6 - 非日常4
すぐにラシッド達の姿は見えなくなり、俺は溜息をつく。
あとに残ったのは、怪我をして地べたに座り込んでいる金髪の女と、俺。
まだ見ぬ助っ人さんは姿を見せないので、近くにいるのかすらわからないが、きっと今も俺と女を見守ってくれていると信じよう。
「助かった……んだよね?」
「多分……?」
静まり返った密林地帯奥地で、俺と女は互いに顔を見合わせる。
助かったと断言したいところではあるが、手放しで喜ぶには早い気もする。
忘れ物をしたと奴らが戻ってこないとも……さすがにないか。
「助かったんだよね」
「多分」
今度は少し力強く。
「…………」
顔を見合わせたまま固まること数秒。
段々、生き延びたという実感が沸いてきた。
「す……」
「す?」
女の表情が一気に明るくなっていく。
「――すごい! 夢をみてるみたい!!」
「いやいや、夢じゃ困るぞ」
目が覚めたら、ダガーで刺されて瀕死だったなど勘弁だ。
「ねえ、君! 名前は? ここの人? さっきのはどうやったの!? 魔装具もなしに!!」
俺を後ろから引っ張りながら女が目をキラキラさせている。
喋り方を含め、さっきまでと随分と印象が違う。
「服を引っ張るな、伸びちゃうだろ」
奴隷ニートの俺は常に財政難だ。
こんな安物の服でも、俺にとっては貴重な一枚である。
「ねえ、どうやったの!? あんな魔法見たことない!」
「離せ離せ。んなこと俺に聞かれたってわかるはずないだろ。何か勘違いしてるようだが、俺は何も関与していないぞ。ラシッドとやらも言ってただろ、魔法士がどこかにいるって」
「え、だからそれが君でしょ?」
「なんでそうなるんだよ……」
「だって、そう考えるのが一番納得できるもの」
いまいち話が噛み合わない。
俺が違うと言っているのに、女は俺が魔法を使ったと決め付けているようだ。
「簡単な話じゃない。君が使った魔法が完全なものだったってことでしょ? 完全だから変換ロスはないし、変換ロスがないんだから詠唱だって見えるはずないもの。魔装具なしで魔法を使えたことには驚いたけど、理論的には魔装具がないと魔法を使えないって方がおかしいくらいだしね」
「俺が使ったってことにはならないだろ」
「いいえ、君が使いました」
…………。
「ふむ、なるほどなるほど。よくわかったぞ」
何を言っても無駄だということが。
本人が知らないというのに、この女はなかなか図太い神経をお持ちのようだ。
「ねえ、ねえ」と服を引っ張ってくる姿はちょっと可愛いが、本当に俺じゃないんだから期待には応えられない。
というか、いい加減離してくれないと本気で服が伸びる。
こうなったら無理矢理引き剥がして……って、ん?
「――忘れてた! 怪我は大丈夫なのか!?」
出血は止まっているみたいだが、こんなところで呑気に話している場合ではない。
女がいまだに地面に座り込んでいる理由を思い出して、俺はすぐに頭を切り替える。
「怪我? ――ああ! 大丈夫大丈夫! それより君のことを教えてよ!」
「いや、大丈夫じゃないだろ! すぐに誰かに知らせないと」
まだ見ぬ助っ人さんが館に知らせに行ってくれた可能性も否めないが、ここは自分で動くべきだろう。
戦闘能力ゼロの俺がここにいたところで気休めにもならないし、俺に出来ることといえば奴隷の館に助けを呼びに行くくらいだ。
「大丈夫だって。ほら、もうほとんど治ってるし」
「何言ってんだ! 立てないほどの……け、が?」
え? 立ってる?
女が何事もなかったかのように立ち上がり、ぱんぱんと服についた土を払っている。
よく見れば足の傷も塞がっているように見えるし、意味がわからない。
「ん? どうしたの?」
「だって、お前、怪我は……?」
「見ての通りだけど?」
見ての通り?
