21 - 翻弄される者4
侵入者が原因で騒然とする館内の中、俺とリディアはとある場所に来ていた。
「駄目、手遅れ……」
「そうか……」
不吉な予感は的中しまったようだ。
リディアの部屋の前には護衛の男が倒れており、その身体には胸を貫かれたような跡がある。
床には血痕が点々と扉まで続き、犯人が自らがそこにいることを俺達に知らしめようとしているようだ。
倒れた男の瞳を隠すようにハンカチを被せ、リディアが黙祷する。
「リディアはここで待っててくれ。戦うのは俺なんだから、行くのは俺一人でいいだろ」
「ううん、気持ちは嬉しいけど、私もついていくよ。元々は私が蒔いた種だしね。巻き込まれた宗司だけを行かせるなんてできないよ」
「んなこといったって、お前は戦えないだろ」
「見届けたいの。……我が侭言ってごめんね。もしも私に何かあっても宗司は気にしないでいいから」
確固たる意志を感じる。
どうやらリディアに引くつもりはないらしい。
この様子だと、ここで止めても後からついてくるだけだろうし結果は変わらないか……。
「本当に物好きな王女様だな」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」
ポジティブなこった。
そこまで言うならあとは俺の知ったことではない。
「んじゃ、開けるぞ」
扉に触れながら、俺自身も覚悟を決める。
リディアから貰った魔装具の指輪は、あの日から俺の左手薬指にはまったままである。
魔法の練習不足が心残りだが、大丈夫。きっとなんとかやれる。そう思わないことにはやっていられなかった。
扉をゆっくりと開いていく。
その先には――
「……くくく、やっぱり来たか。わざわざこんなつまらねえ所で待ってた甲斐があるってもんだ」
テーブルに座る黒装束の暗殺者さんの暖かい歓迎のお言葉。
聞き覚えのある声。見覚えのある顔。
リディアと初めて出会った時のことを思い出す。
「えっと……」
「ラシッド、あなただと思ってた」
そうだ。ラシッドだ。
密林地帯でリディアもろとも殺されかけた記憶が蘇える。
今回の襲撃はラシッドの逆恨みだろう。
なぜだか、ここに来る途中からそんな気がしていた。
リディアには思い当たる節があったようだが、俺は完全に直感だ。
どこに逃げようと見つかるのは時間の問題だろうし、俺やリディアのせいで犠牲者が増えるのも耐えられそうにない。だから気付いてしまった時点で、俺にはここに来る選択肢しかなかったのだ。
今度は俺一人でやらないといけないんだよな……。
片手を失ってるといっても……――って、え? どういうことだ……?
「どうした? 俺に右手がついてるのがそんなにおかしいか?」
右腕を失ったはずのラシッドが、右手を広げてほくそ笑む。
いくらなんでも失った腕を修復するような術はこの世界にもなかったはず。こんなリアルな義手があるとも考えにくい。
なぜ。
その言葉を解消するには俺の知識では不足しているらしい。
俺は隣にいるリディアを見るが。
「……なんで? こんなことって……」
リディアは俺より動揺していた。
しかし、その視線の先は右腕ではなくラシッドの首。正確にはそこにつけられた奴隷の首輪を見ているようだった。
――え……? 首輪?
すっかり奴隷の首輪を見慣れてしまっていたせいか、異常に気付くのが遅れてしまった。
奴隷の首輪はラシッドがつけていていいものではない。犯罪奴隷として牢にぶち込まれているのならわからなくもないが、ここは奴隷の館であり、加えていうならリディアの部屋だ。10人以上を殺し、禁止区域に平気で足を踏み込んでいる奴がどうして。
「いいねえ。その反応、最高だよ。くくく……、なんでだろうなぁ?」
ラシッドの首輪が機能していないのは、まず間違いないだろう。あの首輪は館内で殺した奴隷から奪い取ったものであり、第三者――契約を結んでいない者には奴隷の首輪は効果を発揮しないのだから。
首輪をつけているか否かで奴隷とその他を判断するのは誰しもが一緒なはず。見かけだけの奴隷でも、首輪さえ付けていればここでは立派な奴隷の一員だ。建物内に侵入するのもさぞ容易かったことだろう。
それは逆に、奴隷の首輪は誰にも悪用できない――国の立会いのもとでなければ外せないという絶対的な信頼感からきているわけなのだが。
「”流転”……」
リディアがボソリと口にする。
「チッ、相変わらずムカツク女だ」
それに対してラシッドが露骨に嫌そうな顔をしながら言った。
『流転』。
リディアが言葉にしたのは、世界に三つある魔装具のオリジナルの内一つの名前である。
オリジナルは『制約』、『流転』、『予言』の三つからなり、全てが小さな宝石のような形をしていると本で読んだことがある。
一部の高品質の魔装具には単体で魔法が込められいることがあるが、オリジナルはその性能が比較にならない。いってしまえばチートの中のチートだ。
「同じオリジナルなら話は違うってことか」
「うん、それしか考えられない。”制約”の力が宿った奴隷の首輪をどうにかできるのなんて”流転”だけ。試したことはないけどね」
「右腕が元通りになってるのも流転とやらの力か?」
「そうだと思う。長い間、適合者がいなかったから私も読んだ知識しかないけど、流転は使用者の持つあらゆる可能性を引き出せる魔装具だよ。一説によれば、過去、未来はおろか別次元の自分も対象に含まれるらしいし、片腕くらい余裕だろうね」
「なんだそれ、下手すりゃ不死身かよ……。ちなみに現状のやばさを5段階評価にすると……?」
「4.5かな。……あ、帰っちゃ駄目だよ?」
釘を刺された。
でも、待って。
この展開は聞いてない。
正直なめていた。
こっちは以前見たラシッドの動きや、片腕がないことを踏まえた上でここに来たんだ。
だというのに、いざ来てみれば、ラシッドさんが万全な状態でチートまで手に入れてるじゃないですか。完全に騙された気分だ。
「気に食わねえ……。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、うぜえんだよ。それがもうすぐ死ぬって奴の顔かよ」
ラシッドがエメラルドのように緑色に輝く宝石――”流転”を手に取り前に出す。
「まずは右腕をもらう……」
流転が音もなく姿を変えていく。
左右に長く伸び、先端は鋭く。そして禍々しく。
槍か……。
槍の名手だった自分の才能でも引き出してきたのかね。
どうせなら良心も引き出して改心して欲しいが。
「楽には死なせねえ」
ラシッドがユラリと身体を震わせ、槍を俺に向ける。
――ってか、これどうすんだよ。マジでチートじゃん。
即死以外は速攻再生されるだろうし、魔力も体力も枯渇しないってことだろ。無理ゲーかよ。
奴隷ニートが攻略できるレベルを超えている。
「宗司、勝てる見込みはあるから私を信じて! 倒すことじゃなくて、今は守ることだけを考えて!」
王女様のエールが聞こえてくる。
ラシッドのチートに比べると地味だが……。
――いや、これも立派なチートか。
リディアを、俺自身を信じよう。
事実、勝てる要素なんてないのに、俺の身体は震え一つないし、言葉にはしても心の奥底では絶望していない。理屈では語れないが、それは俺が一番よくわかっている。
「やるしかないもんな」
動き出したラシッドを見て、俺は一言そう呟いた。




