17 - 繋がり4
「ちょ、ちょっと待って宗司!! 待って待ってちょっと待って!!」
「ん? どうしたユー君」
いつも通り図書室にやってきた俺を見るや、ユー君が慌てふためいた様子で俺の方に寄ってくる。
新しい歓迎方法だろうか。
「どうしたじゃないって!! どういうことなのさ!?」
『なにが?』とは言わない。
理由ならわかっている。
いくら俺でもそこまで鈍感ではない。
「ほお、ここが図書室か……。初めて来たぞ。意外と広いじゃないか」
「ふふ、どう? 凄いでしょ?」
原因は俺の背後にいるこの二人だろう。リディアとシェラは超が付くほどの有名人である。
ユー君だけではなく、図書室内の視線という視線を独占状態だ。
6人掛けのテーブル席に集まった俺達を囲うように人だかりができてしまっている。
「いや、まあ、うん。察してくれ」
だってついてきちゃったんだもん。
「無理だよ!! 察せないよ!! なんで王女様とシェラさんがいるの!!」
それは俺にもわからない。
館長室の前で待っていた二人とのやりとりをなんとか切り抜けた俺だったが、何食わぬ顔でついてくる二人を止めるには至らなかった。
自室に逃げ込むという選択肢がなかったわけではない。しかし、そこはあれだ。なんかもう色々と面倒になってしまった。どうせ俺一人でも視線を集めちゃうし。
幸いだったのは、俺達3人の後ろからゾロゾロと列になってついてきていた連中を、おばちゃんのファインプレーで図書室前で塞き止められたことだろう。
野次馬や王女狙いの奴らは、おばちゃんの眼光で見抜かれて追い返されていった。
欲を言うなら、俺の後ろにいた金髪と黒髪の女も追い返してくれればよかったのだが。
「あ、ちょっと!! なにいつも通りみたいな顔で座ってんの!!」
わかってくれユー君。
俺は最大限努力したんだ。
努力した結果がこれなんだ。
「そんな慈愛に満ちた表情をしたって駄目だよ!!」
駄目か。
まあ、こんな状況だしなぁ……。
今日はまだ図書室利用者が少ないほうだが、それでも注目を浴びていることに変わりない。俺一人で注目を集めている時より数段ヤバメの視線だ。
話しかけてくる者はいないが、隙あらばという感じでこちらを窺っているのがチラホラ見える。何かの拍子でドサっと押し寄せてくる気配がぷんぷんする。
こんな状況で読書を楽しむのはミスリル級の精神力でも持っていなければ難しいだろう。
ちなみにゴブもユー君の隣に座っていたのだが、こちらはリディアを見た瞬間固まってしまって反応はない。まるで石像のようだ。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「……え? あ!! い、いえ!! そんなこと!!」
突然、間に割って入ってきたリディアに、ユー君がさらに慌てた様子で答える。
頬を赤く染めて、恥ずかしそうに視線を逸らすユー君の反応はすごく乙女チックだ。
俺が王女を連れてきたことや、周囲が急に騒がしくなったことに対して何か言いたいことがあるというよりは、憧れの王女様が目の前に現れてどうしていいかわからなくなっているのかもしれない。
「ちょっと待っててね……」
なにをするつもりだろう。
「よし」とリディアが気合を入れるような声をあげ、大きく息を吸った。
「――みんなー! ごめんなさい!! あんまり見られると恥ずかしいです!! 普段通りにしててくれると嬉しいです!! 私達のことはいないものとしてくださーい!!」
リディアの澄んだ声が図書室に響き渡る。
え、それありなの?
