26 - エピローグ2
第二宿舎の階段を上り、俺は6階にやってきた。
外から見てある程度わかっていたが、やはり上層階は作りが豪華になっている。
旧リディアの部屋のように、永住権が関わってくると話は変わってくるが、基本的には上客ほど上層階を貸し与えられるようだ。
扉には派手な装飾品が取り付けられ、廊下の絨毯や壁も素材からしてなんか違う。
フロアに4つしか部屋がないので、隠し扉やホラー的要素でもない限りは、5階と比べて、各部屋の広さも段違いだろう。
「宗司様、お待ち申し上げておりました」
「お、レインか。御機嫌よう」
「リディア様がお待ちです。さあ、こちらへ」
スルーか……。
俺の優雅な挨拶にピクリとも反応を示さないメイドに俺は唇をかむ。
「――ここがリディア様のお部屋です」
「これはひどいな……」
レインに案内された扉の前で俺は頭を抱える。
『私と宗司とレインの部屋』。
扉には頭のおかしい表札が掲げられていた。
「俺はいつからここの住人になったんだ……?」
部屋の主は何を考えているのだろうか。
病院を近くに設置した方がいいかもしれない。
「現在この階の利用者はリディア様だけですのでご安心ください。私はご一緒するのはここまでなので、あとは好きなだけお楽しみいただけるかと」
「んなこと聞いてねえよ!」
このメイドがどこまで本気なのかはわからないが、どうせなら俺の質問に答えて欲しかった。
レインの挙動は、台本でも用意されていたのではないかというくらい迷いがない。俺の発言は全て無視。台本には俺の台詞は一つもないようだ。
きっと俺がここで全裸になってブレイクダンスを踊り始めても、このメイドは動じることもせず、そのまま俺をリディアの部屋に通そうとするだろう。
末恐ろしいメイドだ。
「――どうぞ、お入りください」
レインに通され、リディアの部屋に入る。
あ、やっぱ広いな。
自分で言うのもなんだが、部屋に入った感想はつまらないものだった。
これといって取り立てるようなものもないし、予想通りというかなんというか。
アボリジニ人形がズラリと並んでいれば、俺も全力でつっこまずには入られなかっただろうが、これでは家具が高級そうな無難な部屋としかいえない。
「――あ、おかえり宗司!」
そう。部屋にもこれくらいのツッコミどころが欲しかった。
「それが初めて来客する者へのクラベス王家流挨拶なのか?」
赤いストールと白いドレス姿で迎えてくれたリディアに俺は苦言を呈する。
「もう、宗司は頭が固いなぁ。精神的な面から考えてみてよ。ほら? 『おかえり』でしょ?」
「――精神的な面から……?」
駄目だ……。
俺にはまったく意味がわからない。
「……あー、よし、この話はここでやめとこう。これ以上考えると俺の精神が崩壊しそうだ。さっさと本題に入ろうぜ」
「りょーかい、宗司がそういうなら、そうしよっか」
部屋の中央、向かい合うソファに座って俺は深く息を吐く。
レインがいないのでお茶は出てこない。
向こう側に、急須らしきものとカップが二つ並んでいるのが見えるので、出そうとはしてくれていたのかもしれないが……。
もしかして緊張してるのか……?
お茶の件を踏まえた上でリディアを観察すると、普段よりどことなく落ち着きがないように思えてきた。
そういえば今日は王女様っぽい格好してるな。
いつもとちょっと印象が違う。
「どうしたの? 何か変かな?」
「いや、綺麗だぞ」
「――え!?」
――しまった!! なんちゅうことを!!
