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異世界奴隷ニート、ここに極まる ~絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女~  作者: 萩野知幸
1章 絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女
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2 - 日常

 同居人が館を出て行ってから数日が経過した。

 新しい同居人はまだ決まっていないようで、俺の気楽でちょっと寂しい一人部屋生活が変わらず続いている。

 肝心な奴隷ニート生活も平穏無事で順風満帆。魔王出現などという物騒な話も一切聞かない。まあ、万が一現れたとしても即討伐だ。どこかの冒険者が。

 そんな平和そのものな世界に感謝しつつ、朝食を済ませた俺は今日も図書室に向かっていた。


 変わらぬ日常、変わらぬ風景。

 そして変わらぬ管理人の姿。


「あら、おはよう、ニート。今日も図書室かい? 飽きないねえ」


 この『ニート』を俺の名前と勘違いしている失礼な奴は、この奴隷の館の管理人が一人、通称おばちゃん。獣人ロリババア――ではなく、ただの獣人ババアという残念な存在だ。

 ”ロリ”というたった二文字をどこか遠くに失くしてしまうだけで、くも残念な存在になれるのだから、異世界は残酷である。

 

「おばちゃん、おはよう。前にも言ったけど俺の名前は宗司そうじだからな。そこんとこよろしく」

「なんだい、急に。じゃあ、あんたはニートじゃあないってことかい?」

「いや、ニートだぞ。奴隷ニート」

「ほら、やっぱりニートなんじゃないかい! おかしな子だねえ」

「違う違う、名前は宗司そうじなんだよ。ニートってのは称号みたいなもんで――」

「ああ、難しい話はやめとくれ! あんたはニートなんだろ? ならそれでいいじゃないかい。あたしゃもう歳だからね、そういう難しい話はわからないんだよ」


 このババア……毎回これだ。

 都合が悪くなるとすぐに『あたしゃ歳だから』で切り抜けようとしやがる。

 

「ったく、まあ今日のところはいいや。ニートって呼び名も別に嫌いじゃないし」

「あっはっは、そいつはよかったよ! 本音を言うと、覚えるのが面倒だったんだよ」


 うん、知ってた。


「っと、それより、図書室に行くから台帳出してくれ」

「はいはい、まったく、あんたも毎日毎日、図書室ばっかりなんだから。たまには体を動かしたらどうなんだい」

「気が向いたらな」


 おばちゃんに差し出された施設利用者を記す管理台帳に、俺は自分の首輪に刻まれた6桁の番号を一文字ずつ書いていく。

 奴隷の館では、この奴隷の首輪に刻まれた『管理番号』が名前の代わりとして使われることが多い。


 全ての奴隷の首輪にそれぞれ異なった6桁の番号が刻まれており、奴隷はそれを自分の管理番号として記憶することを義務づけられている。

 奴隷の中には文字が書けない者が大勢いるし、中には自分の名前すら知らない奴隷もいるため、そういった者への配慮として、管理番号を用いた管理体制が敷かれているようだ。実際のところ、管理側がそっちの方が色々と便利だからそうしている、というのが俺の見解だが。


「いっつもだけど本当に綺麗な文字を書くねえ。皆あんたくらい綺麗な文字で書いてくれれば楽なんだけど」


 台帳に書かれた俺の文字を見て、感心したようにおばちゃんが頷く。


 今まで意識したことはなかったが、確かに台帳に書かれた文字の羅列の中、俺の文字だけが異彩を放っていた。

 俺以外が雑すぎるともいう。


「これじゃ素直に喜べないな……」


 必死になって覚えた異世界の文字。褒めてもらえたのは嬉しいが、複雑な心境である。

 

「あっはっは、契約争いや試験に関係ないとこだと皆こんなもんだよ。それに、図書室に来るのは言葉を覚えるためって連中がほとんどなんだ、無理もないさ」

「あー、それはあるかもな」


 嫌というほど日本の学校で読み書きの練習をさせられた俺とは違い、奴隷の館には初めて筆記具を持つというような者が少なくない。

 俺はこの世界で文字を一から覚えたと考えていたが、スタートラインからして違っていたのかもしれない。


「言霊があるからねえ。口にすればなんでも伝わっちまう分、言葉の習得が疎かになってたー、なんてのはよくある話さ。皮肉な話だよ、まったく」

「文字に関しては言霊も助けてはくれないしな」

「そうねえ、どうせなら文字の読み書きも、言霊サービスしてくれればいいのに」

「なんだよ言霊サービスって……。そんな何かのおまけみたいな感じに安売りされてもな。まあ、もう3年サービス開始が早ければ俺も賛同していたんだが」

「3年? 何言ってんだい、そんなんじゃ全然足んないよ! 最低でも200年前には始めててくれないとね!!」


 そう言って大笑いするおばちゃんに、俺は『一体いくつだよ』と言いかけて、それを飲み込む。

 獣人の平均寿命は150年程だったはずだが、きっと俺の気のせいだろう。人の記憶なんて当てにならないものだ、うん。

 

