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異世界奴隷ニート、ここに極まる ~絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女~  作者: 萩野知幸
1章 絶対に働きたくない俺と絶対に雇いたい王女
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1 - 奴隷ニート

 爽やかな朝の空気が窓の外から流れ込む。

 粗雑な毛布に包まれながら、今日も俺の1日が始まる。

 怠惰に塗れた素晴らしい1日が――。

 

「ああ、奴隷ニート最高……。いやー、しかし、あれだな。奴隷ニートとは……うーむ、我ながら素晴らしいネーミングセンスだ。なあ、そうは思わないか、同居人よ」


 5ヶ月間、部屋を共にしている相手に俺は語りかける。

 先程から、室内でコソコソとなにやらしているのに対し、黙って気付かぬ振りをしてやるのが優しさかとも思ったが、奴隷ニートという素敵なフレーズに改めて気付かされてしまったのだから仕方がない。この素晴らしさを誰かと分かち合いたいと思う気持ちに嘘はつけない。


「……もう起きちゃったの? せっかくあなたが起きる前に出て行こうと思ってたのに」


 などと溜息交じりに話すこいつは、俺と部屋を同じくする同居人。

 俺同様、奴隷の首輪を付けた、言わば奴隷仲間といったところか。

 性別は女。性格はクール。年齢は聞いたことがないのでわからないが、異性にも同性にもある程度もてそうな綺麗な顔立ちに思える。


「ははは、寂しいこと言うなよ。俺とお前の仲だろ。朝食だろうが図書室だろうが付き合うぞ。なんならお風呂も付き合おうか?」

「残念ね、朝食はもう済ませたし、図書室に用はないの。まあ、行く予定があったとしても、あなたと一緒は御免だけどね」 


 あと一点、この女の特徴を挙げるとするなら、ツンデレを推したい。デレは未実装だが、俺はそう思うことにしている。

 気まぐれで、こうして食事や図書室に誘ってはいるが、結果は全敗。ちょっとだけ好感度が不足しているらしい。もう1ポイントくらい好感度が上がれば、むしろむこうから誘ってくるくらいにはデレッデレになるはずなのだが。

 

「ん? って、まだ6時じゃないか。どうしたんだ、今日はやけに早くないか?」

「そういえば、あなたにはまだ言ってなかったわね。私、今日ここを出て行くの」


 なんと……。


 誇らしそうな顔で髪をかき上げる女を見て、俺は言葉の意味を察する。

 俺も奴隷の館(ここ)では長いほうだ。過去に何度も同じような言葉を聞いている。


「それってつまり、そういうことか?」

「ええ、部屋の移動とかつまらないオチじゃないわ。奴隷の館から出て行くの。先週、来館してた貴族の中に私を買ってくれた人がいるのよ。それも仮契約じゃなくて本契約でね。これで、ようやくこの首輪とも離れられるわ。ついでにあなたともね」


 薄い金属性の首輪を指でなぞりながら、同居人の女が語る。

 口元が緩み、普段のクールな印象が崩れかけているのは内緒だ。


「おお、よかったじゃないか! 先週来てた貴族っていうと、かなりの大物だろ? 館内連中の契約争いの声が図書室にまで聞こえてきたしな」

「それはそうよ。ここ最近じゃ、間違いなくトップクラスの好条件だったんだから。むしろ、そんなチャンスに図書室で呑気に本を読んでいるあなたが異常よ、異常」

「おいおい、実技、筆記含めて、あらゆる科目でぶっちぎり最低を記録する俺が出てってどうしろっていうんだよ。一発芸でも披露しに行けば良かったか?」

「顔を見せないよりは何万倍もいいわね。実際、試験の成績が低くても、似たようなことをした人なら山ほどいたし」

「ほほお……。そんな愉快なことになってたのか……」


 俺も見に行けばよかったかな。


 一生奴隷ニート志望の俺には、就職活動――もとい契約争いなど無縁なものだと思っていたが、見世物としては案外悪くないかもしれない。

 3000を越える奴隷達がそれぞれ必死に身に付けた技の数々、想像すれば想像するほど興味が沸いてくる。


「あのねぇ……。あなただって他人事じゃないでしょうに。顔でも名前でもなんでもいいから覚えてもらわないと、雇ってもらえないことだけは確かなのよ?」

「そりゃそうだ」

「じゃあ、なんで契約争いに参加しないのよ」

「一身上の都合だ」


 ニート継続的な意味で。


「一身上の都合、ね。なら普段から試験を受けないのも一身上の都合? さっき、あらゆる科目で最低を記録するとか言ってたけど、それってあなたが試験を受けたことがないからでしょ。試験で好成績を出せば、むこうからアクションをとってくれる可能性だってあるのよ? それくらい知ってるわよね?」

「もちろん知ってるぞ。ただ、受けたところで変わらないさ。剣、槍、弓、魔法、鍛冶、清掃、礼儀作法、料理……意味がわからんくらい試験科目が用意されてるのは知ってるけど、生憎、才能とやる気の持ち合わせがないんだ」

