8 - 襲来2
「――リディア様……?」
しんと静まり返ったエントランスで誰かが言った。
そして、それが引き金となり他の者も口を開く。
「……やっぱりリディア様だよな?」
「王女様だ……!」
「え、どうしてこんなところに……!?」
「嘘!? リディア様?」
ざわつく声のボリュームが上がっていく。
入り口から現れた金髪女――リディア王女に皆が夢中だ。
昨日は森のレンジャーみたいな格好をしていたのに、本日は打って変わってどこかの姫騎士のような格好をしている。騎士をモチーフにしたお洒落装備と言い換えてもいい。
布9割金属1割。防御力に影響なさそうな赤いスカーフと、戦闘になればめくれてしまいそうな膝上スカートが印象的だ。
「通ります。前を開けていただけますか」
王女の御付だろう。メイド服を着た銀髪の女がそう言うと、エントランスの人混みがさっと二つに割れる。
なんという統率力。
――って、やばい、目が合った……!?
感心している場合ではない。
現れた時から、こちらの方を見ていた気もするが、俺とリディアの間にあった人混みという障害物がなくなったことで、一瞬、リディアと目が合ってしまった。
俺も急ぎ、流れに乗って道を開けてはみたが、若干遅すぎた感が漂っている。
かくなる上は……。
「すまない、通してくれ……!」
「わっ、ちょ! 宗司! 押さないで! 無理だよ!」
くっ、駄目か!
なんとかこの場を離れなければ!!
「急用が! 急用が出来たんだ!! 通してくれ!! おじいちゃんが! おばあちゃんが!」
ぎゅうぎゅうに押し詰められた人混みの壁はびくともしない。
銀髪メイドの時は光回線もびっくりな速度で道が開けたというのに、俺の言葉では駄目らしい。
「……おい、立ち止まったぞ」
「どういうことだ……?」
「もしかしてこの中に……?」
「ニート……だったか? リディア様を助けたっていう」
「え、職員じゃなかったのかよ」
ヒソヒソと不吉を知らせる周囲の声が、聞きたくもないのに聞こえてくる。
ニート……。
知らない名だ。
一体何者なんだ……?
「おはよう、ニート。約束通り会いに来たよ」
おい、ニート。
呼ばれてるぞ、早く返事しろよ。
「宗司って呼んだ方がいいかな? こっちが本当の名前らしいし」
あーあー、聞こえない聞こえない。
俺は何も聞こえない。
今日はちょっと耳の調子が悪いんだ。
「宗司……!! 呼ばれてるよ!」
「ソウジ、凄い! 王女様に呼ばれる、凄いこと!」
あ、おい! ゴブ、ユー君、こっち見るなって!
「まさか隠れてるつもりなのかな? 見えてるよ、宗司」
ユー君の後ろで縮こまっている俺を覗き込むように、リディアが体を斜めに傾かせる。
俺が顔を左側に向ければ、リディアも左側から。右側に向ければ、リディアも右側から覗き込んでくるので、俺は顔を伏せてこれに対抗する。
「頼む、ユー君! いないって言ってくれ……!!」
「え? そんな、無理だよ! 出てきなよ!」
「頼む!」
「今更、間に合わないって!」
これは本格的にやばい。
周囲の目も冷たくなってきたし、俺の味方は誰もいないようだ。
「ねえ、君」
「え!? ぼ、僕ですか!?」
「そう、君。宗司の友達なのかな?」
「え? あの……」
「優しい目をしてるね」
「――はぅぁ」
なッ!? ユー君が一瞬で骨抜きに!
ユー君が床にへたってしまったため、俺を守るものは何もなくなってしまった。
突然座り込んでしまったユー君に、リディアが「どうしたの? 大丈夫?」と手を差し伸べるが、しばらくは現実に戻ってこれなさそうだ。
「あ……」
リディアと再び目が合う。
ただし、今度はその視線から逃げられない。
「首輪……。やっぱりそうなんだ……」
昨日も思ったが、この女は独り言が多い。
まあ、今回の場合は俺の首元に落ちた視線とその表情から、考えていることが丸わかりだったが。
「場所、変えよっか。そっちの方がお互いにいいと思うんだ」
「……ああ、そうだな」
俺はリディアの言葉に賛同する。
場所を変えたくなるきっかけを作った人物に言われたのは癪だが、ここで拒否して晒し者を続けるのはきつい。
周囲の冷たい眼差しに見送られながら、俺はリディアと銀髪メイドに連れられその場を後にした。
****
言葉も交わさず、重たい雰囲気のまま俺はリディアと銀髪メイドの後に続く。
やがて見えてきたのは他よりも豪華なつくりの扉。一番前を歩いていた銀髪メイドが、その前で歩くのをやめた。
「到着いたしました」
禁止区域内にある部屋なので、普段であれば絶対にこんな所にはこないだろう。
リディアは俺が首輪を外していたことを――見せかけだけのものだと知っているのに、わざわざ禁止区域への立ち入り許可を取ってくれたらしく、一時的に俺の禁止区域に関する行動制限は解除されている。
制限解除の申請は、1週間前の事前申請が原則で、かなり面倒な手間がかかるはずなのだが、王女様にもなれば例外が適用されるらしい。
なんにせよ、配慮してくれたのだからありがたい話ではあるが。
「宗司様、どうぞこちらへ」
銀髪メイドに通され俺は部屋へと入る。
「なんだこの部屋……?」
応接室……じゃないよな?
テーブルを挟むようにして、向かい合うソファだけを見ればそれらしくも見えなくもない。だが、奥にあるキッチンと食器棚を筆頭に、物の配置や選択が妙に生活感を感じさせる。
「ふふ、ここは私のお家だよ、奴隷の館でのね」
「家? こんなところにか?」
「たまにしか来られないし、いいって言ったんだけどね。館長さんがどうしても用意させてくれって言うから、お言葉に甘えちゃった」
……まあ、王女が来るってのはステータスになるからな。
国内には奴隷の館がいくつもあるし、評判になるようなものは取り込んでおきたいのだろう。
「そっちの扉が私の寝室で、あっちがレインの」
自慢げに話すリディア。
「このカップは私のお気に入りで――」と、食器についての紹介まで始まった。
あれだろう。
初めての独り暮らしで、いい感じの部屋に仕上がったのに、それを見せる相手がいなかったパターンだろう。
見ていて微笑ましい。
「そして、この扉の向こうは……」
もったいぶって紹介を最後にまわされたであろう右奥の部屋の前に立ち、リディアが勢いよくドアを開ける。
「――じゃん! なんと空き部屋です!」
「……うん? つまり何が言いたいんだ?」
…………。
「じゃじゃん!! なんと空き――」
「もうわかったって!」
ただの空き部屋に一体どんなコメントを期待しているのだろうか。
「ね? レイン、言った通りでしょ?」
「はい、手強いですね……」
レインと呼ばれるメイドが苦渋の表情を浮かべる。
この主にしてこのメイドあり。俺はとんでもない所にきてしまったようだ。