これだけで解決するなら俺にもぜひ今の技を伝授していただきたい。
「…………」
口を開く者はいない。
当然反対の声もない。了承の声も。
俺達を囲う連中が互いに顔を見合わている。
やがて――
「まじか……」
興味を失ったかのように皆が散っていく。
収拾不可能かと思われたさっきまでの状況が嘘のようだ。
凄いというよりは、なんだか不気味な感じがする。
数十秒後、俺の目に映るのは、それこそ普段どおりの図書室の風景だった。
あ、嘘。
やっぱりちょっとだけ熱い視線を感じる。
まあ、実際に俺達はいるわけだから、いないものとして扱えってのも無理な話だよな。
よかった……。人形じゃないんだし、これくらい人間味がないとな。
「うん、これなら大丈夫かな?」
リディアが一仕事終えたような顔で振り返る。
「まるで魔法だな。俺なんかよりお前のほうがずっと魔法士っぽいぞ」
「あはは、それじゃあこれからは二人で魔法士だね! 雇用契約という強い絆で結ばれた二人の凄腕魔法士……なんてね」
「随分と脆そうな絆だな」
結ぶ必要すらないほどに。
「――でも、本当これなら読書の妨げにはならなさそうだな。ユー君もゴブもこれならいいだろ?」
これで駄目なら普段の図書室もアウトだろう。
読書中、俺に決闘を挑んでくる輩がいても気にならない中級メンタルを持つ二人のことだし、何も問題はないはず。
「はあ、夢をみてるみたいだよ……」
「王女様、イイ匂い……。ゴブは幸せです」
…………。
前者がユー君、後者がゴブである。
二人とも放心状態で会話ができる状態ではなさそうだ。
周囲の目より、二人にはリディアという存在自体がアウトらしい。
……ま、幸せそうだしいっか。
見なかったことにしよう。
「――あれ? そういえばシェラは……?」
さっきまで正面に座っていたはずなのだが……。
「ふむ……、剣を振るには少々狭い気もするが悪くはないな」
後ろか。
いつの間に……。
「――って、こらこら! 図書室で剣を振るんじゃありません」
目を離したらこれだ。
なんで図書室で素振りを始めてるんだよ。
「案ずるな。迷惑を掛けぬよう配慮するつもりだ」
「そういう問題じゃなくてだな……」
確かにシェラなら、音どころが風すら起こさずに素振り3000回くらいのことはやってのけそうだが、そうではない。そうではないんだ。
「とにかくここは身体を鍛えるところじゃないんだから大人しくしててくれ」
「図書室で敵が襲ってくる可能性だってあるんだ。いついかなる時でも100%の実力を発揮できるようにするためには、こういった特殊な環境にも慣れておかなければならないだろう?」
「んなこと知らねえよ! ほら、剣術の本ならあっちにあるからさ。探してきたらどうだ?」
剣術は人気のあるジャンルだ。相当数、本棚に並んでいる。
シェラの気に入る本も一冊や二冊くらいあるだろう。
「生憎私は本はあまり好きではなくてな。どこの馬の骨かもわからない奴が書いたものなど信用ならん。教えを乞うとしても私が直接この目で見て、『この者になら』と納得のいった人物でなければ」
「じゃあなんでここに来たんだよ……。ここは本を読むところだぞ」
「ははは、面白いことを言う! 私をここに連れてきたのはお前ではないか」
連れて……きた?
勝手についてきたのに?
自信あり気に言うシェラに、俺の方が勘違いしているのではないかとも考えるが、すぐにそれを否定する。いくら過去を振り返ってもそんな事実はなかった。
とはいえ、この様子を見る限りシェラ自身はそう思い込んでいるようだし、指摘したところで堂々巡りになるだけか。
「もういいや……。好きにしてくれ」
どうせ怒られるのはシェラだし。
「ああ、好きにさせてもらおう。――っと、鍛錬の前に……決闘申請書は修行の邪魔だからここに置いておくか」
懐から決闘申請書を取り出し、テーブルの上――それもなぜか俺のテリトリー内に置いていく。
こんな紙切れ一枚懐に入れているだけで鍛錬の邪魔になるとは到底思えないのだが。
なんてわざとらしい挙動なんだ。
「――それでは私はむこうのスペースで修行させてもらうぞ。何かあれば遠慮せず声をかけてくれて。遠慮せずに、な」
そう言って一人離れていくシェラ。
微妙に視界に入る位置で剣を振り始めた。
安心しろ。
そんなにチラチラ横目で見てこなくても、サインなんて絶対しないから。
目の前の決闘申請書を手に取り、折り畳んで端の方に寄せておく。
この世界にシュレッダーがないことが残念でならない。
「ねえねえ、宗司は何を読むの?」
1冊の本を腕に抱えて戻ってきたリディアが俺の正面に座って聞いてくる。
「俺? んー、どうするかな……」
本音をいえば魔法関係のものを読みたいが、昨日読んでいた本が本棚になかったのは既に確認済みだ。途中まで読み進めている本があるのに、他の本で魔法の学習をするというのも気が乗らないし、返却を待つにしても、これだけ目立ってしまった後ではなんとなく気恥ずかしい。
「決まってないならこれなんて――」
「却下」
タイトルは『結ぼう、雇用契約。感じよう、働く喜び』。
表紙には、若い男女が描かれており、血の涙を流しながらバンザイをしている。まさに狂気。絶対読みたくない。
「むぅ、今日の宗司は悪い宗司だね。もうちょっと暖かい反応を求めます」
「だったらもうちょっとマシな本を持ってくるんだな」
「えー、いいと思ったんだけどな。宗司はこれくらいインパクトのある本じゃないと心が動かないと思うんだよね」
「余計なお世話だ。心を動かすつもりがないんだからほっといてくれ」
というか、心を動かされるどころが、それじゃあ洗脳されそうだし。
「ちぇっ、しょうがないなあ。それじゃあ私が読んで今度じっくり内容を聞かせてあげるね」
本気か冗談かわからない発言を残し、リディアが本に目を落とす。
読書するつもりがあるだけシェラよりはマシか。
…………うーむ。
戦闘不能状態の友人二人。図書室で剣をブンブン振り回す剣聖。そして俺の正面に座り本を読むこの国の王女。
普通じゃないよな……。
しかし、嫌ではない。
困ったことに俺はこのよくわからない現状をそう感じてしまっていた。