リディアの観察に集中していたら、とんでもないことを口走ってしまった。
リディアが顔を赤らめているが、それは俺も同じだろう。
「……えっと、それはどういう――」
「社交辞令だ。うん、社交辞令」
そうに決まっている。
「……そっか、うん、そうだよね。あはは、宗司がそういうこと言うなんて意外だよ。びっくりしちゃった」
照れくさそうに笑うリディア。
テーブルの上にカップがあれば、中身がなくても傾けていたに違いない。
「…………さあ、いつでもいいぞ。好きなだけ話すがいい」
変な間があいて気まずかったので、俺からもう一度仕切りなおす。
「改まるとなんだか恥ずかしいな……。お話は二つあるんだけど、まずは一つ目」
「おう、なんでもこい」
「……もう、茶化さないで」
リディアがコホンと咳払いをして――
「ありがとう。槍から私を庇ってくれたこと、本当に嬉しかったよ」
「なんだ、そんなことか……」
ここで素直に『どういたしまして』と言えない俺は、何度生まれ変わってもイケメンにはなれないだろう。己の嫌みったらしい性格が憎い。
「ふふ、夢の中の宗司とまったく同じ反応。それが宗司の照れ隠しなのかな」
「反応に困るから、そういう発言はやめてくれ……。あれはただ――」
いや、やめておこう。
次々と言い訳は思い浮かぶが、所詮は言い訳。言葉にしたところで、余計に見苦しくなるだけだ。いつかイケメンに生まれ変わるため、言葉には気をつけよう。
首を傾げるリディアに俺は「すまん、失言だ」と訂正する。
「あはは、おかしな宗司」
「まあ、気にするな。そんなことより、二つ目の話題にいこうぜ」
時間は有限なのだ。さくさくいこう。
「もう、せっかちだなぁ。別にいいけどさ。はい、じゃあ、次、二つ目は……」
リディアが1枚の紙をテーブルに置く。
「――雇用契約の話です」
バーンと効果音のつきそうなシーンである。
「またそれかよ……。何度も何度もよく飽きないな」
「飽きないよ、必死だもん。それに今回はいつもとは違う話だよ」
「どうだかな……」
まったく期待できない。
『今日は館長の声真似バージョンだよ』くらいやってもらわないと、俺のこの沈んだ気持ちは浮上しないだろう。
「――私ね、宗司のこといっぱい調べたんだ。どうして奴隷になったのか、奴隷の館で何をしてきたのか、誰と仲良くなったのか、何が好きで何が嫌いか……。もちろん宗司の言うニートがなんなのかも調べたし、宗司がこの世界の人じゃないってことも知ってるよ」
「は……? 嘘だろ!? どうやって――」
「『にほん』出身なんでしょ? 3年前に宗司を街で捕まえた衛兵さん達が言ってたよ」
「信じるのか……?」
「あはは、だって、宗司、普通じゃないもん」
リディアが笑いながら答える。
「普通じゃないって、そりゃ認めるけどさ……。でも、それだけで信じるか?」
「奴隷の首輪を外せるっていうのが大きかったかな。奴隷の首輪――”制約”の力が効かないのは、奴隷契約の一文に『”この世”に命を与えられし全ての者』って言葉が入ってるからだろうね。……他にも、教養がある割に文字を書けなかったこと、3年以上前の出来事に疎いこと、細かい積み重ねがたくさんあったからだよ」
「よくもまあ……」
俺が同じ立場なら、それでも異世界などという存在を信じられるかは怪しい。
ロボット……――はさすがに無理でも、未知の魔装具が人化したとか、別の可能性に思考が働きそうなものだが。
「――話が逸れちゃったね。とにかく、宗司のことをいっぱい調べたんだよ」
もう十分驚かされたのに、まだ話は続くらしい。
リディアが続けて口を開く。
「それでわかったんだ。これじゃ駄目だって――」
え!? 何を!?
今度の衝撃は先ほどの比ではなかった。
――テーブルに置いてあった雇用契約書を手に取ると、リディアはそれを二つに引き裂いてしまったのだ。
ヒラヒラと二つに裂かれた雇用契約書が床に落ちるのを、俺は目で追うことしかできなかった。
嘘……、だろ……?
俺は護衛失格ってことか……?
「宗司は働きたくないんだよね。だったらもう働かなくていいよ」
心がズキリと痛む。
再三再四、断り続けてきた護衛の話ではあるが、こんな結末を迎えるとは。
身勝手なのはわかっている。働くのは嫌だけど、必要とされたい。そんな都合の良すぎる願望が俺にはあったのだろう。
「――私が宗司の一番になれば全部解決だよね」
「…………え?」
頭が働かない。
リディアは何を言っているのだろう。
「大切な人を守りたいって思うのは当たり前の感情だもの。だから私は宗司を惚れさせることに決めました。好きな人が危険な目に遭ってたら助けるでしょ? 仕事とか働くとかそういうのは抜きにしてさ」
そうか。
やっと状況が飲み込めてきた。
つまりリディアは、俺に仕事ではなく責務として護衛をさせようとしているのだ。雇用契約ではなく、想いで動かそうと。
大切な人――恋人や親友、家族を守るのに金を請求する者はいない。
ニートも同様だ。大切な人を守ることを、働きたくないからと言って放棄する者がどこにいるだろうか。
「――私が宗司の一番になれば、最高の護衛が出来上がりってことだよ」
「お、おう……」
「ふふ、安心して。宗司の護衛は私がするよ」
そして最後に満面の笑みで――
「だって私はあなたが好きだから」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
感想、ブクマ、評価、応援してくださった方、とても励みになりました。
この場を借りてお礼申し上げます。
自分の作品をここまで多くの人に読んでもらえたこと、心より嬉しく思います。
本当に本当にありがとうございました。
間がかなり開いてしまったので一度完結済にしていますが、完全に忘れ去られた頃に再開予定です。




