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異世界奴隷ニート、ここに極まる ~絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女~  作者: 萩野知幸
1章 絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女
23/27

22 - 翻弄される者5

「くくく……――ほら!! どんどん速くなるぞ!!」


 ラシッドの槍が俺の右腕に迫るが、それを俺はなんとか払う。


 ラシッドの狙いは飽くまで右腕らしい。こいつの腕を吹き飛ばしたのは俺じゃないというのに、ご苦労なことだ。おかげで俺も攻撃を凌げているので、ありがたい話だが。


 武器なんて持っていないし、持っていたとしてもまともに扱えない俺は素手で槍を払いのけている。

 直接身体を強化するイメージで魔法を使用したわけだが、どうやら上手くいったらしい。穂に触れないよう配慮しながらギリギリ戦えている。


 どっちかっていうと、なぶられてるって言った方がいいかもな……。


「どうした!? もう限界か!?」


 余裕の笑みを浮かべるラシッド。

 以前戦った時の必死な形相はない。


 遊んでやがるな。

 もったいぶりやがって……。


 ラシッドが焦る理由はない。

 オリジナルの魔装具”流転”により無尽蔵の体力と魔力が備わり、敵なしだ。

 3日間だろうが4日間だろうが、延々と戦い続けられるだろう。


「――くッ!!」


 槍が掠り服に血が滲む。


 ラシッドと違い、俺の身体はすぐには治らない。

 せめて治療薬でも持ってくればよかった。


「くく……、もう降参か? まあ許さねえがなあ!!」


 ラシッドが高笑いをしながら攻撃を繰り返す。

 休ませてはくれないようだ。


 ――まずい! さらに速くなった!?

 追いつかなくなってきたぞ!


 身のこなしがまったくなっていない素人の俺では、ラシッドの連撃を捌ききれなくなってきた。

 奇跡的に目で追うことはできているというのに、これではどうにもならない。


「宗司!! 諦めないで!!」


 リディアのエールに耳を傾ける余裕も段々となくなっていく。


「どうした? 得意の魔法は使わねえのか!? おい!!」


 使いたくてもッ!!


 魔法は身体の強化に使っている。

 一度に展開できる魔法は1個まで。基本中の基本だ。


「前のはマグレか? 散々人をコケにしやがったくせに……――よおッ!!」


 ラシッドの鋭い蹴りが飛んでくる。


「――ゲッ、カハッ!!」


 入り口近くの壁まで突き飛ばされた。


「宗司!!」


 リディアが駆け寄ってきて心配そうな目で俺を見る。


「つつ……。大丈夫、まだ立てる」


 槍で執拗に右腕ばかり狙ってきてたのに、ここにきて腹に前蹴りとは。

 だが、卑怯とはいえない。俺が勝手に右腕しか狙わないと思い込んでいただけだ。


 どうする……?

 どうすればいい……!?


 立ち上がり、呼吸を整えながら有効的な手を考えるが思いつかない。


「――そうだ!! 宗司! 指輪を外して!!」

「は!? 指輪を!? 何言ってんだよ! そんなことしたら――」

「違うの!! その指輪は魔装具じゃないの!!」


 ――は? え?

 嘘だろ……?


 開いた口が塞がらない。 


「宗司は凄い魔法士だもの。それを宗司にもわかって欲しくて……」


 ラシッドは待ってはくれない。

 こういう時こそ遊び心を持って、ゆっくりと見物していればいいのに。


 迫るラシッドを見ながら俺は薄笑いを浮かべる。


 とんでもない王女様だな……。

 いや、俺が鈍感すぎただけか。


 リディアは俺自身に魔法の才能をあることを伝える為、一芝居打ったわけだ。

 俺はこの指輪が魔装具だと信じて魔法をポンポンうっていたが、実際には俺は魔装具なんてつけていなかったと。ようするに俺は、魔装具なしで魔法を使いながら『魔装具なしで魔法なんて使えるわけないじゃん』と馬鹿みたいな発言をしていたことになる。


 なんて恥ずかしい……。


 あの日、リディアを救ったのは他の誰でもない。俺自身。

 勘違いしていたのは俺の方だったのだ。


 いける……。

 無詠唱に同時詠唱。


 無意識に魔法の常識に囚われ、俺は自分の出来ることを見失っていたのだ。

 それをリディアがわからせてくれた。


 リディアを庇うように後ろにやると俺は強くイメージする。


 俺には魔法の才がある!!


「――なッ!?」


 前回のラシッド戦で見た魔法陣が5つ連なり、ラシッドの一撃を受け止めた。

 腕の出血も止まっている。傷口が塞がるのをイメージしただけだが、それだけでよかったようだ。


 ――それなら!!