 俺は僅かな戸惑いを胸に、図書室へと足を踏み進めることにした。





 奴隷の館内、図書室。

 俺の部屋がある第2宿舎からだと、渡り廊下を一本抜ければすぐのところにそれはある。

 俺の奴隷ニート生活における主な活動場所は、と聞かれれば、図書室ここは外せない。

 古い木造3階建てで、図書室というより図書館といったほうが俺はしっくりくるのだが、この施設全体を『奴隷の館』と一括りに呼んでしまうような世界に、そんなことを言っても仕方がないだろう。


「さて、今日の図書室は、と――」


 傷んでギシリと軋む扉を押して、中へと踏み入る。

 ジメジメした空気。なぜか薄暗く、そして暖かい室内。適度な混み具合。

 それすなわち、いつも通り。


「あー、今日も絶好の図書室日和だなぁ」


 特に、適度な混み具合というのが俺的にかなり重要なステータスだ。

 適度に混んでいれば、それに伴って静寂も薄れ、物音を立てることに怯える必要はなくなるのではないか、という俺の楽観的予測である。

 『図書室では静かに』という注意書きに反対するわけではないが、行き過ぎた静寂は変に周囲を意識してしまって、俺はどうにも好きになれない。


「何事もほどほどに……ってな」


 昨日まで読んでいた小説を片手に、俺は定位置に座る。

 2階の階段を上って後ろ側。そこに並ぶ6人掛けのテーブル席の一つが、俺のここでの居場所だ。


「やあ、宗司。何がほどほどになの?」


 そして、そこに集まるのは大抵同じ顔。


「おう、ユー君。乙女の独り言を盗み聞きとは感心しないな」

「あはは、独り言ならもっと小さい声にしてくれないと」


 一人目、ユー君。

 金髪眼鏡の可愛い系男子だ。

 生まれつき体が弱いらしく、儚げな雰囲気を持っている。


「ソウジ、今日も、おはよう」

「よう、ゴブ。勉強中か、相変わらず熱心だな」

「うん、頑張ってる。もっと、もっと、言葉覚えたいです」


 二人目、ゴブ。

 人間と何かの種族のハーフで、身長は俺やユー君より2頭身分くらい低い。

 語彙が乏しいからか、それとも他の理由があるのか、言霊の力をもってしても片言かたことになってしまうのが悩みらしい。

 たまに会話が成り立たない時もあるが、凄くいい奴である。

 

「見て、ソウジ」

「ん、なんだ?」

「ここ!! このページ!!」

「どうした? 特に変わったことはなさそうだが……?」

「この文字の曲線……とても面白い! ギャギャッ!!」


 ただ、笑い方がちょっと怖い。

 あと、笑いのツボもよくわからない。


 ちなみに『ゴブ』というあだ名も、笑い方がゴブリンっぽいという理由からきているらしい。そんなあだ名でも、由来込みで、本人が大層気に入っているというのが、またなんともいえない話であるが。


 以上二人が俺の図書室仲間である。

 ユー君もゴブも、俺に負けないくらいの図書室愛用者のため、俺を含めたこの3人で過ごした時間の長さはかなりのものになるだろう。


「さあ、続き続きっと。昨日からこの小説の続きが気になっててな」


 昨日は図書室が閉まるギリギリまでこれを読んでいた。

 管理上、手間がかかるからか、図書室で本の貸し出しを行っていないため、この場で読まなければならないというのが、なかなか厄介だ。


「あ、僕がオススメしたやつだね。気に入ってもらえたようでよかったよ」

「いやー、面白いよな、これ。ゴブも今度読んでみろよ」


 普段勉強ばかりのゴブに息抜きとしてどうか。軽い気持ちで言った俺に対し、ゴブは難しそうな顔で数秒考えてから口を開いた。


「わかりました、今度その小説を読むことを私は決めたかもしれない」

「あはは、ゴブ、また癖が出てるよ。流暢な喋り方になってる」


 ユー君に指摘され、ゴブが顔を赤らめる。 


 ゴブは翻訳サイトを通したような文章をスラスラと話すことがある。

 嘘をつくなど、なにか後ろめたいことがある時だ。

 理屈はわからないが、言霊による変換が上手くいっていないのだろう。


「ってことは、あまり気乗りはしないってことか」

「ご、ごめん、悪気ない。ただ、言葉覚えるの集中、したくて……」

「いいっていいって、ゴブは真面目だなぁ。まあ、そこがいいところでもあるけど」

「うん、そうだね。僕もゴブのそういうところ好きだよ」

「ギャギャ!! 照れる……」


 さらに顔を赤く染めたゴブを見て、俺とユー君が顔を見合わせて吹き出す。

 これ以上騒がしくするのは周りに迷惑だと互いに喚起はするが、そういう場面に限って、普段より全てが5割増しで面白おかしく感じてしまうのはなぜだろうか。

 仕舞いには、なぜかゴブまで笑いが止まらなくなり、俺達は仲良く3人で図書委員的な存在に怒られるのであった。

 


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