ここで櫻子は? と思った方もいるだろう。

「羊……、 羊……」

 彼女は先ほど宗吾にジンギスカンを食わされ精神的に絶望を……その旨さに絶句している。

「お前はさっき羊に何をした!?」

 俺は箸で摘んだジンギスカンを押し付けながら尋ねた。

「た、 ただ遊んでただけじゃない!」

 猫子は迫り来るジンギスカンを必死に両手で押し退けながら答える。

「その行為がどれほど羊への冒涜になるか分かってるのか!」

「な、 なんでそうなるのよ!」

「お前は自分がこれから食らう羊と戯れたんだぞ? それは死刑執行官が死刑囚と仲良くババ抜きする様なもんだ!」

「別にあの羊達が今ここにいるジンギスカンって訳じゃ無いでしょ!」

「あぁ、 違うとも。 だが、 もしかしたら友達だったかも知れない、 兄弟や親子だったかも知れない。 となるとお前は仇だ、 だが羊にはあの楽しくババ抜きをした記憶が……彼らは古くからの友情と新たなる友情との狭間で悩み苦しむ事になるんだぞ!」

「ババ抜きはしてないわよ!」

 ダメだ、 こいつは自分の罪の重みを分かってない。

 ここはもう強硬手段に出るしかねぇ!

 俺はジンギスカンを摘んだ箸を持つ手に更なる力を込めた。

 猫子も必死に抵抗するが、 力負けして徐々にジンギスカンが口元に近づいていく。

「い、 いや! やめて!」

 猫子があからさまに怯えた視線でジンギスカンを睨む。

「食えっ! それがお前に出来る唯一の償いだ!」

「そんなの……無理っ!」

「羊だと思うな! この肉は宗吾だっ、 あのクソウゼェ腐れ変態の肉だ!」

「余計、 食べたくない!」

「お前ら俺をいじって楽しいのか!? なぁっ!」

 畜生、 往生際の悪い!

 これは誰かの手を……!

「隼人っ! こいつを羽交い締めにしろ!」

「だ、 だがっ!」

「仕方ない……こいつの為だ!」

「……くっ、 わかった」

 隼人はいたたまれないと言った様子を醸し出しながらも猫子の背後に立膝をついた。

「すまない……猫子」

 いやいや、 泣くほどかよ……。

 隼人は猫子に同情してか瞳にうっすら涙を浮かべながら羽交い締めを掛けた。

「ちょっ! やめっ!」

 ジンギスカンを押さえつけていた手が外れる。

 俺はしめたとばかりに猫子の口元にジンギスカンを押し付けた。

「んーっ! んー!」

 猫子は口を固く結んで抵抗するが。

 往生際の悪いやつだ!

「口を開けろ!」

 俺は猫子の頬を掴み無理やり口を開けた。

「あっ! やめ!」

「ちゃんと、 食えよ!」

 そして、 口の中にジンギスカンを放り込む。

「ん"ーっ!」

 咀嚼する音、 そして猫子の喉が動いた。

 そして、

「ひつ……羊ぃぃぃぃっ!」

 食堂に断末魔の叫びが響き渡った。


「羊……、 羊……」

「まだ、 引きずってるのか?」

 羊の放牧地内に設置されたベンチ。

 至る所から羊の鳴き声が聞こえる。

 ジンギスカンを食べ終わり猫実達一行は自由時間に入っていた。

 皆、 班を解き仲の良い者と固まったり一人で黙々と悟りを開いたりと様々である。

 ただ、 一様に言えるのは皆楽しんでるという事だ。

 自分の隣にいる者からはとても感じられないが。

 というか、 さっきから定期的にサドスティックになって俺を殺しにくるけど!

 まぁ、 きっとこれでも彼女なりに楽しんでいるのだろう。

 絶対そうだ! そうに違いない。

 まぁでもフォローしないとな。

 あぁ、 めんどくせぇ。

「旨かったろ、 ジンギスカン?」

「……チッ」

 え……今舌打ちされた?

