5 - 非日常3
暗殺者のリーダーらしき男がダガーで俺に猛攻し、それをまだ見ぬ助っ人が魔法で防いでくれる。そして俺と金髪の女はそれを見ているだけ。
そんな時間が数分続いた頃だろうか。
部下の一人が報告に戻ってきたことで、リーダーらしき男が一歩二歩と後方に飛び、ようやく攻撃が中断される。
「周囲を探しましたが魔法士の姿は見つかりません……。少なくとも半径100メートル以内には……」
「――なッ!? んなわけあるか!! 敵は俺の動きを見て魔法を展開してるんだぞ!」
「ですが、詠唱も見えないのは……」
「もっとよく探せ!! 必ず近くにいる!!」
報告にきた部下を追い返し、さらにご立腹な様子のリーダーらしき男。
また攻撃が始まるのかと思うとうんざりだ。
俺を守ってくれている者達の魔法の腕は認めるし、感謝もしているが、怖いものは怖い。
「糞がッ!! どこに隠れてやがる!!」
誰に言うでもなく、男が吐き捨てる。
仮に、俺を守ってくれている魔法士さんがかくれんぼの達人だったとしても、魔法を扱うとなると限度がある。
それは魔法士である以上、避けては通れない道だ。
魔法の発動に必要なものの一つに詠唱がある。
詠唱とはいっても、何か言葉を口にするわけではなく、世界に溢れるマナと呼ばれる魔法の源のようなものを一時的に身体に取り入れ、より扱いやすいエネルギー――魔力に変換する作業のことをこの世界では『詠唱』と呼ぶらしい。
問題は、どんな凄腕魔法士でもマナと魔力の変換には必ず光という形で損失が発生してしまう点だ。
リーダーらしき男が諦めずに攻撃を繰り返すのは、変換ロスという詠唱の弱点を突いて、部下に魔法士を探し出してもらうためでもあるのだろう。
俺に防御魔法を使うたびに、魔法士の近くには詠唱によるロス――光の粒が散布されているのだから、探し出すのにそこまで時間は要しないと考えるのは至極当然である。
「……もういい」
男が手に持っていたダガーを、腰に付けていた鞘にしまう。
「え、諦めてくれるってこ――」
「こいつを使ってぶっ殺してやる」
だよね。
諦めてくれるはずないよね。
男の懐から新たに現れた一本の赤いダガーに、俺の淡い希望が打ち砕かれた。
あきらかに危険度がさっきより数段上だ。
今からでも遅くないので、さっさと懐に戻していただきたい。
「刀身の赤いダガー……」
女が静かに口を開いた。
あの赤いダガーについて何かご存知なようだ。
「あなたラシッドね」
女の言葉に男がぴくりと眉を動かす。
「だったらなんだっていうんだ?」
「ふふ、あなたも後には引けなくなったってことよ。暗殺者ラシッドに依頼できるような人物は限られるもの。そのダガーを見せたのは浅はかだったね、愚かなラシッドさん」
ああ、そういう危ない発言は事務所を通してからにして欲しかった……。
煽っていくスタイル全開の女に、今からでも生放送の恐ろしさを教えてやりたいくらいだ。
「くくく、お前らは揃いも揃って…………」
プツンと何かが切れる音がしたような気がした。
ギロリと男の瞳が女の方を見る。
「――ああ、うぜえうぜえ……。うぜえんだよ!! この糞野郎をぶっ殺したら次はお前だ! 全員ぶっ殺せばいいだけの話だろうがよ!!」
ラシッドの持つダガーが爛々と光る。この光こそ、まさに詠唱によるロスだろう。
赤く濁ったような刀身が輝きをもって妖しい魅力を醸し出している。
魔法……。
ということは、やっぱりあのダガーは『魔装具』か。
魔装具もまた魔法の発動に必要なものである。
役割としては、詠唱により変換した魔力を出力する手助けをするもので、魔装具なしでは魔法は成り立たない。
また、高価なのも特徴で、俺が魔法の修得を早々に断念したのも魔装具の入手が無理だと悟ったためだ。
「防げるもんなら防いでみろってんだよ!!」
再び迫るラシッド。
どんな魔法が込められているかなど、もはや知ったことではない。武器だけではなくラシッドの体全体を覆うような禍々しい気配に、俺は完全に呑まれてしまいそうだ。
「くたばりやがれッ!!」
……あ、今度こそあかんやつだ。
なんとなくわかってしまった。
防御魔法が展開されても、難なくダガーはそれを突破してしまうだろう。
きっと俺の心臓は障壁ごと貫かれ、すぐに絶命してしまう。
そうなると思っていた――
「え……?」
あまりの出来事に素の声が出る。
「ぎ、ぐ……――」
目の前で繰り広げられる異様な光景。
ミシミシと嫌な音を立てて、ラシッドの右手が魔装具ごとひしゃげていく。
そしてそのまま……。
「ぐああああああああああ!!」
――弾けとんだ。
「え、なにをしたの!?」
い、いや、俺に聞かれても!
俺が聞こうとしたのに女に先に言われてしまった。
当然、女の質問に対する回答を俺は持ち合わせてはいない。
『誰がやったの』という質問なら、俺はこう答えるだろう。
俺以外の誰か、と。
「くそッ! くそがああああ!! どういうことだ!! 何だってんだよ!!」
大量の血を撒き散らしながら男が吼える。
「なぜだ!! なぜ詠唱が見えない!! これだけの魔法ならこっちにも痕跡が残るはずだろうが!!」
大怪我を負ったにも関わらず、それを気にした様子も見せずラシッドが周囲を見渡す。
魔法初心者の俺にはよくわからないが、強力な魔法には、詠唱者側だけではなく発動先にも何らかの痕跡が残るものなのだろうか。
ラシッドは、痛がったところで何も状況の変わらない腕のことより、敵――俺達の助っ人の位置を探る方が優先度が高いと判断したようだ。
ただ、それも上手くいっていないようだが……。
「まさかロスがまったく出ていないとでも……。くそッ!! んなことがあってたまるか!! そんなふざけたこと!」
片腕と武器を失ってもなお、ラシッドの気迫は衰えない。
とはいうものの、さすがに片腕で攻撃を仕掛けてくる様子はなく、口数だけが増えたように思える。
「――なッ!?」
これだけ大きな声を出していれば、部下だって異変に気付く。
魔法士探しを命じられていたラシッドの部下達が戻ってきた。
「一体何がッ……!?」
戻ってきてみれば、リーダーが片腕を失い、俺が無傷でドヤ顔仁王立ちをしているのだ。ちょっとしたミステリーである。
「引きましょう!! これ以上は――」
「俺に指図すんじゃねえ!! んなことはわかってんだよ!!」
撤退を提案する部下と、それを怒鳴りつけるラシッド。
そのやりとりに俺は安堵する。
先ほど、後ろの女がラシッドに向かって『後には引けなくなった』とかなんとか言っていた気がするが、命を天秤にかけるとなると話は変わってくるらしい。
「いいか、絶対に許さねえからな!! どこに隠れようが探し出してぶっ殺してやる! そっちの女もだ!!」
「いいか、絶対にだ」と念を押しながらラシッドとその部下達が去っていく。
何かの前振りというわけではなさそうだ。
彼が人を許せる勇気を持ち合わせていることを祈りつつ、俺は彼等を見送った。