第一話「空を見上げる男子」
♂
大海原を、真っ白な雲がいくつも連なりながら漂っていた。
綿あめみたいなフワフワしたのが、あっちで繋がったかと思えばこっちでは離れたりして。そのくせ同じ方向へ、のんびりと進んでいく。
すると雲の海の中に、一羽の鳥が飛び込んできた。あれはきっと、・・・カモメかな?真っ白な体に黄色い口ばし。羽の先がちょっとだけ黒くなっている。
カモメのお腹をこうもまじまじと眺める事なんて、生きてる間にそうないだろう。だから俺はいい機会だと、目を凝らしてそのカモメのどてっ腹を睨みつけた。
「あー、唐揚げ食いてー」
ここで突然、鳥の雑学を一つ。
実は鳥の中に、毒を持った種類がいるって知ってた?
そいつはピトフーイっていうんだけど、羽や筋肉に毒があるんだよね。それも人間がコロっと死んじゃうくらいの。怖いよね。人間が鳥に殺されるなんて、バルーンファイトの世界だけだと思ってた。
ちなみにコロっと、ってのはただの俺の予想。もしかしたらめちゃくちゃ痛いかもしれない。殺してくれって叫びだしちゃうくらい苦しいかもしれない。それは俺にも分からない。
けどさ、このピトフーイ。見た目はすんげえ可愛いの。黒とオレンジのツートンカラーで、知ってなきゃ毒を持ってるなんて誰も思わないね。まるで南国へバカンスにやって来たカラス、みたいな。旅先で気分が大きくなってアロハシャツ着ちゃってます、みたいな。まぁ、そんな感じだ。
俺が初めてそのピトフーイについて知った時、『鳥でも毒を持ってる奴がいるんだ』って素直に感心した。だって毒ってさ、蛇とか虫とかそういうグロい奴が持ってるイメージってあるだろう?だから、フサフサしてモフモフした動物でも、そんな危ないもん体の中に持ってんだなって。
それと同時にこうも思った。『じゃあ人間だって、そのうち体内に毒を持った奴が現れても不思議じゃないな』って。今ってほら、世の中には色んな人が溢れてるでしょ。ボランティアとか言って赤の他人のために汗水流す人とか、一生懸命勉強して入った会社を痴漢でクビになる人とかさ。だったら一人くらい、『ピトフーイ人間』がいたっていいんじゃないかな。
:-)
俺が空を見上げながらボーっと考えている間も、カモメはそこを優雅に横切って行く。
両の翼をバサバサと激しく上下させる事はない。翼に産まれる揚力だけで、滑るように雲の間を進んでいく。
対して、両足をジタバタさせながら地面をはいずり回っているのが人間だ。
両足のみならず両腕も豪快に振り、列をなし、何が楽しいのか行った道と同じ道をまた戻ってくる。要約すると、彼らはマラソンの真っ最中。決められたコースを、言われるがままに走っている。あの大空を自由に飛び回る鳥とは大違いだ。
沿岸部にある高校独特の海岸線に沿ったコース。潮風をもろに受ける全長2.5キロの道のりを、往復することによって無理やり5キロになるよう調整している。ミソなのは、コースの途中に現れる川。この海へと流れ込む川を渡るには、架けられた二つの橋の内どちらかを通らなければいけない。出来てまだ半年ほどの手前の橋か。あるいは昔からある奥の橋か。このマラソンの場合、わざわざ手前に出来た橋は無視し、奥にある昔ながらの橋を選ぶことで遠回りを余儀なくされている。もし奥の橋ではなく手前の橋を渡ってよいのであれば、往復で400メートルの距離が短縮され、タイムも3分くらい縮まるはずだ。それによって、次の授業で居眠りする時間も5分くらい短くなると思えば、これがいかに無駄であるか一目瞭然だろう。
それでも教師諸君は、我々に5キロぴったり走って貰いたいのだ。5キロ、5キロ、5キロ。俺たちをダイエット中のOLか何かと勘違いしているのかもしれない。
体育のマラソンでは、その位置取りで走っている人間の風貌や人となりがすぐにわかる。
トップ集団の服装は、半袖の体操着と短パン。たいていが運動部に所属している。彼らは純粋に自分の記録に挑戦し、己が身体能力の限界を少しでも伸ばそうと真摯な態度で授業に取り組んでいる。
中盤から後ろ。上半身も下半身もジャージを着こんだ連中は、仕方なくやらされている連中だ。記録などには鼻から興味なく、身体能力はすでに打ち止めだと悟っている連中。
最後尾ともなると、服装はトップ集団と一緒になってくる。何故って?それは彼らがデブだからだ。
そして、そんな彼らを好き勝手に批評している俺の位置取りは校舎の屋上だ。
俺クラスともなると、ひいこら言いながら走っている彼らを見下ろしながら菓子パンだって齧っちゃう。どうだい?ワイルドだろぉ~?