 てか、 ものすっごい睨まれてるし。

 まぁ、 旨かったろは無かったか……。

「優しいじゃん、 お前」

「優しい? えぇ、 人に可愛い羊ちゃんを無理やり食べさせる腐れ外道に比べれば余程ね」

「まじで、 ごめんなさい、 許してください!」

「ふん、 まぁ良いわよ。 美味しかったし……」

 いやいや、 そんな悲痛そうな表情で美味しいとか言うなよ。

 でも、 こいつまじで羊に同情してんだ。

「優しすぎるだろ……」

「さっきから何よ? 気持ち悪い」

「うるせぇ。 動物にもちゃんと同情出来んだなってさ」

「どういう事? 当然でしょ」

「普通は無理なんだよ。 生きにくくなる」

「ふーん、 そうなんだ……」

 猫子は何やらまだ腑に落ちていない。

 恐らく彼女自身、 動物に人間同様の敬意を払うのは当たり前の事なのだろう。

 だから、 俺の言っている事は異端でしかない。

 だから、 理解し難い。

 つくづく変わってる、 そして信じられる。

「お前はやっぱり変なやつだ」

「ん、 あんた程じゃないわよ!」

「んで、 お前のそういう変わった所……俺は好きだぞ」

「…………っ!」

 あれ、 俺今とんでも無いこと口走らなかったか?

 つか、 返事返ってこないし。

 まさか……!

 俺は、 恐る恐る猫子の顔を見る。

 案の定、 猫子は口をポッカリ開けたまま頬を赤らめていた。

 その何だかちょっと湿り気のある表情が女の子らしくて可愛かったりする。

 猫子はそんな不安そうな視線で俺の事を見つめている。

 やめろよ……そんな目で見るなよ。

 お前らしくない、 調子が狂う。

 ちゃんと直さないと、 いつも通りのこいつに。

 じゃないと俺が……。

「まぁ、 それ以外はただの凶暴バカ脳筋女だけどな」

 俺は持て余す限りの最大限の軽口を叩いた。

 それに可愛げだった猫子の表情は一瞬で歪み。

「あんた……殺す!」

 そんな殺気塗れの言葉とともに痛烈な拳が飛んできた。

「痛ってぇ! 何すんだ!?」

「あんたがふざけた事言うからでしょ!」

 ほらな元通りだ。

「ふざけてねぇ、 事実だ!」

「あんたまだ殴られたいの?」

 なのに何でだろう……。

「い、 いやぁ。 それは……」

「いいわよ、 遠慮しなくても!」

 どうして俺はいつも通りじゃない猫子を拒んだんだ?

「ネコチーっ!」

「猫っちーっ!」

 猫子が俺の襟を鷲掴み拳を握りしめていた時、 遠くから櫻子と宗吾に呼ばれた。

 それに俺達はそれぞれに応じて、 何とかその場は収まったのだった。

 いやー、 命拾いした。


 遠足から一週間後の教室、 朝のHR。

 窓から差し込む爽やかな日差しが心地良い。

 皆からもジンギスカンの熱が抜け、 いつも通りの日常に戻りつつあるそんな日。

 我がクラスに遠足以上に破壊力のある話が舞い込んだ。

「皆さんに良い話があります!」

 みえっちゃん、 やけに元気だな。

 空元気ですか?

 男に振られましたか?

「我がクラスに皆さんの大好きな転校生がやって来ました!」

『おーっ!』

 みえっちゃんのその言葉にクラス中が沸き立った。

 それこそ黄色い歓声と言う言葉が正しいだろう。

「せ、 先生! 女子ですか?」

 そして案の定、 男子からはこのような質問が。

「それはですね……」

 みえっちゃんの意味有り気な笑い。

 それに男子、 女子共々が期待にかられる。

 一呼吸程の間を開き、 独身腹黒女の口が開かれた。

「女の子です!」

『うぉーっ!』

『しゃーっ!』

 歓声をあげたのは男子。

 女子はそんな男子を蔑む様な視線で睨んでいる。

 ちなみに俺の隣にいる奴は爆睡中だ。

 HRくらいちゃんと受けろよ……。

「じゃあ、 そろそろ呼びましょうか」

 みえっちゃんはそういうと扉に向かった。

 そして、 手をかけると微笑んで一言。

「あんたら……手を出したら承知しないから」

 目が笑ってない、 目が笑ってないよ!