 ラシッドの体を炎で消し飛ばすイメージをする。

 右腕がいけたなら体だっていけるはず。


「させねえよ!!」


 ラシッドが後ろに飛ぶのとほぼ同時。ラシッドがいた周辺の空気が歪み、宙で炎が燃え盛る。

 同じ要領で3度ラシッドを狙ってみるが、全て避けられてしまった。


 簡単にはとらせてくれないか……。


 束の間の沈黙が訪れる。


「……凄い!! さすが宗司!!」


 リディアがまるで自分のことのように喜んでいる。


「そうこなくっちゃなあ! せっかく王の力を手に入れたんだ。そうじゃなけりゃつまらねえ!!」


 こっちもよくわからないけど喜んでいる。


 さて、どうするか……。


 体力や魔力の消耗は感じられないが、このまま攻めに転じていいものか。

 リディアは守ることだけを考えろと言っていたが、それは今も継続していいのだろうか。


 長引けば不利なのは間違いないよな。


 リディアに指示をくれと横目で訴えてみるが、返ってくるのは『し・ん・じ・て・る』と嬉しいけどそうじゃない口パクメッセージだけだ。


「さあ、楽しもうじゃねえか」


 ラシッドの持つ槍――”流転”が一際強い光を放つ。

 槍の形が赤く変色し、より一層禍々しさが増す。

 

 まだ強くなんのかよ……。

 それになんだこの嫌な感じは……。


「こっちも、ほんきで、ゲヒ……キヒ、キヒヒ」


 とんでもビフォーアフター。


 おいおいおい、あかんやつだろこれは……。

 目がイッてるし、顔つきが別人だぞ。


 口元から涎をたらし、目が真っ赤に染まっている。

 こんなのがテレビに出てきたら俺は即座にチャンネルを変えるだろう。


「キヒ、キヒヒ、グゲゲ……」


 もがき苦しんでいるようにも見えるが、ほおっておけば死んだりしないかな。

 離れて観察しているが、今のところ襲ってくる様子はない。

 下手に刺激を与えないでおこう。


「誤った流転の使い方をした末路だね。色んな自分を引き出しすぎて壊れかけてるんだよ」

「壊れかけって……。もうこれは完全に壊れてるだろ」

「王の力を手に入れても、こうなったら哀れだね……」

「ラシッドも言ってたけど、その『王の力』ってのは?」

「流転は唯一意志を持つ魔装具っていわれてるんだよ。いつもはグローレンス王国が祭っているんだけど、100年に一度、勝手に外に出てきて適合者――王に相応しい人を見つけて戻ってくるんだって」

「んな馬鹿な」

「私だって半信半疑だよ。運命力が人を動かして、必ず適合者まで流転を届けるっていうんだからさ。偶然かどうかなんて確かめようないじゃん」

「そりゃそうだ」


 どこの御伽噺だよ。


 流転がラシッドを選んだから、ラシッドは流転を手に入れたと。そして、ラシッドはグローレンス王国で王になるわけか。


 ――ん、待てよ?

 

「……もしもだ。もしも、その話が本当だとしたらさ。俺達って絶体絶命なんじゃないか?」


 運命力だとか胡散臭い話を信じたくはないが、万が一それが真実だとしたら、俺が今こうしてラシッドを眺めていることさえ流転の持つ運命力によるものかもしれない。

 ラシッドは王様になるわけだから、ここでは死なない。


「負けるのは俺達ってことに――」

「キヒャヒャ!!」


 ぬおッ!!


 最後まで言う前にラシッドが襲い掛かってくる。

 

 待て待て!!

 なんちゅうスピードだ!!


 一瞬で距離を詰めてきやがった。


「キヒヒ!! ヨケタ! ヨケタ!」


 人間らしさを失ったグロテスクな体で、ラシッドが槍を振り回す。


 ――つッ!!

 滅茶苦茶だ!

 

「――ヨケタアア!!」


 ラシッドが槍を棍棒のように振り下ろす。


 俺が防御のために用意した6つの魔法陣はいとも容易く割れていく。

 金属バッドで極薄の氷を6枚叩き割ればこんな感じになるのではないだろうか。

 

 嘘だろッ!?


 辛うじて回避するが、ラシッドの細い槍は地面を叩き割り、いくつかの破片が俺に突き刺さる。


「宗司!!」


 ――よかった。


 リディアは無事のようだ。

 咄嗟にリディアの前に展開した防御魔法が役に立ったらしい。


「――この!! 今のお前なら!!」


 自分の傷を治すことも忘れて、ラシッドの頭を吹き飛ばそうと爆発をイメージするが――


「これは……」


 効果なし。

 僅かに火傷を負わせるくらいはできたが、瞬きしている間に治ってしまったようだ。


 ったく、誰だよ、ラスボスに全回復持たせた奴……。

 クソゲーじゃねえか。


 誰か俺に攻略本を貸して欲しい。

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