・・・・・・、ってのはまあ冗談で。
五キロ走は、走る回数が決まってるから、どうせいつかは補習なり何なりで走らなければならない時が来る。俺はそれをただ気分じゃないからと言って先送りにしているだけ。
その補習さえもぶっちぎる度胸は、俺にはない。今だってきちんと担任に了解を得た上でサボっているのだから(?)、ちっともワイルドではない。
小心者の木偶の棒。
見た目は変わっても、中身は昔のまんまだ。
X-0
マラソンのトップ集団は、ゴールである校舎の敷地と道一本挟んだ向こう側に作られたグラウンドへ戻り始めていた。
俺は先頭で戻ってきた青年に、確かあれは一年生にしてサッカー部のレギュラーを勝ち取ったというスターの卵だったか、拍手を送る。すごいぞ、かっこいいぞ。彼はまるで息切れした様子なく、むしろ満足げな表情で、用紙にタイムを書き込んだ。
すると何気なくその辺りを見ていた俺の目に、沁みるほど強烈な光が飛び込んできた。
何だ何だ!?組織からの攻撃か!?
そんなはずないのは百も承知だが、俺は一応影に身を潜めながら、グラウンドの方向を覗う。
「なーんだ。組織じゃなかったか」
光の正体は、どうやらグラウンドにいる誰かの持ち物が太陽光を反射しただけのようだった。それが絶妙な角度で、俺の網膜に照射されたらしい。
現在、あのグラウンドを占拠しているのは多くの女子生徒とそれを教える体育教師。それにマラソンをトップでゴールしたスターの卵のみ。多くの女子生徒が縄跳びを手に、キャッキャウフフしているのがここからでも良く見える。何故か女子と男子ではマラソンの距離も、回数だって違う。男子が5キロ走を8回走らなければいけないのに対し、女子は3キロ走を5回だけ。なんと恨めしい。男女差別反対!
そのため回数の差分は、ああして授業を受けているんだか遊んでいるんだか分からない状況で、とにかく秋になって川に戻ってきた鮭が如く、ぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねているのだ。
しかしそんな彼女たちを尻目に、一人離れた場所で見学しているジャージ姿の女の子。体調不良なのだろうか?同じサボりでも、あちらは体操着に着替えている分、やる気や誠実さが見える。こんな風に屋上で寝転がりながら売店で買ってきたパンを頬張っている奴とは月とスッポンだ。
少女はふと何かを感じ取ったみたいに、自分の斜め上に顔を向けた。一瞬、こちらに気づいたのかと慌てたが、どうやら違ったらしい。自然と上目遣いになっているその顔には見覚えがあった。
そうだ、あの子は・・・・。
「ぷに助日記」「僕の嫁はポンコツレベル神官 ~でもその嫁と別れるために大陸の王を目指します~」「赦し屋とひこじろう」「未成年委員会による日本の壊し方」
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