「やる気って、あなたねぇ……。実技が難しくても、筆記の方なら準備なしでもいい線いけるんじゃないの? いつも図書室にこもってるんだから、何らかの知識はあるでしょ」

「んー、どうだろな。自信はまったくないな」


 ついでに興味も。


「はあ……、相変わらず興味なしって顔ね。本当あなたって変わり者だわ。あなたを見てると、まるで自ら奴隷の館にいようとしてるんじゃないかって思えてくるもの」


 同居人の女が本日何度目かの溜息を漏らす。


 奴隷の館において、俺のような奴隷ニートは珍しい。というか恐らくいない。

 信じがたいことに、皆、奴隷から解放されるため日々精進しているのだ。

 そんな頑張り屋さん代表のようなこの同居人にとって、俺みたいな存在は理解出来ないのだろう。

 過去に何度か、ニートの素晴らしさについて力説してやろうと考えたこともあるが、必死に頑張っている人間を馬鹿にしていると捉えられてしまうのではないかと、結局話せていない。

 俺自身、上を目指して頑張ろうとする姿勢は見ていて応援したくなるくらい美しいと思うし、他の誰かに自分の生き方を認めてもらいたいわけでもないので、こんなことを話しても不毛だと、いつも途中でどうでもよくなってしまうのだ。

 

「まあいいわ、あなたにはあなたの事情があるのよね。……っと、じゃあこれも余計なお世話だったかしら」


 同居人の視線が、俺の机に向けられる。


「ん? なんだそれ」


 机の上には見知らぬノートが一冊。

 俺の所有物ではないので、この女が俺の寝ている間に置いたのだろう。


「来館予定者をまとめたノート。誰がいつどんな人材を求めて来館するのか、私なりに調べられる範囲でまとめたものよ。今日ここを出て行く私が持っていてもしょうがないでしょ? だから、同居人のよしみとしてあなたにあげようかと思ったの」

「さすがガチ勢……」

「え? なんて?」

「いや、なんでもない。ありがたく貰っとくよ。すごく面白――参考になりそうだ」

「そう。じゃあ、はい、あげるわ」


 同居人の女が、わざわざ俺の机の上にあったノートを、ベッドの上にいる俺に手渡してくる。

 どうやら、この場で読めということらしい。


 なるほど、よほどの自信作ということか……。

 どれどれ。


「――って、うお! こりゃ凄いな」

「ふふ、そうでしょ」


 あまりの完成度の高さに素直に驚かされた。

 来館者スケジュールを見やすく纏めた程度かと思っていたが、これはそんなレベルじゃない。


「資産、名声、待遇、募集人数、雇用難易度……おいおい」


 さすがに具体的な数値が記載されているわけではないが、各項目ごとに☆1から☆10までランク付けされている。過去にどんな奴隷を雇ったか、何をして今の地位を築いたか、というような概要まで記載があり、俺のような初心者にも優しい作りだ。


 しかもイラスト付き。

 無駄に上手いし……。

 

 女が自分で書いたのだろうか。中には、一部痛い台詞まで入っている人物もいる。

 この本を何かの攻略本として渡されていれば、俺は信じていたかもしれない。


「どうやってこんなこと調べたんだ?」

「あら、案外なんとかなるものよ? 公開されている情報もいっぱいあるしね」

「この愛人がどうとか、男色うんぬんってのも公開されてたのか?」

「え? ……うん、まあ、そんなところね」


 おい、目が泳いでるぞ。 


「――あ、わかってるとは思うけど、情報は鵜呑みにしないで飽くまで参考にするくらいにしなさいよ」

「ん、ああ、そこは大丈夫だ」


 読み物として楽しむのが主な目的だしな。

 攻略本は読んでいるだけでも楽しいものさ。


「っと、これは……?」


 リディア第一王女?


 パラパラとページをめくっていると、一人だけフルカラーで描かれた人物を発見した。

 他の人物が大体平均☆4くらいなのに対し、このリディアとかいう人物だけ☆の数がおかしい。イラストや台詞に対する気合の入り方も考慮すると、こいつがラスボスでまず間違いないだろう。


「『募集人数1人、護衛のため戦闘能力の高い者を募集、過去の雇用なし、性別は問わず。契約争いには、書類審査、面接試験、簡単な実技試験が行われる』……って、ラスボス――じゃない、王女様が奴隷の館(こんなところ)に来るのか?」

「王女様? ……ああ、リディア様ね。今までだって何度も来てるわよ。あなたそんなことも知らなかったの?」


 「呆れた」と首を左右に振る同居人。

 どうやら、奴隷の館においてリディアとやらが、何度も来館しているのは常識だったようだ。


「もともと御付や護衛を探しにくる人は、直接自分の目で確認したいってケースが多いのよ。さすがに王女様自らっていうのはリディア様くらいなものだけど、それは王族で奴隷を直属に置きたいなんて考えを持っているのが、そもそもリディア様しかいないからよ」