治したってことか?
まさかこの女……。
治癒魔法を――
「治療薬を塗ってたからね」
「あ、そうでしたか」
空になった小瓶をポケットから取り出して見せつけてくる女。
そういえばこの世界には治療薬なんてものもあった。
奴隷の館の売店にも置いてたことを思い出す。
「あはは、心配してくれてありがと」
女の笑顔に違和感はない。
痩せ我慢をしているようにも見えないし、この様子だと本当に問題はなさそうだ。
と、なると、残る懸念材料は一つ。
この姿を見られたことか……。
今の俺は、奴隷でありながら奴隷の首輪を付けていない。
まだ見ぬ助っ人さんに見られたことは、成り行きに任せる他ないのでこの際いいだろう。相手のことが何もわからない以上、対策を考えるのも難しい。
今はこの女だ。
首輪をしていないのだから、奴隷であることは隠さねばならない。
しかし、そうなるとここにいた理由を説明できないのが問題だ。
奴隷の館の職員を装ったとして、女に後で調べられればボロが出かねないし、奴隷を雇いに来た商人や貴族を装うのも、こんな密林地帯の奥地に一人でいる時点で胡散臭すぎる。
嘘は駄目だな。
後々を考えるとリスクが高い。
最低限だけを答えて、残りははぐらかそう。
「それで、君の名前は?」
急かすように女が俺に聞いてくる。
それに対して俺は――
「ニートだ」
嘘はついていない。
あだ名だって分類的には名前だ。
おばちゃんにはそう呼ばれているしギリギリありなはず。
「ニート……ニート……。うん、覚えた! ばっちり記憶に刻み込んだからね!!」
「ん? いや、刻み込むって……そこまでしなくていいんじゃないか? ほら、脳の容量にだって限界はあるだろうし」
「ふふ、私は命の恩人をすぐに忘れちゃうような恥知らずじゃないよ」
「だから……。俺は何もやってないっての」
「あ、まだ言うんだ? うーん、もしかして秘密にしてるってことかな……?」
女が新たな誤解を始めたようだ。
どうあっても俺が魔法を使ったということにしたいらしい。
「――わかった、じゃあ魔法のことはもう何も聞かない。その代わり、どこに行けばニートにまた会えるのか教えてよ。しっかりと御礼をしたいし、大事な話もあるんだ」
「世界は狭いんだ。いずれどこかで再会することもあるだろ、多分」
「……ふーん、なるほどね。素性も秘密ってことかぁ……。まあ、あれほどの魔法が使えるんだから当たり前だよね」
俺に言うのではなく、自分に言い聞かせるようにして女が俯く。
女の勝手な誤解はどんどんあらぬ方向へと進んでいるようだ。
考えるようにしてブツブツと呟きながら、自分の世界に入っている。
「……どうしようかな。ここで別れてニートが奴隷の館の人じゃなかったら困るし、『ニート』っていうのも本当の名前かどうかも怪しいよね……。うーん、ここで逃げられたら探すのは大変だから、もうちょっと情報が欲しいなぁ。こんなことなら治療薬を使わなければよかったかも。さっきの反応からして、怪我人を見捨てられるタイプには思えないし、怪我をしたままでいれば何か手がかりが掴めたかもしれないのに……」
全部聞こえていますよお嬢さん。
――ってか、怖っ!
これは関わっちゃいけないタイプの人間だ!
奴隷の首輪を付けてなくて逆によかった。
奴隷だとばれていれば管理番号から特定されるのは時間の問題だっただろう。
「もしもしお嬢さん、聞こえてますか?」
……。
反応はない。
脳内会議に夢中なようだ。
これなら……。
「じゃあ僕、家に帰りますねー……」
じりじりと後ろに下がり、俺は女と距離をとる。
「よし……」
女が完全に自分の世界に入り込んでいる今が好機。
俺は全力でその場を立ち去った。