 その一言に騒いでいた男子は一瞬で大人しくなったのだった。

「それでは! 五十嵐 蕾さんです!」

 みえっちゃんの空元気とともに開かれた扉。

 そこから姿を現した少女。

 男子は息を飲んだ。

 背中まで伸びた髪を後ろでまとめたポニーテール。

 切れ長の目に端正で柔らかそうな唇。

 どこか、 猫を思わせるあざとい顔立ちは無論の事、 男子の心を一瞬で仕留めた。

 だが、 俺は違う。

 俺はあいつを知っている。

 あいつは俺に深いトラウマを残した。

 あいつは俺を人間として扱わなかった。

 あいつは俺の、

「つぼ……み!」

 従姉妹だ。


 HRが終わった。

 教室が一瞬で騒がしくなった。

 転校生に必死に話しかけようとする男子。

 それを壁の様に守る女子。

 構図はまんま進撃〇巨人だろう。

 だが、 超大型巨人は壁の内側にいた。

 壁は内側から破られた。

 破ったのは防衛対象である転校生。

 彼女は一人、 璧外に出るとある方向に進撃してきた。

 その先にいるのは俺。

 俺は自然と視線を落とした。

 俯いた。

 体が震える。

 冷や汗が吹き出る。

 視界が回る。

 頭がトラウマでいっぱいになる。

 そうこうしている内も転校生は進撃してくる。

「ね、 ねぇ! 転校生来たよ!」

 隣にいる奴はいつの間にか起床して現在の状況に心を踊らせている。

 悪い猫子、 今の俺にお前に付き合ってられる余裕はない。

 正直、 自我を保ってるのもしんどい。

 あぁ、 逃げ出したい。

 だが、 それは出来ない。

 周りの視線が全てこちらに向いている、 今逃げれば不審がられる。

 くそっ、 なんでこうなるんだよ。

 足音が目の前で止まった。

 視界に女子の下半身が入る。

 心拍数が跳ね上がるのを感じた。

 スッと顎に彼女の手が伸びる。

 そして、 俯いていた顔を無理やり上げられた。

「やっぱり、 猫実だ!」

 こいつ、 笑ってる……。

 俺を見て笑ってる。

『お前なんていらない』

 うるせぇ、 お前らに言われる筋合いなんてねぇよ!

『どうして、 家に来たのかしら』

 生きるためだ仕方ねぇだろ!

『なんであの時……かしらね』

「……っ!」

 次の瞬間、 俺は全速力で駆け出していた。

 逃げ出していた。

 教室を出て、 学校を出て。

 久しぶりに目につく人間全てを殺したくなった。

 自分以外を排除したくなった。

 そんな思いを必死に抑えながら俺は行く宛も無く、 走り続けたのだった。


「猫実っ! どこ行くのよ!」

「やめろ猫子ちゃん!」

「何よ離してよ、 宗吾!」

「だめだ、 今は1人にしてやってくれ」

「…………」

「それよりも何しに来た、 蕾」

「酷いなぁ、 宗吾くん。 ただ、 転校してきただけだよ?」

「そんなん信じられるか! おじさん達も来てるのか?」

「ふふっ、 来てないわ。 だって自分を殴った人間よ怯えて来るわけ無いじゃない」

「全部、 お前らのせいだろ……!」

「え、 ちょっと何? どういう事よ?」

「ね、 猫子ちゃん……」

「あら、 彼女は何も知らないの? じゃあ話してあげる」

「やめろっ!」

「…………ゴクッ」

「猫実は私の従兄弟なの」

「いと……こ」

「そしてね」

「やめろっ、 蕾!」

「私のパパ、 即ち叔父に暴行を振るったのよ」

「……っ!」




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