 だろうな。

 王族の護衛は王国騎士団から選ばれるのがこの国の慣わしだったはずだ。


「変わった王女様もいたもんだな。というか体裁的に奴隷を王女直属になんてありなのか?」

「さあ? 前例がないことだけは確かだけど、王女様がわざわざ足を運ぶくらいなんだから、ありなんでしょ」

「うーむ。まあ、それもそうか」


 暇つぶしにしたってもう少しまともな場所はあるだろう。

 身近に奴隷を置いておきたいなどと、酔狂なことだ。


「でも、リディア様の契約争いに参加しようってつもりなら、やめておいたほうがいいわよ。志望者が多すぎて、あなたの成績だと面接に漕ぎ着けるまで何年かかるかわからないもの。どうしてもっていうなら、まずは戦闘技能の試験で結果を出すことね」

「安心しろ、そんな大それたこと考えてないさ」

「だと思った」


 なら言うなよ。

 と言うのは野暮ってやつか。


「……さてと、そろそろ行くわ」

 

 話の区切りがついたところで、同居人の女が荷物をまとめた鞄を背負って立ち上がる。

 どこにそんな荷物があったんだというくらい詰め込んだ鞄は、パンパンに膨れ上がって重たそうに見えるが、それでも奴隷から解放されるのを心待ちにしていた女からすれば、また違ったように感じるのかもしれない。少なくとも、今の女の表情からは、つらさといった類の感情は一切感じられない。


「あなたと話すのはそんなに嫌いじゃなかったわ。短い間だったけど、ありがとう」

「おう、こちらこそ色々ありがとな。むこうでも元気でやれよ」

「ええ、あなたも頑張って。どんな事情があるのかは知らないけど応援してるわ。”それだけの力”があるんだもの。きっと上手くいくわ」

「ん? 力? なんの――」

「いいのよ、わかってるから。ごめんなさい、最後にちょっと意地悪がしたくなっただけ。じゃあね」


 異世界流の別れの挨拶とでもいうのだろうか。含みのある言葉を残して、同居人の女が部屋から出て行く。

 正直、まったく意味がわからない。


 『それだけの力がある』とか言ったか? 俺に? 


 …………。


 HAHAHA、ナイス異世界ジョーク!

 あれかな、奴隷から解放されるのが嬉しすぎて頭がおかしくなっちゃったのかな?

 ここは異世界だ。そういう日もあるだろう。

 

「まっ、なんでもいいや。寝よ寝よ」


 早起きした日は二度寝に限る。

 そして、あまり物事を深く考えては二度寝によくない。


 誰もいなくなった部屋で、俺は再びベッドに横になった。


 あー、まだ寝ていられるっていう心のゆとりがあるだけで、なんでこうも気持ちが楽になるのだろうか。

 明日も明後日もその先もずっと予定はないし……。


 はあ、最高すぎる……。


「――っと、そうだ」


 今、部屋には俺一人しかいないんだ。

 それなら……。

 

 俺は右手を自分の首の後ろに回し、奴隷の首輪の接合部分に指で触れる。


 んっと、ここだったかな。

 最近付けっぱなしだったからなあ。


「んー……――おっ! よし」


 カシャリという音と共に奴隷の首輪が外れて、毛布の上に落ちる。

 当然、本来外していいものではない。というより、そもそも外せるものではないらしいのだが、そんなことは知ったことではない。


 奴隷の首輪(こいつ)は寝るのに邪魔だからな。

 これだけで快眠度が15%カットなんだよ。

 

 首輪の異常に気付いたきっかけは、奴隷の館内にある禁止区域にうっかり入ってしまったことだった。

 奴隷の首輪を付けた者には、様々な行動制限がかけられており、館内の禁止区域への入場制限もそれに該当するので、たとえうっかりだろうが禁止区域に足を踏み入れることなどありえない。

 そんな”ありえない”を何もなかったかのように覆してしまった俺は、気付いてしまったのである。


 『あれ、俺の奴隷の首輪、壊れてるんじゃね?』、と。

 

 壊れることがあっていいような物ではないと思うのだが、実際に機能していないのだからしょうがない。故障ではなく何か他に理由があるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 俺は理由の探求をせず、流れに身を任せることにした。

 首輪が壊れた理由や、その他もろもろの知識さえなければ、万が一見つかっても言い逃れができると考えたからだ。

 予想していない質問に対して自然な反応で返すには、本当に何も知らないことが一番。こうして首輪を外してるところを見つかった際には『え? 奴隷の首輪って外せるものじゃないんですか?』と無知を装い、それ以上のことを聞かれても『何も知りませんでした』で貫き通す。それが俺の作戦ジャスティスだ。


 まあ、バレないことに越したことはないがな。

 だからこそ、こうして一人きりのときしか、首輪は外さないようにしてるわけだし。


 誰かと相部屋というのも悪くはないが、一人はこういう時、楽である。


「……さあ、今はこのささやかな解放感を楽しむか」


 いい夢がみられますように。



 



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